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スーパーのレジは社会そのもの

近頃、スーパーのレジはセミセルフが多い。 
会計は手前でしやがれのシステムで、これに対してあーだこーだは特に思わない。
財布に溜まった小銭を処理出来るので、両替にさえ金が掛かる今の時代「ありがたやーありがたやー」と念仏唱えて計算してから小銭をぶっ込むのもまた一興。

しかし、以前こんな胸糞が悪くなるような出来事に遭遇した。

隣駅にあるSというスーパーはとにかく何でも安いのが売りで、そこへ買い物へ来る人達というのもこれまた人生を安売りしてしまったような人種が大半なのである。
賞味期限がとっくに切れた団地のジジイやババアが手押し車を引いて一生懸命買い物に来たり、たまに入口で倒れて救急車で運ばれてみたり、ババアとババアが店先で本気の口喧嘩をしていたり、店前に外人がタムロンしていたりと、治安もこれまた大概なもんではあるが、とにかく安いので僕はそのスーパーをよく利用していた。

二年前、このスーパーのレジに革命が起きた。
働き手が少ないのが影響してか、レジの会計のみセルフになったのだ。
時代の流れに合わせてこれは仕方ないことだろうなぁと思っていたのだが、訪れる客の大半が高齢者。始めのうちは阿鼻叫喚の様だった。

「なんで金持ってんのに俺が会計しなきゃならねぇんだ!」
「お金返って来なかったらどうするの!?これにお金入れるの、怖い!」
「ちょっと、お財布貸すから代わりにお金入れてくださらない?」
「万引されたらどうすんの?え?されちゃうよ?オタク、商売向いてないんじゃないの?」

店員は「ごめんなさいねぇ」と言いつつ、一人一人に操作方法を懸命に教え、そのうちセルフ会計に困惑するジジイババアの数も減って行った。
何故なら彼らは暇だから毎日買い物に来るし、暇中の暇だと朝・昼・晩と飯の時間毎にスーパーを訪れる為、自然と慣れて行ったのである。
酷い人だと裸同然の姿で買い物してる人もいるし、野菜売り場の冷蔵ケース前に丸々の一本グソが取り残されている事もあった。
ズボンの裾からポロリンチョしたのだろうか。

そんなある日、セルフ会計レジで絶叫しているババアがいた。

「お金、入れたのに終わらないの!終わらない!」

ババアは半泣きだったものの、繁盛しまくっている夕方の時間帯だった為、店員はババアの相手などしていられない。
ババアは画面を何度も何度も押してはいるものの、操作が終わる気配は一向にない。
きっと、お金が足りていなかっただろう。
それに気付かないババアはパニックに陥り、店員に向かって何度も叫び続けていた。
レジは確か、三番レジだった。

「これ、終わらないの!お金入れたのに、なんで!?」

その声に応えることはなく、会計までスキャンを終えた店員が目の前の客に伝える。

「レジお回り頂いて四番機で会計お願いします」

僕はその時袋詰めを満員時のラーメン屋カウンター並に狭いサッカー台で行っていたのだが、店員はババアに対して何も対処しようとしないのが気になった。
四番機で清算を始めたのはジジイだったが、これまた動きが遅い。財布を探すためにバッグを一旦床に下ろし、チャックを開け、財布を探す旅に出てしまったのである。
そうなるとレジはもうドン詰まり。
弁当二つくらいしか買わなかった太っているだけが取り柄のような男が苛立った様子で三番機で叫び続けるババアに怪訝な目を向ける。

「ちょっと、お金入れたのに、これ、なんで!?」

店員は無言無視を貫いており、一向に対応する様子を見せない。
すると、弁当デブが苛立ちを爆発させた。

「婆さんさぁ、買いものも出来ねーなら来んなや!!」

ババアはその言葉を受けて更にパニックになり、その場に蹲ってしまった。
周りの人は誰も彼も、自分のことで精一杯のフリをして助けようとはしない。
レジに立つ店員も、長蛇の列に目を向けてからパニックを起こすババアに侮蔑の目を向ける。
もちろん、僕も傍観者の一人だ。

並び続け、待ち続けることに対して嫌気がさすなら取り寄せサービスを使えば良いじゃない。と、マリー・アントワネットみたいなことを思うも、そもそもそんなサービスさえ提供されていない地区であることをぼんやり思い出しつつ袋詰めを続ける。

所詮は他人事。
仮にババアを助けたとしても、そのババアはきっと学習などせず同じ事を繰り返し、次回は
「この前は助けてくれた!」
と宣う可能性もある。

となれば、助ける義理はない。
ただ、弁当デブがババアに対して文句を言うのもどうかと思うし、そもそも突っ立ったまま何も助け舟を出さない店員は何をしているのだろうと思っていると、店長らしき男がすっ飛んで来た。

「また困ってんの!?あんた何度目だよ!お金が入ってないの!分かる?ここ見て、ここ!」
「お金、入れたのに!」
「だから足りないんだよ!お金ないの?あるの?」
「あるから、ちょっと待ってて……」

そう言ってババアはバッグからガサゴソと財布を探し始める。
その間に、店長らしき男がババアに小言を漏らす。

「次、使えないようなら出禁だからね。いい加減覚えてよね」

袋詰めを終えた僕はその横を通り過ぎて店を出た。
心底うんざりした気分にもなったし、それから少しの間通うのを止めてしまった。
誰が悪いのだろうと考えたら、僕も含めてその場にいる全員が悪いと思った。
けれど、勝手にセミセルフにした店が一番悪いと決めつけて心の中で解決することにした。

幾らか前に久しぶりにそのスーパーを訪れてみた。
会計に困っている人の姿はどこにもなく、レジに立つ店員は愛想が良く動きが機敏なおばちゃんパートに変わっていた。

客層のほとんどが外国人になっていて、手押し車を引いて買い物に来ている老人はその日、一人も居なかった。

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