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【小説】 夕闇に告ぐ 【ショートショート】

生まれたはずであるこの街の、少し駅から離れた踏切の向う側の景色を実は彼女はあまり良く知りませんでした。
見破られないように、見透かされないように。
群れを成す彼女らの話題に合わせて、さも楽しそうに、嬉しそうに、通ったことがあるかのように一緒になって雑貨屋の話で盛り上がっております。
「錆色の看板が渋くていいよね」なんて。
別の群れから聞きかじった情報で情景を思い描きながら。
今うまく笑えてたかな、ちゃんと目まで笑えていたかな。
と心の奥で無意識に舵を取りながら、です。
[
「アイスクリーム、溶けちゃうよ」
向かいに座る裕美がおかしそうにそう言って笑うと、彼女はそれの一体何が面白いのか理解しかねて、怪訝な顔をしてしまいそうになるのでした。
バカか白痴。
白々しいお付き合いはママゴトのように放課後のオレンジを舞台に繰り広げられるのです。
バイバイと手を振ったら彼女はいつも人目のつかない場所でままごとでは済まされない秘密の遊びを、他の彼女達が到底想像もつかないような遊びを楽しんでいるのでした。
無骨な手が好きだと血管を撫でながら早く大人になりたいな、なんて言うと彼は決まってそのままで居て欲しいと悲しげな目を浮かべ、そして彼女はそれに対し何故か激しい欲求を感じてしまうのでした。
「あなたが犬になってくれたらいいのにな」なんて言葉を、漏らす吐息で吐き出したのです。
すっかり暗くなった踏切の向う側を彼女があまり知ることがないのは、いつも夜の助手席からそれを眺めるているから。
拒否はしつつもたまに貰う数枚の身体の価値をぼんやり思い浮かべて、あぁ、いつか終わるってことなんだろうなぁと何だか寂しい気分になりながら、次の休みの日には本を買いに行こうとハンドルを握る彼の薬指を眺めながら彼女は考えています。
「こんなの貰ったよ」と言って差し出したサッカー部員からのラブレターを彼は「若いっていいな」と赤信号なのに前を向いたまま応え、彼女は封も開けずにゴミの入ったビニール袋に放り込んで、今日のごはんは何だろなぁとワクワクし始めているのでした。
テールランプを見送って、食卓で皿にかけられたラップを外しながら、彼女は元気溢れる声で踏切の向う側の出来事を話し始めます。
裕美ってバカなんだよ、とはしゃぎながら。
歩いた記憶もあまりない、踏切の向う側の出来事を話し始めます。
夕闇に告ぐ。
明日は鈍色の空を見せて欲しいと。
夕闇に告ぐ。
夜に染まりきらないまま、どうかそのままの姿で居て欲しいと。
彼女は夕闇に告ぐ。

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