見出し画像

じゃあダメなのか 

本日は趣旨を変えてエッセイをば。

今年に入ってから喉がガラガラしたり、微熱が出たりを繰り返している。
流行り病のおかげで立ちはだかる「微熱が出ている」「喉がガラガラ」するという狭き門を潜り抜け、やっとこさ受けられたPCRは陰性。

あー、これはいよいよ未知の病によって倒れ、「当時は名もなき作家」として後世教科書に載ることになってしまうのだなぁ……と愕然としていたのだが、首を左に捻って物を飲み込むと右顎の下から後頭部にかけて電撃のような鋭い痛みが生じるようになった。
これはいよいよ頭が爆発して死ぬのかしら、と自分の書いた小説を思い出しつつ、とりあえず喉のことだから耳鼻科にいってみることにした。

耳鼻科へ行ってみると車は沢山停まっているが、回転率が良いのか待合は僕の他に親子連れが一組いるだけだった。僕が保険証を出した瞬間に親子は診察室に呼ばれ、問診票を書き始めようと椅子に座ったタイミングで親子がもう出て来た。親子連れはホッとした様子でニコニコとしていたが、本当に診察しているのか疑うレベルの早さだった。
問診票を出した二秒後(本当に二秒後)に「大枝さーん、どうぞー!」と呼ばれ、驚愕しながら診察室に足を踏み入れる。

一体どんな早さの秘訣があるのだろうかとドキドキしていたが、担当の先生はまだそこそこ若い女医さんで、どこにでもいそうな地味な外見の先生だった。しかし、室内を見回して僕は違和感を覚えた。
壁際に立つ四人のエプロン姿の看護士さん達が横一列になり、「あたい達に仕事はナイのかい!?」と言わんばかりに熱烈な視線をこちらに向けていたのだ。

先生が喉の奥を見て、首をひねる。その途端、看護士達は足を一歩前へ踏み出す。

「うーん、見た感じの腫れはないようですから、スコープしましょうか」
「スコープって喉から」

ガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!

と室内にキャスターが転がる音が響くと、僕が答えるより先に真横にスコープの装置がやって来た。あまりの電光石火の早さに僕は「はい」としか答えることしか出来ず、鼻からスコープを突っ込まれて喉の奥への診察が始まった。

「ほがああああほげえええええ!」
「うーん、「あー」って言ってもらっていいですか?」
「おおおおおええええええ」
「大枝さん、「え」じゃなくて「あ」でお願いします」
「おああああああ!」
「はい、大丈夫です」

と、結果的に先生は

「頸椎だと思うので、間違いなく整形ですね」

と言って診察は終了した。
看護士達は晴れやかに微笑んでいた。

確かに整形かもなぁ……と思いつつ、しかし、問題があった。

一番近い整形外科の口コミがどのサイトを見ても

☆1・6

なのである。

初めて行くにしては中々ハードルが高いぞ……うむむ……としばらく思案したものの、喉の痛みはそれじゃ引っ込まない。レビューは患者の文句を通り越し、あたたかなお叱りのお言葉(罵詈雑言)で溢れており、とてもじゃないが足が進まない。

その整形外科の外観というのも平屋建てで、昭和初期に建てられたのかと思うほど古臭く、陰鬱で暗くじめじめとしており、まるで僕の小説に出て来そうな雰囲気たっぷりな医院なのである。
しかし、行かないと何もわからないしなぁ……と思いながら足を運んでみた。

医院の中は昨今の「節電・エコ」をガン無視したストーブガンガン暖房ガンガンスタイルで、入った瞬間にムワッとした熱気に襲われた。
意外ときれいな待合室には老人が三人居たのだが、それよりも会計台の横に置かれたラジカセから延々と「ファ~~~」というヒーリングミュージックが流れているのが気になって仕方なかった。

診察を受けようにも受付には誰もおらず「すいませーん!」と声を掛けると、リハビリ担当医っぽいジャージ姿のお兄さんが「リハビリ室」と書かれた右手の部屋からすっ飛んできて、物凄く不慣れな手付きで受付をしてくれた。

これはいよいよ大丈夫じゃないかもしれない……と勘ぐっていると、自動ドアが開いて大男の患者が入って来た。
入って来たのはいいが、僕はその姿を見てこれまた驚愕してしまった。

大男はなんとカップラーメンの「デカ丸味噌」をズルズルと啜りながら入って来たのである。
消毒液の匂いに包まれた待合室に微かに味噌の匂いが漂い始めると、デカ丸はリハビリ室に向かって大声でこう叫んだ。

「先生! ズバババババババ! まだ時間、ズババババババ! 大丈夫だいねぇ!? ズビバズバババババ!」

デカ丸は入口に突っ立ったまま麺を啜っていたが、リハビリ室の奥から「あと十五分ねー!」と声が返って来ると、デカ丸はやはり麺を啜りながら返事もせずにドアの外へと出て行った。
これはケガ的なリハビリ以外にもリハビリしなきゃいけない所がありそうだ……と思っていると、今度は院内のスピーカーから

