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【小説】 真実は森の一番奥に 【ショートショート】

 とある村外れに広がる森は、一度足を踏み入れたら人は二度は出れぬ事で誰もが知るところの、不遇な名誉を与えられていた。
 普段は誰も近寄らない森であったが、景気が悪くなると夜な夜な、または白昼堂々その森へ足を運ぶ者が後を絶えなくなる。

 大抵の者はふらふらとした足取りで、意識をまるで誰かに操られているかのような動きで森へと入ってしまう為、いつしか森そのものが呪われているのだ、と噂されるようになった。

 しかし、ある時期を境に森から生還する者が続出し始めた。
 そして、命を投げ出そうと再び森へ姿を現すことはないのであった。 

 森の奥に何やら秘密があるのだろうと思い、とある自殺志願のジャーナリストが目をつけた。
 これといった取材の種もなく、「所詮この世はコネ! コネ! コネが全て! 学歴も、全てコネのため!」と、拗らせた彼は自室でいつも叫んでおり、死にたい盛りの、さらに真っ盛りであった。

 このままでは「おまえの記事は近所の噂好きのババアの話題以下」と自分を罵り、契約を打ち切ったあの編集長を殺してしまうかもしれない。
 そうなる前に、ジャーナリストは取材を兼ねて死にに行くことにした。
 どうせネタが何もなければ、そのまま森に食われて死ねば話しは終わると思っていたからである。

 現地入りを果たしたジャーナリストは、森の付近の集落で徹底的な聞き込み調査をする所から始めてみることにした。
 どうせ死ぬからという諦めは彼にクソ度胸を与え、農作業を行う村人の話しを聞く為に畑にズカズカと入り込んでみたり、玄関で応答のない家の中に入り込んでみたり、人との境界を無視した態度で取材に臨んだ。

 結果、話しを聞く以前に追い払われたり警察沙汰になったりと散々な目に遭い、彼はやはり死ぬことにした。

「あーあ、そもそもジャーナリストなんて向いてないんだ。なんたって、俺はネタは好きだが人と話すのが何より億劫で仕方ない。こんなことならおとなしく工場勤めでもしていればよかった。とは言っても、四十八の新人ど素人なんて何処も雇っちゃくれないし、もう死のう」

 彼は本来の目的である森の奥に潜む秘密なぞすっかり忘れ、森の奥へ奥へと足を踏み入れた。
 しばらくすると前後左右の景色はすべて同じ様な木々に囲まれており、元来た道もわからなくなっていた。
 まぁ死ぬからどうでもいいや。そう思いながら歩ける所まで歩き、当分人に見つからない場所で死ぬぞ! と意欲が湧くのを感じていたのである。

 それからもうどれくらい歩いたのか分からなくなった頃、森に小さな立て看板が設置されているのを発見した。
 木製の看板には墨の文字で

「森の最果てまであと100m」

 と書かれていることを確認し、そのまま真っ直ぐ進んでみた。

 森を掻き分けるようにして進み、足場が良いとは言えない道なき道を進むと、森の最果てにテントが張られているのが見えて来た。
 どうせ死ぬからいいや、という心持でいたジャーナリストは自らの用件をここに来て思い出すと、カメラを取り出してテント周りを撮影し始めた。

 テントの周りには洗濯紐がぶら下がっており、茶色の靴下が干されていた。その靴下もよくよく見てみたが元から茶色なのではなく、汚れに汚れた挙句茶色に染められていることに気が付いた。
 その他に、くべられた木が燃えた跡に、ボコボコの雪平鍋、片方だけの下駄など、誰かがここで生活している形跡も発見した。

 興味を惹かれて写真を撮り続けていると、突然テントの中から人影が飛び出して来たことにジャーナリストは悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
 飛び出して来たのは髪も髭も伸び放題、肌は垢が蓄積してまるで岩石のようになった中年男だった。
 腰を抜かすジャーナリストに、彼は開口一番こう叫んだ。

「おい! 酒あるか!?」
「ひっ! な、ないです!」

 肩をがっくり落とした男は「まぁいいや!」と気を取りなおすと、ジャーナリストの肩を掴んで激しく揺さぶり始めた。

「あんたなぁ! 死にに来たんだろ!?」

 ぐらぐらと揺れる視界に酔いそうになりながら、ジャーナリストは何とか答えた。

「あ、あのっ、それもそうですが、しゅっ、取材に来ました」
「死にに来たのに取材に来ただぁ? どうも合点がいかねぇ。よし、とことん話そうじゃねぇか! 俺はな、暇な者だ!」
「ひ、暇な者?」
「おうよ! 暇なんだけどな、働くのが嫌で仕方ねぇからここでこうやって、死ぬ奴とっ捕まえて俺の話し相手させてんだ!」
「ええっ……それは、なぜですか?」
「世間じゃ誰も俺と話そうとしねぇからな! ここならどうせ死ぬからってんで、みんな話し相手してくれるんだよ。ナイスアイデアだろ。なぁ!?」
「な、なんでそこまでして話し相手を……?」
「寂しくて死にそうだからだよ! とにかく俺ぁ暇だからな!」
「そ、そうですか。分かりました……」

 なんということだ。森の奥にはとてつもない暇人がいて、彼が話し相手になるからみんな命を投げるのを止めていたという訳だ。

 ジャーナリストはことの真相に残念なような気持ちになり、どうせ命の大切さがどうのこうの説教されるのだろうとうんざりした気分になった。

「取材に来ておいてなんですが、僕は死にに来たんです。もうここからは離れますから、勝手にやって下さい」
「いーや! そうはいかねぇよ!」
「命の説教なんて聞きたかないんです。それじゃ」
「そんな高尚なこたぁしねぇ! どうせ死ぬんだろ? だったらよ、俺の話し相手になれ。死ぬまで話しは聞いてもらうからよ」
「僕はご免ですよ。それでは」

