【小説】 凶王と兵隊 【ショートショート】

 今を遡ること中世の時代、西の国にある残虐な王がいた。
 王がまだ若い頃は大変聡明で柔和な人物で国民から絶大な支持と信頼を得ていたが、最愛の妻を亡くして以来まるで人が変わったかのように周りの人間を信用しなくなってしまった。
 家族すらも信用しなくなった王は兵隊に命じて自分の息子達を処刑することにした。長男のスコットは国の王子として君臨し、軍事で手腕を発揮して兵達から厚く支持されていた為に謀反を企む者もあったが、王はその者達も長男諸共処刑した。

 息子達の骸を杯にした入れ物でワインを飲んでいると、ある兵が王室へ飛び込んで来た。

「王様、隣国が攻めにやって来ました!」

 それを聞いた王は笑いながらこう命じた。

「ならば民衆達を引っ張ってでも国境に立たせるが良い。逃げ出す者は女子供も容赦なく、その場で斬り殺せ」

 その命令のおかげで、国民達は大きな犠牲を強いられた。
 しかし、抗議の声を上げる者は悉く殺されるか、外国に奴隷として売られてしまった。

 王は自分の目についた者を次から次へと処刑して行ったが、その対象は何も周りの人間だけではなかった。
 街で一番の歌姫を城に招き、宴の席で歌を披露させた。
 まるで天使のような歌姫の歌声に兵士達は皆、惚れ惚れとして聴き入っていたが王は神妙な顔つきを浮かべながら歌を止めさせた。
 困惑しながらも歌を止めた歌姫を見て、側近の兵士がこう訊ねた。

「王様、何故止めさせたのですか?」
「うむ。あの女はもっと良い声で歌えるはずだ。今から私が彼女を指導するので、準備に取り掛かるように」

 そう言うと、王は兵士達に十字架と藁、そして薪を用意させた。
 そして歌姫を十字架に縛り付けると、兵士達に足元の藁に火を投げるように命じた。

「王様、それでは歌姫が死んでしまいます!」
「そんな些細なことはどうでもよろしい。肝心なのは最高の歌声が今、聴けるか否かなのだ」

 何の罪もない歌姫の足元に火が投げられると、あっという間に歌姫の身体に火が燃え移った。
 城の前の広場には歌姫の悶絶する声が響き渡り、野次馬に集まっていた民衆達は一斉に耳を塞ぎ始めた。火を投げた兵士達でさえ、その後悔から目を背けていた。
 しかし、王だけは違っていた。
 子供のようにはしゃぎながら、実に嬉しそうな声でこう叫んだ。

「どうだ! この国で一番良い声が聴こえて来るではないか! 宴の時よりも良い声で鳴いているぞ!」

 王はひとしきり満足すると、国の楽団達に以後は彼女の灰を溶いて音符を書くように命じた。
 以後、王室で働く者や城のある街に住む者は誰も王に逆らわなくなった。

 圧制のあまり国にはこれ以上住めないと逃げ出そうとする民衆達を止める為に、王は兵士達にあることを命じた。逃げ出そうとする民衆の首を次々と撥ね、国境に並べ立てたのだ。 
 国へ続く街道には何千何万という首が並べられ、それを見た他国は恐ろしさの余り攻めようともしなくなった。
 
 それからも王の凶行は加速して行った。
 革職人の親子に殺し合いをさせ、生き残った息子に父親の皮膚で鞄を作らせた。 
 またある時は、物を売って稼ぐ商人一家の店に火をつけ、物乞をする一家の姿を見て腹を抱えて笑うといったこともした。無論、飽きるとすぐに処刑した。
 
