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【小説】 感嘆符 【ショートショート】

 ベルトコンベアの上を延々と荷物が流れて行く。同じ形で同じ重さの、同じ商品達。
 5分に1回程度、弾かれる荷物がある。俺はそいつを手に取り、軽量器に載せる。今回のは、内容量が足りていなかったみたいだ。
 そんなつまらないバイトを終えた俺はさっさと作業着から私服に着替え、薄暗い倉庫を出るついでに警備員に一礼をする。

「お疲れっしたぁー」
「あっ、あぁ……お疲れ様です」

 バカ警備員。何ボーッとしてんだよ、人の顔見て驚きやがって。どうせ暇こいてエロい妄想でもしてたに違いない。俺の仕事も相当暇だけど、施設の警備員なんてのも俺と同じくらい退屈そうだ。
 電車に乗って地元の駅を降りると、仲間達の待つ居酒屋へ直行した。中学時代からの腐れ縁がバカ笑いする個室へ入ると同時に、廊下にまで聞こえていた笑い声がぴたりと止んだ。
 そこにいた四人が全員手を止めて、驚いたような顔で俺を見上げている。

「え、どうしたんだよ?」

 四人のうちの一人、リーダー格で鬼剃りの堀田が一時停止状態で再生ボタンを押したかのように、突然動いて手を叩いて笑い出した。悪いクスリでもキメてんのだろうか。

「あっはっは! おまえがどうしたんだっつーの! ヤマケン、座れよ。ビールでいい?」
「え、あぁ……うん」

 他の連中も堀田同様、一時停止を解除したかのように突然手を叩いて笑い出した。

「はっはっはー! ヤマケン、疲れてんじゃねぇの?」

 なんだこれ、こいつら俺に変なドッキリでも仕掛けてるのか? 本当昔から子供じみたムカつく奴らだ。
 とは言っても、こんな連中の中にいて同じように笑い合う俺も、やっぱり子供じみたムカつく奴なんだろうけど。

 下らないバカ話しがすぐに始まると、店員の女の子が俺の分のビールを持って来た。

「失礼しまーす!」

 耳が痛くなりそうなくらいハツラツとした声と共に個室の戸が開くと、堀田が赤ら顔で女の子に絡み始める。

「ねぇねぇ! お姉さん、この中で俺が一番セックス上手いんだけどさ、俺らの中で誰が一番タイプ?」
「バカ! やめとけよ、オッサンじゃねぇんだからさ」

 女の子はさぞかし嫌がるだろうと思って顔を向けてみると、俺の顔を凝視しながら驚いた表情を浮かべ、固まっていた。その様子に、俺も含めた全員がどよめき出した。

「なにこれ? え、ヤマケンの知り合い?」
「いや、初対面だけど……あの、大丈夫ですかぁ?」
「え、お姉さんはヤマケンがタイプってことなの? にしてもなぁ、このリアクションはねぇよ。俺、無理だわ」
「マグロじゃね?」

 各々が勝手なことを言い始めると、女の子はやはり一時停止状態から再生ボタンを押したかのように突然動き出して、元気な声を響かせた。

「生、お待たせしましたー!」

 その場に居た全員が呆然としてしまい、女の子が去ってから「あの女は頭ヤベー」という話しをひそひそとし始めた。
 酔いもすっかり回り始めた頃になって解散となり、居酒屋を出た。それぞれの家へ散って行く中、俺は商店街のアーケードを通って自宅へ帰ることにした。少し遠回りだけど、酔い覚ましにはちょうど良い距離だ。
 深夜に近い時間でもまだ人通りは多く、既に千鳥足になっているオッサンも目についた。
 さて、帰るか。
 そう思った矢先だった。一瞬にして、音が無くなった気がした。
 アーケードに目を向けてみると、歩く人達全員が全員、俺の方を向いてぴたりと立ち止まっていたのだ。
 その顔は全員、あの女の子の店員さんや堀田達と同じように驚いた表情のまま固まっていた。

 揃いも揃ってこいつら……バカにするにも大概にしろ! 気味が悪いやら苛立つやらで、俺アーケードの端まで響くほどの大声で叫んでしまった。

「なんなんだよテメェら! 俺がなんだっていうんだよ!?」

 まるで聞こえてないみたいに、立ち止まる人の誰からも返事はない。ただ、みんながみんな、立ち止まって驚いた表情のままこっちを見詰めている。
 クソ、こいつら……どこまで人をバカにすれば気が済むんだ。
 千鳥足で歩いていたオッサンが目について、ブン殴ってやろうと掴み掛かった瞬間、オッサンが息を吹き返したように突然動き出した。