「えええ、大枝さん! 診察室にどんぞ!」

と、いかにも田舎っぺ大将みたいなオッサンの声が鳴り響いた。
一体どんな先生が待ち受けているのかドギマギしながら診察室のドアを開けた途端、今度は卒倒しそうになった。

小太りで年配の先生は白衣を腕まくりし、なんと仁王立ちになって僕を待ち構えていたのだ。背は低く、頭はすっかり禿げ上がっているのだが、残された両サイドの白髪は「ぼかん!」と爆発でもしたかのようなヘアスタイルで、鼻出しマスクから飛び出た鼻からはさらに何本もの鼻毛が飛び出しており、これまたあちこちに「ぼかん!」となっていた。

鼻毛ボカン先生の見た目だけで気圧され、おとなしく椅子に座ると、先生も椅子に座って真っすぐに僕を見始める。

「おい! 今日はどしたん!?」
「あの、首を捻って物を飲み込むと後頭部が痛くなるんです」
「そうなんだすか! それは大変だす! じゃあ触らせろだす!」
「あれですか、上着とか脱いだ方がいいですか?」
「俺っち、触るのは喉だけで大丈夫だすっつーのー! がははははは!」

鼻毛ボカン先生、喋り言葉はもちろん脚色しているが、テンション的にはまんまこんな感じなのだ。
ちゃんと診てもらわないうちから「こいつに医師免許を与えたのはだれだ……」と不安になったのだが、僕の首筋に触れると何やらモゴモゴそれっぽいことを呟きだした。

「ふむふむ……これは第二頸椎から……ふむ、リンパ節ではなしの、片側顎下腺に異常が感じられるだすな……ふむむ……」
「先生これは」
「わかっただすー! 俺っち、わかっただす! おい、これを見るだす!」

そう叫んで、鼻毛ボカン先生は僕の手を引っ張って壁際に貼ってあった人体図の前に立たせた。
そして、こう叫んだ。

「あれ!? ねぇ!!」
「はっ?」
「ここに貼ってあったもう一枚の人体図が、ねぇんだす!!」
「え?」
「おーい! ここに貼ってあったん、剝がしたの誰だすー!? まぁいいだす! いいか、よく聞くだす!」
「わ、わかっただす!」

鼻毛ボカン先生のテンションにつられながら椅子に座り直すと、

「これは整形じゃなくて、耳鼻科だす!!」

と、ズバリたらい回し宣言を堂々となされたのであった。

「先生、実は先に耳鼻科に行って、それで整形に行けと言われて来たんです。問診票にも書きましたが……」
「んなもん見ちゃねぇんだす! で、どこの耳鼻科行ったんだすか?」
「はい、すぐそこの耳鼻科だす」
「あー、あそこは親子でやってるんだす。先生はお父さんだっただす? それとも、娘だす?」
「えーっと、娘だすね」

そう答えると、鼻毛ボカン先生は豪快に自分の禿げ頭を「バチコーーーーーン!!!!!」と平手でぶっ叩き、またまた叫んだ。医療従事者であるはずのこの人には、どうやら「飛沫感染」という概念はなさそうである。

「あちゃー! 娘!?」
「はい、娘だす」
「じゃあ、ダメだ!」
「ダメ、なんだすか?」
「ダメもダメ、絶対ダメだす! ダメ、絶対!」

じゃあ、ダメなのか。そう納得するしかなかった。

「ダメ、絶対!」と、まるで禁止薬物かのように娘医師を否定しまくった鼻毛ボカン先生は、それから腕の立つ耳鼻科をいくつか紹介してくれた。
そのうちのひとつに関しては「グーグルで評判がイイんだすよぉ」と言っていたが、グーグルかい! とも思ったし、自分の所は見たことないのか……とも当然思った。
耳鼻科の話、それから何故か埼玉県下の医学利権の話にまで及んだが、とにかく終わったならさっさと帰してくれねぇかな……と顔に出すと診察が終了した。鼻毛ボカン先生は最後まで

「とにかく、娘はダメ絶対!」

と繰り返し言い続けていた。

その後評判の良い昔通っていた耳鼻科に行くと鼻毛ボカン先生の見立ては大当たりで、顎下腺で炎症が起きてると診断された。

今は抗生物質を飲んだり炎症を鎮める薬を飲んで様子を見ているけれど、アタリをつけられたんだからやっぱり鼻毛ボカン先生も立派なお医者さんの一人なんだなぁと、今では薄っすら感謝すら感じている。

一度見たら絶対に忘れられないインパクトだったし、とにかく漫画みたいな先生であったことは間違いない。

サポート頂けると書く力がもっと湧きます! 頂いたサポート代金は資料の購入、読み物の購入に使わせて頂きます。