 国民達は恐怖に怯えながら生活する内に疲弊してしまい、次第に国力が落ち切った国が滅ぶのも時間の問題となった。
 そんな時、二人の兵が王の元へやって来た。

「王様、このままでは国が滅んでしまいます。どうか、国民達に慈悲を与えてやってはくれませんか」

 そう申し立てた兵士に、王はこう訊ねた。

「貴様は私を恐れているか?」

 そう訊ねられた兵士はうん、と頷いた。

「はい。私は王が怖くて仕方ありません」

 王はやや不服そうに鼻を鳴らすと、もう一人の兵士に同じ質問をした。
 すると、自分だけは助かろうと思った兵は意気揚々とこう答えた。

「私はちっとも怖くはありません! 毎日王様の下で働けるなんて、この国で一番の幸せ者です!」

 すると、王は立ち上がって怒りを露わにした。

「貴様が私より幸せとは一体どういうことだ!? それに私が怖くはないだと? 貴様には真の恐怖というものが何なのか、教えてやらねばなるまい」

 兵士は何度も何度も頭を下げたが、王の怒りは収まる様子を見せなかった。
 しかし、王はこの兵に対して即刻処刑を命じるようなことをしなかった。
 むしろ、何事もなかったかのようにそのまま城で働かせ続けた。
 それから半年が過ぎ、兵さえも王の怒りを買ってしまったことを忘れ掛けた頃のことだった。
 夜、自宅で眠っていると物音がして目を覚ました。
 月明かりを頼りに薄らと闇の中へ目を凝らしてみると、数人の兵隊が部屋の中にいるのが見えた。

「貴様達、何をしている!」

 そう叫ぶと、兵隊達は起き上がった兵に何かを放り投げて寄越した。
 足元に目を向けてみると、それは愛する妻と子供達の生首だった。
 腰を抜かした兵に、薄闇の中で兵隊達はこう言った。

「王様からの命令だ。私を怒らせるとこうなるが、貴様は明日からも今までと変わらず、同じ心持ちで城で働くように、とのことだ」

 血も涙もない王に絶望した兵はその明け方、自室で首を吊って死んでしまった。

 一方、王を恐れていた兵は国境警備を担当していた夜に国を逃げ出し、隣国に助けを求めた。
 話を聞いた隣国の王は兵を快く迎え入れ、他の兵達も連れて来るように命じた。
 それから国境警備を担当する兵士達を呼び込むようになると、兵隊達は隣国に次々へ逃げ出した。そして、国はいよいよ攻め込まれることとなった。

 王を殺害する為に隣国の大軍が街に押し寄せると、それまでおとなしく生活をしていた民衆達は家を飛び出し、各々武器を手に取り大軍と共に城へ向かい始めた。
 その知らせを聞かされた王は気に留める様子さえ見せず、玉座に腰を下ろしたまま退屈そうに欠伸をした。

「王様、今すぐに逃げないと危険です!」

 側近がそう言うと、王は呟いた。

「この世は私と、私以外の二つしかない。一体、何をそんなに恐れている? それよりも街の宝石職人の両眼を抉り出し、代わりに宝石を埋め込んで生かしておく良い方法は何かないか?」

 それを聞いた側近は首を振りながら王室を後にした。城にはいよいよ王一人だけが残され、あちらこちらに火が放たれた。
 王は玉座を立つと城壁の出窓までゆっくりと歩いて行き、いよいよ背後に迫った隣国の兵と、そして民衆達を背にしたまま大きな窓を開け放った。
 その姿に、城内には色とりどりの怒号が鳴り響いた。

「王よ、貴様はここで終わりだ!」
「おまえの首を晒し者にしてやる!」
「さぁ、怒りの剣を受けてみよ!」

 様々な声が鳴り響く中、一番初めに逃げ出した兵がこう叫んだ。

「王様! 国を捨てた私から、最後のお願いです。どうか死んで下さい!」

 王はその声に振り返ると、唇の端を上げて鼻を鳴らした。

「それは私が決めることだ」

 そう言うと、何の躊躇もなく王は出窓から飛び降りた。
 すぐに城下の石畳の上に真っ赤な花が咲くと、兵や民衆達から一斉に歓声が湧き上がった。
 喜び合う者達の中で、逃げ出した兵だけが浮かない顔を浮かべていた。
 その顔を見た隣国の兵が愉しげに声を掛けた。

「どうしたんだ! やっと国を取り戻せたんだろ?」
「違うんだ」
「何が違うっていうんだ?」
「取り返したんじゃない。やっと、失ったんだ」
「そりゃ、どういう意味だ?」

 兵は何も答えず、ただ黙って静かに城を後にした。
 それからすぐに側近が王となり、国を建て直した。

 そして間もなく、新たな戦争が始まった。

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