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Vol.109 『何のためのテスト?』④

 今日は第4章の読書会でした。少しずつ、社会構成主義について理解が深まってきています。ただ、どうしても読んでいるとわかったつもりになってしまいますし、今やっている自分の実践を肯定的に捉えるための材料として読んでしまう自分がいます。

 きっと自分自身まだまだわかっていません。ここでわかった気になって、できている気になってしまうと成長はもうないと思います。だからこそ、ちゃんとガーゲンさんの言葉からあれこれ考えるようにしていきます。

子どもの学びに対する相互的な配慮と、学びのプロセスへの持続的な関与があり、「私たち」の可能性と価値に対する自覚が促される。

Kenneth J.Gergen(2023),何のためのテスト?評価で変わる学校と学び P94

 4章の最後はこのような言葉で締めくくられています。子どもたち一人ひとりの可能性となっているわけではなく、教師としての自分も「私たち」の中には入っているように感じました。

 今回4章を読み進めていく中で、なにをするにしても教師としての心構えが大切だなと思いました。「子ども主体」といって、「子ども主体」に見えるようなことをしているだけではダメなんじゃないかなと思っています。ちゃんとそこには心構えがあるからこそ、意味や価値が生まれるんじゃないかなと思っています。

 例えば、4章の中に「肯定的なフィードバック」ということが出てきます。この「肯定的な」フィードバックも、「なにを」肯定的にフィードバックするかによって意味や価値が変わってきそうです。

 先生がもっている答えを見つけた子に対して「よく見つけたね」とか「良い考えだね」といったフィードバックを積み重ねていってしまうと「先生が何を求めているのか?」を探る学びになってしまいます。これが、この本でいう権威への服従ということなんだと思います。子どもたちが先生から認められることを求めてしまうとおかしくなります。

 だからこそ、一緒に考えるというスタンスがまず前提にあって、おもしろいと思ったことを一緒におもしろがることや、ともに驚きを共有し合うといったことが大切であり、その子の思考の過程や、その子のありのまま、その子の存在を大切にするようなフィードバックが大切なんじゃないかなと思いました。

 「肯定的なフィードバックをする」ということが大事なのではなく、もっと大切なことがあります。そこが教師としての心構えなんじゃないかなと思っています。

 というように、この場面ではこうしようという心構えをもつことは少しずつできてきています。ただ、これを教育全体に広げていくとするとまだまだ自分の中ではよくわからなくなります。もう少し、じっくり読み進めていきます。

 

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