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【小説】それっぽセミナー

 朝起きてパンを食べ、ぼんやりと休日のワイドショーを眺めていると、一つ年上の彼女が緑色のチラシを手に持ちながら僕の服の袖をグイグイと引っ張った。

「ねぇ、加瀬君。面白そうなの見つけたから行ってみたら?」

 彼女は僕の名前を苗字で呼ぶ。それはずっと昔からだ。
 僕は彼女に渡された何とも怪しげなチラシを見て言った。

「結衣、これどこでもらったの?」
「昨日駅前の薬局で買い物したら袋の中に入ってたのよ」

 チラシにはこう書かれている。

  合同会社それっぽ主催!大人のための「それっぽい」生き方セミナー
 ・丸いふんわり言葉を繋げば明日のしくみが丸分かり!
 ・挨拶一つでまずは百円の価値!?寝ている数年後には必然的な億万長者があなたに!?
 ・安定した人気を維持するためには、あなたはタイヤになりましょう!マネーブラインドの必要性は日々が必要!

 なんだこれは。フォントも字隔もめちゃくちゃだし、文面はまるで自動翻訳されたものみたいだし、そもそも「それっぽい」セミナーって何だ。デタラメな文章を読んでるうちに眩暈を起こしそうになって、僕は彼女にチラシをつき返した。

「行くだけ時間の無駄だよ。それになんだよ、このめちゃくちゃな文章」
「ね、面白そうでしょ? どうせ家にいたってグータラ過ごすんだもの。加瀬君、人生は実験の繰り返しだよ!」
「失敗したらどうすんだよ」
「そんなの失敗したら考えればいいのよ。さ、さ」

 僕は彼女に尻を叩かれ、気が付けば駅前の貸し会議室の入り口に立っていた。惚れた弱みを完全に掌握されている僕は係員らしき眼鏡の太った中年男性に声を掛けた。どうやら居眠りをしていたようで、声を掛けた途端に太っちょはビクンと肩を震わせた。

「あの、それっぽ主催のセミナーってここですか?」
「あばっ! あー、寝たぁ! ああ、そうです、無料ですので、どうぞどうぞ」
「はぁ……」

 中へ入ると二十畳ほどの会議室の中にパイプ椅子が並べられていて、既に五人ほどの先客がいた。おばちゃん三人、おじいさん一人、何故か中学生の男の子が一人。
 とりあえず着いてしまった事を彼女にメッセして、僕はセミナーが始まるのを嫌々ながら待った。
 さきほどの太っちょ眼鏡が「ふーっふーっ」と息を荒げ、ホワイトボードの前に立った。彼は司会役なのだろうか。スーツのポケットからハンカチ、ではなく手ぬぐいを出して汗を拭いながら甲高い声で言った。

「えー、お集まり頂きありがとうございます! 私がそれっぽ代表、講師担当の山田河内 守です!」

 僕は内心「ずこーっ!」と思ったが小さく頭を下げた。山田河内はしきりに「暑いよね? 暑いでしょ?」と参加者に同意を求めエアコンの温度を下げていた。まだ五月だが、「もう下がらないのかよ」と呟くのが聞こえたので多分限界まで下げたのだろう。
 山田河内はホワイトボードにデカデカと「3M」と書き、いきなり参加者の中学生に向かって叫んだ。

「はい! 少年よ、何が思い浮かんだ!?」
「ひぇっ、ぼ、僕ですか?」

 今時珍しく角刈りの中学生は自分で自分を指差しながら勢い良く立ち上がった。あまりの勢いでパイプ椅子が尻で飛ばされ、転がった。

「君、なんでもいいから答えて!」
「3……M、Mサイズの3つ上ですか?」
「かぁー! それじゃあXLだろう、君ぃ」

 山田河内はぶるぶると肉を震わせ、続けた。

「はい、シットダウンして下さい。これはね、実は発想力のテストでした。見た事のないものをパッと見た時に、何かを連想する力があれば自然とビジネスチャンスにも繋がるもんなのです」

