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【瞬間小説】 氷雨 【ショートショート】

 酒を呑むだけの金も力もなく、叫ぶ声すら何処かへ落としたまま雨夜の街を歩いている。
 折れた傘を握り締め、何処へ帰ろうかと彷徨い続ける。
 シャッターが閉まった駅の入口に腰掛けようとすれば、そこに座る数名の先客が私に睨みを利かせ始める。

 心だけは、どうか失くしたくない。

 錆びついた古い歌を口遊みながら、穴の空いた靴から滲みる冷たさを引き摺って歩く。
 右に左に、元来た場所から見知らぬ場所へ、折れた傘を相棒にして朝を描き歩き続ける。

 何の希望も生まれない歌にしがみつき、命を必死に堪えてみせる。
 通り過ぎる華やかな群れが、私の背中に嘲笑を浴びせている。

 冷たい雨に、心まで凍ってしまいそうだ。
 
 感覚を失くし始める指先で、私は自動販売機の側に座る猫に触れようとする。
 猫は私が近づくよりもずっと先に、逃げ出してしまう。
 残念だ、と思いながら覗く自動販売機の下に希望を探す。
 錆びついた古びた歌を口遊みながら、希望を探す。
 その刹那、錆びついた歌が根元から折れる音が聞こえた。
 浅く、調子の早い白い息が黒い空に昇り、鉄のような雨に身を曝している。
 朝はまだか、まだかと息を吐く。
 出て行く息が、戻らなくなる。

 とおりゃんせ、とおりゃんせ。
 
 視界が霞み、身体が街の冷たさに呑まれて行く。

 とおりゃんせ、とおりゃんせ。

 意識が空に混ざり合う。意識と身体が、無限のように離れて行く。

 ここはどこの、細道じゃ。

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