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ゾゾゾ体験記 【エッセイ】

この世に生を受け、生きとし生けるもの全てが人生一度は味わうもの。
それ、すなわち「ゾゾゾ」である。

ゾゾゾとは、驚きと共に背中がうひゃー!ってなって、鳥肌がプツプツー!って実る、あの感覚のやつである。
(これでも僕は文字表現者です)

今回は僕が遥か遠い昔の青春時代に体験した、とあるゾゾゾ話をお話ししたいと思う。

十八の春。高校を出てすぐに就職先をバックレた僕はバンド活動と両立出来るバイトを探す無職少年をしていた。

働かない日々に焦りを抱き、社会に参加したい真っ直ぐな気持ちを持て余し、曲作りもせずに献血会場で血を抜かれていたある日のことである。

タウンワークの求人に目を通していると、社会経験のほとんど無い僕でも出来そうな「教科書の出荷作業」なんてのを期間限定で募集していた。
場所もさほど遠くなかった為、

「社会に参加したいのですが」

と熱心で不審な言葉と共に掛け合ってみると、三つ返事くらいですぐにでも来て欲しいと言われたのでその翌日から一ヶ月の予定で働くことになった。

仕事はえらくのんびりとしていて、生まれて初めての庫内作業だったが一日の半分ほどの時間を他の従業員とのお喋りに費やしていた。

うちの班は素人ばかり十人ほどが集まった烏合の衆のようなものであったが、若手の現場社員がいつも元気でノリノリだったので文字通りノリだけで毎日仕事をこなしていたのである。

一緒に働くメンバーは職を転々としている五十過ぎの早口仮面ライダーマニアや、地元ヤンキーの駒使いをさせられている青年、終始一人で喋って一人で笑っている女性など、中々のバリエーションに富んでいた。

年が近いこともあって、僕はすぐに駒使いの青年ことヨシダ君と仲良くなった。

「バイトが終わって家に帰るとヤンキーが待ってるんだ。もう、こんな毎日は嫌だよ」
「さっさと引っ越すか殴るかしちゃえばいいじゃん」
「一度は反抗したんだけど、部屋の中に火をつけられたから怖くて無理なんだ……」

いや、そこまでいったらもう警察行けよと思ったけれど、当時の僕は悲惨な彼の日常話がとても楽しかったのでそのアドバイスはしないでおいた。
我ながらなんともご立派な性格である。

共に働く人達は年齢も経験もバラバラだったが、社員達がみんな揃いも揃って元気で明るいのでコミュニケーションも円滑にとれていて、仲違いが起こるようなことはただの一度もなかった。

あれよあれよという間に一ヶ月が過ぎた最終日。
僕が一人で昼飯を食べているとヨシダ君が
「ちょっといいかい?」
と声を掛けて来た。

その顔つきがあまりにも神妙だった為、
「お、これはいよいよ自決かな?」
と思ったのだが、用件はどうやら別のことらしい。
ヨシダ君は声をひそめ、僕にこんなことを尋ねて来た。

「ねぇ、ここの社員さん達ってさ、みんな明るいなって思わない?」
「そうだね、みんなテンション高いし、ハツラツ!って感じだよね」

現場の社員達は異様なほど朝からテンションが高く、そして明るかった。
倉庫作業そのものが生まれて初めてだった僕は、この業界の人達はみんなこんな感じなのかなぁー?くらいに思っていたが、それでもちょっとおかしいとは薄々感じていた。

現場社員のOさんは頼れるアニキ!って感じではあったものの、ふざけるのが大好きでちょっとしたイタズラをバイト連中に仕掛けたりする事が多かった。
Oさんのイタズラに違和感を覚えたのはバイト終わり、愛車のスープラに乗ったOさんが持ち前のドライビング・テクニックを存分に発揮し、とぼとぼ歩くヨシダ君目掛けて全力で突っ込み轢き殺す直前で停まる、といったイタズラを仕掛けた時だった。

ハンドルを持ったままOさんはゲラゲラと笑っていたが、本当に轢かれると思ったヨシダ君は尻餅をついたまま放心状態になっていた。
今の世の中ならパワハラどころの騒ぎでは無い出来事である。

そんなことがあったなー、とぼんやり思い出していると、ヨシダ君はさらに声をひそめて話し続けた。

「なんでテンション高いかっていうとさ……専務から聞いたんだけど……ここの社員達って薬飲んでるからなんだって」
「薬? 薬って、なんの薬?」
「さぁ……大枝君、ご飯食べ終わった社員さん達を見てみてよ。ほら、Oさんも、Yさんも……」

ヨシダ君に言われて辺りを見回してみると、確かにみんな揃いも揃って食事が終わると同時に何かしらの薬を飲み始めていた。
その瞬間だけは日頃にこやかな社員達は真顔になっていて、それが妙に不気味で仕方なかった。

「みんな、夕方になるとあの薬が切れ始めるからおかしくなるんだって」

なにそれ、こわーっ!!と思ったものの、最終日で良かったぁと思いながら僕は無事にアルバイトを終えた。
確かに思い返すと異常だったなぁと思うし、その後十年ほど倉庫業に関わったけれど倉庫の人間というのは基本的に暗いのがデフォルトだ。
何故なら頭も身体も使う激務に追われる毎日だし、人にお愛想を振るうカロリーなど持て余していないからなのである。

そう思うとあの薬はあながちヨシダ君の妄想話などではなく、テンションを上げる何らかの薬だったのかなぁなんて今もたまに思い出したりする。

なんでこんな話をしたのかといえば、先日たまたま地図アプリを見ていて(趣味です)、その会社が今も健在であることを知ったからだ。

名前は当然出さないけれど、現場のテンションが異様に高い現場に出会ったならば昼食時に周りを良く確認して見て欲しい。
そこでは同じような薬を、皆が同じようなタイミングで飲んでいるかもしれない。

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