「うわぁ! な、なんだよ!」
「なんだじゃねぇよ! さっきのはなんだよ? ふざけてんのかテメェ!」
「だっ、誰だよあんた! 警察、誰かぁ! 警察呼んでええええ!」

 堪らずに小汚いツラを軽くブン殴ってやると、すぐに警官が数人束になってこっちへ走って来るのが見えた。
 いや、かまうもんか。性根の腐った悪ふざけの魂胆を暴いてやる。

「やっ、やめてくれぇ!」
「テメェが吐くまで殴ってやるよ!」
「やめなさい! 君、コラァ!」

 オッサンをブン殴っていると背後から警官に思い切り掴まれ、俺は引き剥がされた。

「うるせぇ! こいつが悪いんだよ!」

 そう怒鳴って振り返ると同時に、警官達は驚いた顔になり、やはり固まってしまった。
 国家ぐるみで人をバカにしてるのか? それとも俺に何か物騒なもんでも憑いてるのか? なんなんだ、こいつら全員、なんなんだ。
 俺は訳が分からなくなって喚き散らした。辺りかまわず、通り過ぎて行く通行人に向かって怒鳴り散らした。ムカついてムカついて堪らなかった。

「おい、おまえ俺に何が憑いてるのか言ってみろ! さっき俺を見て立ち止まってたろ!? なぁ、なんなんだよ、なぁ!」

 誰も彼も俺を避けるようにして、目すら合わせてくれやしない。どいつもこいつも、一体どうなってんだ。

「チキショウ! 俺がつまらないバイトしてるからこうなったのか? なぁ、おまえら俺の私生活を覗き見てバカにしてんだろ。そうだろ? あんなつまらない仕事がこの世にあるなんて、ビックリするわぁ〜なんて思ってんだろ!? ほら、そうだって言ってみろよ! てめぇら、そう言えよ!」

 すぐ側にあった牛丼屋の立て看板を蹴り倒して叫んだその数秒後、俺は警官達に取り囲まれ、あっさりと制圧されてしまった。

「君、ずいぶん派手にやってくれたな。今日明日じゃ出れないよ。長くなるから覚悟しておけよな」
「うるせぇ、勝手言ってろ。俺は正常なんだ。俺はなぁ、正常なんだよ! あんなバイトだって世の中にはなきゃいけない仕事なんだよ!」
「何言ってんだよ。クスリか? あとは署で聞くから。はい、出しちゃって」

 本署からのお迎えパトカーに乗せられた俺は、不貞腐れた気分のまま窓の外に目をやった。アーケードを歩く奴らはどいつもこいつも、俺と目が合うとやはり立ち止まって驚いた顔のまま動かなくなった。

 国道へ出ると、パトカーを運転する警官が物好きそうに俺に声を掛けて来た。

「ずいぶんお酒臭いなぁ。お兄さん、相当飲んだでしょ?」
「そうでもねぇよ」
「嘘だよぉ。だって車ん中、お酒臭いもの」
「だったらなんだよ。テメェに関係ねぇだろ」
「おっかないなぁ。お兄さん、いくつなの?」

 ルームミラー越しに目が合って、俺は答える気にもならずに黙り込んだ。こんなポリクソ野郎の質問にわざわざ答えてやる気にもならなかった。
 車はまっすぐまっすぐ進んで行き、やがて警察署が見えて来た。
 これで俺も犯罪者の烙印を押されることになるのか。俺のせいじゃないのに、一体なんなんだ……。少しばかり後悔の念がよぎり出すと、隣の警官が運転席の警官の肩を思い切り掴んだ。

「おい! 信号赤だぞ! 柳下、おい!」

 ふと顔を上げると、ルームミラー越しに見えた運転席の警官の表情が、驚いたまま固まっていた。
 アクセルを踏みっぱなしなんだろう。車はとんでもないスピードでどんどん加速して行く。80、100、120……140までメーターが回った辺りで、車は赤信号の交差点へノーブレーキで突っ込もうとしていた。右方向からトラックが見えて来て、クラクションが鳴って、俺は堪らずその方向へ目を向けてしまった。

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