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【小説】 家電家族 【ショートショート】

 お母さんはいつも暑がりで、冬でもお風呂上りには「暑い暑い」と団扇を手放さず、おまけに冷房まで点けて私達を困らせていた。
 そんなお母さんは、最近冷蔵庫に改造してもらってからずいぶんと機嫌が良い。

『はじめは心配でずいぶんドキドキしちゃったけれど、改造してもらえてよかったわぁ~。はぁ~、快適快適』

 お母さんは今日もドアをバタバタと開閉させながら、大喜びしている。
 家族の中で誰よりも空気を読むのが得意だったお兄ちゃんは、半年前にエアコンに改造してもらった。

『今夜は湿度が足りなくなりそうだ。でも、僕の加湿機能を使ってあげるから、みんな安心してくれよ』

 たまに噴き出し口から「ブフゥーッ」と大きな音を立てて息を吐き出しているけれど、そんな時のお兄ちゃんはちょっと不満気な感じ。

 で、肝心のお父さん。ビールが大好きでいつも「泡まみれになりたいなぁ」と言っていたから、お兄ちゃんが改造してもらうついでに、洗濯機に改造してもらった。
 それも、寝ている間に勝手に改造した。
 うちのリビングダイニングにお父さんはいないから、会うためには脱衣所まで行かなければならないけれど、LOTで繋がっているから会話には何の不自由もない。

『朝起きて洗濯機になってしまった自分にはずいぶんと驚いたものだが、会社や出世も世間体も気にしなくていいしな、ラクなもんだよ』

 そう言って何だかんだ今の自分を受け入れている。
 たまにLOTを切って私達がリビングダイニングでお父さんの悪口を言っていることは、まだバレていないみたい。

 そんな私だけど、三ヵ月前にお掃除ロボットに改造してもらった。
 脳をデバイスへ移行するのに欠損が出るかもしれないとお医者さんに言われていたけれど、無駄な記憶は全て消え去ってくれて、人間時代の思い出したくない嫌なことも、掃除機だけにキレイさっぱり消えてなくなっていた。

 塵ひとつない我が家を、今日も私はぐるぐる行ったり来たりしている。
 あぁ、なんて楽しいんだろう。
 しがらみだらけの人間世界から離れるって、こんなに楽だったんだ。
 さて、今日はどれだけ行ったり来たりできるだろうとぐるぐるしていると、玄関が開いて人間達が数人ドカドカとやって来た。

「どうぞ、入って下さい。リフォームは完全に済んでおりまして、ほとんど新築に近いような状態なんですよ」

 不動産屋の今岡さんの声がする。今日はどんな人を連れて来たのだろう?  
 あ、来た来た。ちょっと派手目な若奥様と、格闘家っぽい髭マッチョの旦那さん。子供はいないのだろうか。

「わぁ、こんなにキレイなのに中古なんですね!」
「ええ。ここにお住まいになっていたご家族が、とてもキレイ好きだったんです」
「へぇ……なんで引越しちゃったんですか?」
「もっと良い暮らしを、ということで越されたようですね」
「ここでも十分なのにぃ。ねぇ、タクヤ! ここにしようよ! 私、このおうち気に入った」
「あぁ、悪くないな。トレーニング器具も置けそうだし」
「あ、それなら地下室がございますよ。案内いたしますので、是非ご覧になってみて下さい」
「おう、そりゃ最高だな!」

 うんうん、いいよいいよ。我が家は最高だよ。
 地下室に向かったご夫婦を見送ると、足早に今岡さんがやって来た。

「柴山さん、あの方々で大丈夫ですか?」

 私が答えるより先に、お母さんが声を弾ませた。

『もちろんよ! 私達ととってもうまくやっていけそうですもの!』

「よかったです……! では、手筈を整えますので」

『よろしく頼んだわよ~! 待ってま~す!』

 今岡さんなら、きっとうまくやってくれるはず。だって、私達だってそうだったんだから。

 あの奥さんは私のお姉ちゃんで、アイロンが良い。だって、ゆるふわ~って感じだけど、なんだか怒ったらカッカしそうな感じだし。
 旦那さんは、私達のおじさんで電子レンジにしてもらおう。
 理由は簡単。部屋にまだレンジがないからだ。

 本人たちはどんな顔をするか分からないけれど、きっと大丈夫。
 目が覚めたら、その快適さにきっと驚くはずだから。
 だって、お母さんも、お兄ちゃんも、お父さんも、私もそうだったから。

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