 いくら死ぬとは言え、あんな小汚い男の傍で死ぬのはご免だ。死に場所くらい選ばせてもらおう。
 ジャーナリストはテントから離れ、左手の森の奥へ奥へと足を運んでみることにした。
 すると、微かに沢の音が聞こえて来る。水辺があるのだろう。喉も乾いた頃合いだったので、ひと息ついてから死のうと沢を目指すと、頭上から何かが目の前にドン! と落ち、ジャーナリストは小さな悲鳴をあげた。落ちて来たのはあの小汚い男だった。

「俺ぁよ、元々の生まれはこの辺りじゃねぇんだよ! あんちゃん、汽車って知ってっか? しゅっぽっぽーの汽車だよ! あれに乗ってよ、まず初めに東京に出たんだ! あれは幾つの頃だったかなぁ〜……」
「ちょっ、何勝手に話し始めてるんですか! それにあなた、何処から現れたんです?」
「あっ! そうそう、十四、十四の頃だ! うちの近所の個人商店で酒運ぶ手伝いやらされててよ、そこで駄賃もらってたから、それで貯金してたの。だからよ、俺って中学卒業してねぇんだよ! 考えられねぇだろ?」
「あなたが側にいたら煩くて死ねませんよ! 失礼します!」

 ジャーナリストは速足になってその場を離れたものの、彼のすぐ真後、直径三十センチの距離を寸分も狂うことないスピードで男はくっ付いて来る。
 その間も、男は話すことを少しも止めようとしないのだった。

「うちのおっかぁってのがこれまた教育熱心なおふくろでさぁ〜! とにかく良い高校行けだの良い大学へ行けだの言うもんで俺ぁ今でこそこんなんだけど勉強はまずまず、下の中くらいの頭はあったんだ!」
「しつこいですよ! 放っておいて下さい……!」
「それでもなぁ、俺ぁなんだか勉強っつーのは本来自分で好き勝手にテメェで学習した方が身につくんじゃねぇのかって思った訳よ! そこで! 俺ぁ開発したの! 中学生がよ、勉強道具を開発する訳だよ、なんだと思う?」
「知りませんよ。放っておいてください」
「大発明よ! 俺ぁとにかく社会が好きだった訳! だからよ、数学だの理科だの英語だのの表紙だけ取っ払ってよ、どの授業でも社会の教科書の上に被せてた訳! これでいつでも大好きな社会の教科書を読めてたって寸法よ! すげぇだろ!?」

 いくら先を急いでも変わらぬペースで追い続けて来る男にやがてジャーナリストは体力負けし、その場に座り込んでしまった。
 話しは全く止まる気配がないまま三時間が過ぎたものの、話しは進まずまだ中学時代の話しが延々と続いていた。

「英語のミヨコちゃん先生ってのがみんなのマドンナよ! このマドンナ先生ってのがこれまたボインネェちゃんな訳だ。それでよ、クラスの大将のヨシムラってやつが「ミヨコちゃん先生のおっぱい揉むんべぇ」って言い出して、みんなで作戦立て始める訳! これを文化祭の催しものにしようって提案したら、担任のゴリラみてぇな奴に全員ぶっ飛ばされてなぁ」
「…………」
「けれど我らセイシュンよ! 青タン作ってもおっぱいは揉みてぇ訳! そこでな、これまた俺は開発する訳!」

 体力を温存し続け、隙を狙ったジャーナリストが今だ! と思い猛ダッシュする。
 後ろを振り返るとみるみる男の姿が小さくなって行き、ようやく離れることが出来たと安堵した。

「やっ、やっと一人になれた……!」

 男から解放されたと思ったのも束の間、ガサガサと音がして振り返ると、男が中学時代の話しを絶叫しながら四つん這いで近付いて来るのが見え、彼はたまらず発狂してしまうのであった。
 姿勢は人のそれとは異なる獣のような格好で、おまけにとてつもないスピードで男が迫って来ていたのだ。

「今度開発した装置は「ボイン捕獲器」って名付けてよ! これがよ、ナイスガイのブロマイド写真を貼っつけた木枠の根本にトリモチが付いてる装置でよ、仲間内から大好評だったんだ! でもよ、朝学校行ってみたら捕まえられたのはネズミだけだったんだよ! それでな、ここから大逆転物語が始まるって訳!」
「ぎゃああああああああああ!」

 ジャーナリストは狂ったまま森を突き進み、男がもう追っては来ていないことにも気付かないまま、森の近くの村の中を叫びながら走り回るのであった。

「あぁ、また森から出て来たんだべね」
「やっぱり、みーんな発狂してんな。いいんだか、悪ぃんだか」
「まぁ、命は助かったって訳だ」
「んだな」

 村人はそれがいつもの光景であることをすぐに理解し、手を止めていた農作業に取り掛かった。

 森の来た道を戻りながら、男はまだまだ話し足りないと不満げに漏らしながらテントを目指す。

「ま、簡単に死なれたら話し相手がいなくなっちまうから、これでいいんだ。さぁて、続きを聞きに来る奴はまだ現れねぇもんかなぁ。俺ぁ楽しみだよ」

 その後も森を訪れて発狂した挙句、命を投げることを止めた者は数多くあったものの、やはり再度足を踏み入れる者は一人もいなかったという。

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