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takeshi_yamada_タケシ
2020年10月18日 20:00
なぜこんなにもジュライホテルの廃墟は私を引き付けるのか?ヤワラーのジュライホテル。かつて日本人バックパッカーが沈没していたホテルの廃墟。私は寂れたこの地域から離れたくなくなっていた。カオサンのしかも後発組の私からすると、ジュライホテルの全盛期のバンコクを経験するには数十年遅く生まれていた。この数十年で変わり果ててしまったバンコク。それよりもさらに数十年遡るバンコクを根城に沈没していた男
2020年9月29日 07:00
「疲れた」アソーク駅周辺で悶々としていた。「10年ぶりにパッポンに行くか」私はタクシードライバーの兄ちゃんに声をかけた。「パッポンに行きたいんだ」任せとけ、と笑い、誰かを呼びに行った。バイクタクシーの中で暗黙のルールがあるらしく、順番待ちのようだ。声をかけたドライバーが先頭待ちのトップとは限らない。「コイツさ、コイツがあんたのドライバーさ」3人くらいの先輩ドライバーに付き添われ
2020年9月6日 04:35
タイのゲストハウスのシングルに泊まることが多かった。まだ若かった。2000年代前半に幾度となく泊まったカオサンや、その他安宿の写真を見てみる。「またこんな旅をしたい!」となるか、「もうこんな旅はごめんだ」となるか。あの頃、安くて汚いところに泊まり、いかに金をかけないで重いリュックを背負うか?が勲章みたいなもんだった。バックパッカーと言えば聞こえは良いが、ホンマもののバックパッカー、それ