🇹🇭四肢麻痺のバイクタクシー@パッポン2015
「疲れた」
アソーク駅周辺で悶々としていた。
「10年ぶりにパッポンに行くか」私はタクシードライバーの兄ちゃんに声をかけた。「パッポンに行きたいんだ」
任せとけ、と笑い、誰かを呼びに行った。バイクタクシーの中で暗黙のルールがあるらしく、順番待ちのようだ。声をかけたドライバーが先頭待ちのトップとは限らない。
「コイツさ、コイツがあんたのドライバーさ」3人くらいの先輩ドライバーに付き添われ出てきたドライバーを見た。
一見して、障がい者だと分かった。小柄な体格もそうだが、四肢が絶えず震えて、あちらこちらの方向を向いている。目は焦点が定まっていない。
他のドライバー達は「やっとお前もデビューの時だ、良かったな」と応援モード。このドライバー、視点は定まっていないが会話は全く問題なかった。
「…あの…大丈夫ですか?」私は聞いた。周りのドライバー達はわざとらしくキョトンとしている。「見りゃ分かるだろ?ノープロブレムさ」ドッと笑いが起きた。
「…」
返す言葉が無かった。彼らはこのドライバーの障がいを分かっていながら、ついにデビューの日が来た、と祝福しているのだ。
怖い、と思った。しかし「さあ、乗りなよ」と言うこの小柄なドライバーはやる気マンマンだ。手足は震えたり収まったり。
感動的なタクシードライバー達の結束した感動シーンに私は怖気付き、「OK…」と言ってしまった。
「サラデーン駅まで、それでいいよ」と私が言うと、「大丈夫、パッポンだろ、平気さ」と純粋な斜視の目で私を見る。
ゆっくりと安全に走ってくれた
丁寧に丁寧に、ゆっくりと。彼の肩に手をかけていたが、身体の痙攣が時折私の身体に届いた。パッポンが見えた。
パッポンを華麗に通り過ぎた
「おいおい、引き返してよ」彼は苦笑いしながら定まらない視点で私を見て笑っていた。バイクを引き返そうと懸命だ。その頃、彼の運転に対する恐怖心は無くなっていた。
彼は自分の障がいがどのようなもので、どこまで出来るのか、知っているようだった。
「着いたよ!」
「コップンカップ」
Uターンした分だけボられる事もなかった。彼は自転車よりも遅く見える速度で遠ざかっていった。
パッポンの入り口のバーで先ずは一息入れる事にした。
言いづらいが、日本だったらとてもじゃないがバイクタクシードライバーなんぞさせてもらえないレベルの障がいを持った男だった。その彼を勇気づけ、しかも障がいをまるで茶化す様にコミュニケーションを取るドライバー軍団の男達の懐の深さがカッコ良かった。「お前に客が付いたぞ!」嬉しそうだった。
障がいうんぬんより、彼自身の性格の良さが、この環境を作ったはずだ。
そして、そんな彼を受け入れる懐の深さが、この経済成長を謳歌するバンコクに未だ残っている事に安堵した。
正直、ハッキリと乗車を拒否しなかった自分に反省もした。結果事故に遭わなかっただけだ。でも、彼との会話がキーだった気がする。「任せてよ!」彼は言った。
彼はまだあのアソーク駅の周辺で、ドライバー連中に弄られながら楽しくやっているだろうか。多分、他の商売でもきっとやっていけるだろう。
ーータケシ
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