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【読書録】カツセマサヒコ『明け方の若者たち』(幻冬舎)

カツセマサヒコ『明け方の若者たち』(幻冬舎)

6月10日読了

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カツセマサヒコという人のことを、僕はよく知らない。

Twitterをやっているとよく名前を目にするのだけど、一体どんな人なのかは全くわからない。

そんな人の初著書をどうして発売日に読んだのかというと、いつもお世話になっている伊野尾書店の店主、伊野尾さんにオススメされたからに他ならない。

今度幻冬舎から出るカツセマサヒコの小説を読んでるのだけど、これはたけしんくんが読むべき話だなと思いました

この本が発売になる一週間ほど前に、伊野尾さんから送られてきたLINEにはそう書かれていた。

伊野尾書店は出版業界ではものすごく有名な、中井にある町の本屋である。

色々と面白い試みをやっている書店で、その中に一万円選書というサービスがある。

いくつかの質問に答えるとその人にあった本をだいたい一万円分くらい、伊野尾さんが選書してくれるというサービスらしく、ものすごい好評だそうで今は受付を絞っていると聞く。

そんな伊野尾さんから、一万円払うことなくオススメの本を紹介されるというのは幸福なことに違いなく、迷わずに新刊予約をしていた。

正式な発売日は6月11日らしいのだけど、これを書いている10日には伊野尾書店に入荷していたらしく、入荷の連絡を受けた僕はすぐに受け取りにいく。

そして入手した日にこの感想を書いているということは買ったその日に読み終わったということになる。

一万円選書をやっている書店の店主だから流石だなあと思うくらい、この本は僕に、深く刺さった。

伊野尾さんには僕の恋愛遍歴をそこまで赤裸々に語ったことはないはずなのに、カツセマサヒコの過去は、僕の過去の記憶をえぐるには鋭利すぎるなあと思うほど、刺さった。(どこまでが真実でどこまでがフィクションなのかは知らないけれど)

限られた人にだけ参加権利が与えられたコミュニティに入れることを、悪くは思わなかったのだ。

冒頭、勝ち組飲みというイヤミなイベントに参加した「僕」がの心境である。

この一文で、カツセマサヒコという人のことを見ず知らずの他人だとは思えなくなってしまった。

どう考えても、この著者はいわゆるメンドクサイ人間であろうことは想像に難くない。

世の中を斜に見つめつつ、それでも世の中の権威みたいなものには弱い。

僕そのものな気がした。

だからこの一文だけで、カツセマサヒコという人に僕はものすごい親近感を抱いてしまった。

この本は著者の若い頃の一時期を共に過ごした、運命的な女性との思い出の話である。

あまりネタバレはしないようにしたいのだけど、この女性との付き合いは、決してハッピーエンドではない最後を前提にした付き合いだったことが、真ん中くらいで発覚する。

にもかかわらず、それでもよかったんだという妙な肯定感がこの本にはある。

そしてそのことが、僕にはものすごく分かる。

僕も著者と同じように、運命的だと思えるような人と過ごしたひとときがある。

そしてその人との時間は、この本の中で描かれたように全くハッピーエンドではない形で終わりを告げた。

だけど、と思うのだ。

いつまでもあの人のことをひきづっているカツセマサヒコが本当に愛おしく思う。

僕も全く同じだから。

そんなふうに感情移入をしながら読んだこの本は、深く深く僕に刺さって仕方がなかった。

後半はずっと、自分でも引くほどに号泣しながら読み進めた。

勝手に親近感が湧いているからこういう言い方になってしまうけど、僕やカツセマサヒコ(というかこの小説の主人公)には共通点があるのだと思う。

それは、「不幸に酔う」ということなのではないだろうか。

ハッピーエンドなんて約束されていないのに、のめり込む。

そしてそれを振り返りながら、それでも尊い日々だったなどと反芻しながら酔い続ける。

不健康な営みなのかもしれない。けれど、僕らのような人間にとってはそれが心地よいのである。

マイルドな自傷行為とでも言うのかもしれない。

不幸な自分が、結局は好きなんだろう。

作中では何度も「こんなはずじゃなかった」「何者にもなれなかった」という言葉が繰り返される。

僕だって思う。もっと素直に幸せになれるルートがあったのかもしれないと。

それでもどうしようもないのだ。

僕らのようにどこかで拗らせてしまった人間にとって、今この瞬間が最良であるようなうフリをしながら妥協した上での今であることを心の奥で自覚している人間にとって、不幸であることというのはある意味で免罪符か箔のようなものなのだと思う。

これから先も、僕はそうやって生きていくのだと思う。

仕方ないのだ。そうする以外ないのだから。それ以外の生き方を知らないのだから。

明け方にあの人とのドラマがあった僕たちは、いつまでもその記憶にすがりながら、それを「いい話」で包みながら、生きていく。

KIRINJIのエイリアンズ、コールドプレイのTHE Scientist、BUMP OF CHICKEのロストマン、フラワーカンパニーズの深夜高速、RCサクセションの雨上がりの夜空に。

作中に登場した、僕たちらしい曲を聴きながら、そう思った。

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