聖なる夜のカツカレー
気がつけば街はクリスマス一色だった。僕はオフィスのデスクで図面を引きながら、窓の外の煌めくイルミネーションを眺めている。寒々しい空にちらつく雪を見て、ようやく12月24日であることを思い出した。でも僕には関係ない。独身の50代の建築家にとって、クリスマスなんてただの平日みたいなものだ。家に帰れば冷えた缶ビールとコンビニの総菜が待っているだけ。そんな現実を見越して、僕は残業をするという選択を取ったのだ。
それでも、ふとした瞬間に腹が鳴った。時計を見ると夜の8時。夕食を食べる時間だ。そうだ、今日はクリスマスだけどカレーを食べようと思い立った。なぜなら、僕は無性にカレーが食べたいのだ。それもスパイスがしっかり効いた濃厚なやつ。
そこで、僕は一人では味気ない気がして、カレー仲間の彼女、浅田真紀に連絡を入れることにした。彼女は32歳で、少し変わった嗜好を持つ女性だ。僕らの共通点といえば、カレーが好きということくらいだろう。「カツカレーをご馳走してくれるなら行く」と彼女は即答した。相変わらず合理的な人間だ。僕は電話を切ると、近所で評判のカレー屋「カルカッタ」に予約を入れた。
店に入ると、真紀はすでにカウンター席に腰を下ろしていた。白いTシャツにゆるいカーディガン、そしてあの丸いメガネ。彼女の姿はどこか子猫のようで、クリスマスの華やかさとは対照的な静けさを纏っていた。「待たせた?」と僕が言うと、「いいよ、メニューを研究してた」と彼女は微笑んだ。その笑顔はシンプルで、でもなぜか印象に残る。
僕らはカツカレーを注文した。彼女は驚くほど大盛りのカツカレーを頼み、僕は普通盛りを選んだ。「クリスマスにカレーって変わってるね」と彼女が笑う。「まあ、ケーキよりは現実的だろう」と僕は応じる。
「でも、クリスマスにカレーを食べるのも悪くないかも」と彼女は続けた。「スパイスの香りって、どこか特別な感じがするよね。贅沢というより、異国の風が吹いてくるというか。」
僕は彼女の言葉を聞きながら、カレーを一口すくった。熱々のルーが舌の上で溶け、香ばしいスパイスの風味が広がる。この瞬間、僕は確信した。クリスマスの夜にカレーを食べるという選択は正しかった。
会話は自然に流れていった。仕事の話、最近見た映画、そしてカレーの話題が尽きることはなかった。彼女が大盛りのカレーをぺろりと平らげるのを見て、僕は思わず笑った。「よく食べるな」と言うと、「だってクリスマスだもん」と彼女はあっけらかんと答えた。
帰り際、真紀がふと呟いた。「来年もまたクリスマスにカレー食べに行こうよ。今度はあなたがもっとおしゃれな店を探してね。」僕は軽くうなずいた。それが約束だったのか、ただのリップサービスだったのかは分からない。でも、こういう何気ない瞬間が人生を少しだけ明るくするのだと、僕はその時思った。
外に出ると雪が静かに降り続けていた。街のイルミネーションが雪を柔らかく照らし、僕らの足元にクリスマスの影を落としている。