 なるほど、確かにそれっぽい。僕は気になって手を上げて質問をしてみた。

「それは前情報、前準備のない状態でのビジネスチャンスを発見するっていう認識でいいですか?」
「まぁ、そういう捉え方もあるね」
「では具体的にどういうビジネスチャンスがあったか、成功例などを教えて頂けますか?」
「はい! では次の項目に移ります。貸し時間を一分でも過ぎたら追加料金が発生するんで」

 あ、もう帰ろうかな、と思った。何だこのデブ。
 しかし、横目で中学生を伺うと紙を破きそうな勢いで必死にメモを取っているではないか。先に帰ったら少し不憫かな、と思ったので残る事にした。
 山田河内は次にホワイトボードに「PSLM」と書いた。如何にもビジネス用語っぽくはある。

「はい、おじいちゃん! これは何?」
「はい! 山岸五郎、八十二歳! 趣味は新聞の切り抜きと、青汁を飲むことです!」
「よし、良い線いってる。飲み込みが早いみたいで何よりです」
「家内がね、あの、餅は食べるなっていうんで、今年の正月は煮物だけにしました!」

 全く会話の流れが噛み合わない二人だったが、ははは! と笑い合っている。何か通じるものがあるのだろうか。山田河内はホワイトボードを力強く叩いて叫ぶ。

「ここからが山田河内メゾットです! 是非覚えて下さい、これはGAFAと並ぶトレンドキーワードです。いいですか! Pはパーフェクト、つまり完全、Sはサバイバル、生き抜く力! Lはロング、気長に待てる能力! Mは言うまでもなくウーマン! 次の時代は女性の時代!」

 僕は椅子から転げ落ちそうになった。P、Sはまだ許せるとしてLが気長に待てる能力ってのは飛躍し過ぎな気がするし、Mはそもそも単語が違うではないか。 
 なんだこのセミナーは……と呆れ果て、周りを見回すと中学生はまだ熱心にメモを取っていて、おばちゃん達は「レジの飯山さんだったのよ、あれ浮気よ」なんて噂話に夢中になっているし、おじいさんに至っては居眠りをキメていた。
 山田河内は参加者の意図などまるで構わない! とばかりに弁を奮っている。
 地球はエコブームのせいでエコノミークラス症候群に陥り、PSLMの人種こそがこれからの時代ビジネスには必要になり、人々は「デロンゲ」という新しいモデルを投入するとか何とか。綺麗な海が貨幣の代わりになるとも。
 山田河内の話を聞いているうちに眠くなり、気付いたらアンケート用紙を渡されていた。講義は終わったようだった。
 
 今回のセミナーの「それっぽさ」を1(最低)から5(最高)で評価してください。

 と、あったので僕は2を付け、コメント欄にこう書いた。

 とにかく話のつじつまがめちゃくちゃで、破綻していた。
 それっぽいというより、ただの嘘のように聞こえた。

 その用紙を山田河内に渡すと、彼は「真面目にやり過ぎたぁ」と照れ笑いを浮かべていた。

  家に帰って彼女にセミナーの内容を伝えると、若干疲れ果てた僕を眺めながら大笑いし始めた。

「行ってよかったじゃない、最高のセミナーだね」
「どこがだよ。何言ってるか分からなかったし、何を実践したらいいかも分からなかったよ」
「セミナーなんて皆そんなもんじゃない? 皆「それっぽい」感じ出してやってるだけで」
「確かに……」
「山田河内さんて、実はそういう事に気付いて欲しくて活動してるとか……」
「それはないんじゃないかな?」

 彼女が「絶対そうだって」と楽しげに言ってる間に僕のスマホが鳴り、メールが届いた。送り主はそれっぽ合同会社だった。アンケート用紙にうっかりメールアドレスを記載してしまったのだった。メールを開くとこんな文面が記載されていた。

本日はそれっぽのセミナーにお越し頂きありがとうございました。
今、この画面を見ながらセミナーの内容を思い出してみてください。
そして、何割のことが書き出せるか試してみて下さい。

答えは以下のリンクから
http//:soreppochan.yamadagouchihappy××××××××

五割も書けていたなら、あなたは自身で生きる力を持てるはずなのでもう大丈夫です。
~三割って方は、疑う目を持つべきでしょう。
そんな方々は目が付いてるうちに、僕を忘れた頃にまた会いましょう。

それっぽ代表 山田河内 守

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