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春が桜を毟り取る。

今朝父親が入院したと、仕事中に連絡があった。
この五年間で九回目の入院。間質性肺炎を患っているので、本人も家族もすっかり突然の入院には慣れた。

「あぁ、またか」

という感じだった。
今回はどうやら肺に穴が空いてしまったらしく、珈琲を買いに行くと言って縁側から出ようとした途端、激しい痛みに襲われその場にうずくまってしまったとのことだった。

レントゲンを撮ったら肺の穴が判明。即入院。
処置が済んで身体が楽になったのか、家だとあまり話さないのに看護師相手に楽しくお喋りをしていると、忌々しげに言う母の声にはかなりのトゲが感じられた。

父親は血の繋がった親ではないが、僕はそれでも本当の父親よりもよっぽど父親らしいと思っているし、実際僕が「父」と呼ぶ時は義父のことを言っている。
大工で無口で無骨だけど、意外と子供好きな父。

仕事熱心なので身体の限界を越えようとも働き続けているのだが、今朝は肺に穴が空いているのに仕事へ行こうとしていたらしい。
おそろしいほどの気力の持ち主である。

僕は今日から新しい業務が始まったので、それまでの間少しお休みを頂いていた。
桜が咲きましたー、なんてニュースは観ていたけれど僕のアパートから駅、スーパーの間に桜の木は一本もない。
そして、常にひとりなのでわざわざ桜の木を見に行く事もない。
部屋で過ごすのが何よりも好きだし、見に行かなくても別に困らないからだ。

春だなぁ、と思いながら今朝、家を出て駅に着くと激しくダイヤが乱れていた。
電光掲示板には「線路内に人が立ち入り」と流れていたのだが、改札横のホワイトボードには駅員の怒りが滲んだ文字でハッキリと

「橋からの飛び降り自殺により」

と書かれていて、僕は電光掲示板とのアンバランスさに不謹慎にも笑いそうになった。

数日振りの仕事場へ行く途中で、花をつけた桜の木々を今年に入り、始めてまじまじと眺めてみた。
昨日の夜の激しい雨風にさらされたせいか、まるで追いはぎにでもあったみたいにあちらこちら無残に花が剥がされていた。

「あぁ、春に剥がされたな」

ぼんやり、そんな事を思いながら今年の春を少しだけ感じた。

夕方、母親に電話をすると着替えやらなんやら持って行ったら「親父はのん気に看護婦にデレデレしてる!」とまたもや文句を言っていた。
今年に入ってから二回目の入院。その間に実家にはトラックが突っ込んだりと、あまりロクな事が起きないが春は来て、すぐに夏になろうとしている。

さっき帰って来たら部屋が暑くて窓を開けた。
入れ替わるように隣の部屋から窓を閉める音が聞こえた。
ジーッと鳴いている夜の虫の音。

ふわふわと、現実感のあまりない夜。通りを散歩している人が今日は多い。
一人で犬を三匹も散歩させてるおばちゃんが、今街灯の下で犬に何やら困らされている。けど、僕は助けない。風呂に入ったり、ご飯を食べたり、父親の入院関連の事で忙しいのだ。

でも、こんな事を書く時間は必要なのだ。
何も考えずに書いて、ここまで書いてしまった。

暑さすら感じるほどに、淡い淡い春の夜。
こんな季節は楽しい事が多かった気がして、振り返ってみて、振り返っても大して楽しい事なんかなかった事に少し寂しくなる。

自分の腕を切っていた頃が、高校一年の終わり。
煙草を吸い始めたのも、ギターを本格的に始めたのも、自分に嫌気が差していたのも、この時期だった。
学校をサボッた朝、桜の花が落ちた木の下で、よく担任から電話をもらっていた。

「おい。おまえ、今日はどうすんだ!?」
「気が向いたら学校行きます」
「おう、気が向いたら待ってるからな!」

好い先生だった。今も健在だけどさ。
もう少ししたら、いつか会いに行こうかな。
親父は本当に大丈夫なんかいな。
あと何回、春が来るだろう。俺にも、あなたにも。

夏を感じて、今日桜が春を脱いでいたよ。

そう思い直すことにしよう。

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