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竹美映画評65 ボリウッドならではの新しさ 『Phone Bhoot』(2022年、インド)

ボリウッドの凋落、この言葉を一回書くだけで益々株が下がりそうなボリウッド映画界だが、来年1月にプラバース神話爆弾と、シャールクカーン&ディーピカパドゥコーン&ジョン・エイブラハム爆弾が仕込まれており、これが当たらなかったら本当に何か難しい問題に直面していると言わざるを得ないが、そんな中、やっぱりねえ、ホラーというジャンルで新しいことに挑戦しているボリウッドの姿もある。『ワカンダフォーエバー』に続けて観て来たのは、待ってました、カトリーナ・カイフ主演『Phone bhoot』!

私は大いにホラー映画を過大評価する傾向があり、髭ガチムチギョロ目が出ていれば無条件で絶賛し、女優が面白ければ過大評価する。例えありきたりと言われるような作品でもね。

誰が見ても分かるゴーストバスターズネタなのだが、もっとスケールが小さく、コメディに徹している。本作の何が好きかと言うと、何と言ってもカトリーナの見せ方に尽きる。

お話は…幽霊が見える男子二人が幽霊退治ビジネスを立ち上げて父親からの借金を返そうとするのだが、その前に女幽霊ラギニ(カトリーナ)が現れ、協力してやる代わりに自分の願いをきけと迫る。一方黒魔術使いのアトマラン(ジャッキー・シュロフ!)はラギニ幽霊をよく思っておらず、攻撃を仕掛けようとしていた。

ありがとう、カトリーナ・カイフ

カトリーナはイギリス人とカシミール系インド人の間に生まれイギリスで育った。つまり全然ボリウッドにコネなんか無かったのでしょう。モデルから女優になり、アクシャイ・クマールやリティク・ローシャン、サルマン・カーンなど、明らかに年上おじさんの相手役ばかりをやって来た感がある。セクシーさを健康美として見せることができる稀有な女優だけど、年取ってきたら仕事あるのだろうかと勝手に不安に思っている女優の一人だった。例え色んな映画に違う役で出ていたとしても、皆の印象としては添え物だったから。踊りも上手いしキレイなのがあだになっているんじゃないかと。昨年結婚して、ああもう彼女あんまり出て来ないのかもなぁと思っていたところで、これ!前髪作って戻ってきましたよ。30代後半で前髪作って戻って来るって、もうシェール路線じゃんね。いきなり好きになった。

何か顔も似て来た
セクシーのしたたり

しかも主役。今年ヒットしたインド映画の上位は全て男性主人公の映画(私はそれが悪いとは思わんが)。今日本で激アツ上映している『RRR』は確信犯的に女性キャラが薄い。だからファンが色々想像して肉付けをして補っている。そんな日本のファンダムの中から「内助の功」という言葉まで出て来たのは興味深い。『KGF2』はその意味では女性の見せ方はどうかと思う。『Kantara』は現代風にアレンジしようと努力した痕跡が見えるが、それ故にちょっと薄い(テルグ左翼映画の女性たちを観ちゃったら、今年のヒット作すべての女性キャラが薄く見えるのは問題なんだけど)。

そういう映画なんだよ、ってことでジェニーやシータの見せ方にナトゥするならば、特にここ数年、様々な映画の中の女性表象に対して投げかけられてきた批判的な評の意味を再考する必要を感じる。映画評書きたい私としては、RRRが浮き彫りにする様々な欲望や観点、映画体験の形はしっかり見て行くつもり。

他方ボリウッド作品はどうか。『Bhool bhulayaa2』の女優タッブーはよかったが、その分ヒロインの存在価値が減じてしまった。『Brahmastra』はアーリヤ―がもったいない。『Gangubai Kathiawadi』はその中で珍しく女性主人公でそこそこヒット。アーリヤ―もだみ声演技ができて満足だと思う。

そういうことを考えていくと、相対的に南インドの映画は従来通り男性主体である一方、ボリウッド作品には新しいことをやろうという志向が感じられる。カトリーナを幽霊にして主演として位置づけたホラーコメディを作るっていう発想は、今の南インドから出て来るとは思えない。しかも、彼女は若い男子二名に協力しつつ彼らを動かして自分の願いを自分の意思で実現させている。一応ロマンスも描かれるものの、ストーリーの添え物として半分隠されているし、自分でぶち壊してもいる。

同作では若い男子二名は完全にお色気担当だ。『ガリーボーイ』のシッダーント・チャトゥルヴェーディーのぬめっとした色気と、共演のイシュカーン・カタルのオタクだけど脱いだら凄いんですという使い方、これは『ゴーストバスターズ』の女性版リブートと近い。

前髪作って戻って来たカトリーナのダンスシーンはほらほら、私が来たよ~お前たち~これでも見てな~という余裕が感じられた。今まで踊りの上手いおじさん俳優の合いの手みたいなダンスシーンが多かった中、彼女がど真ん中で踊り、男子2名が添え物になっている。それがいいとか悪いとかいうことではないんだけど、新鮮だった。

これ観ると前髪は再び消滅しているが、作中では三体の前髪カトリーナが踊りまくるシーンもあり!!

言語分からなくても分かり、一番笑った(みんなも笑っていた)のは、自身の出ているコマーシャルを自らパロディとして演じて見せたところ。そういえばカトリーナって最近マンゴージュースのコマーシャル以降印象残ってないねえ…と皆が思っているところでそれをやる。このユーモアのセンスが好き。
2023 年7月30日追記。カトリーナが自分の出たコマーシャルを自分でやるシーン。大好き。


セクシーぃぃ…お色気ぇぇ…はぁあああん…マンゴぉぉ…みたいなことをセルフパロディしてみせる痛快さ。更には『タイタニック』のアレまでやっちゃったのは結構大胆だと思った(それによって彼女のロマンスのパートが無意味になる)。彼女がこういうことをやって見せてくれる人だと知らなかったけど、イギリスから来たきれいな女の子で終わりたくないと思ってずっと積み上げて来た執念が実っているのだろう。

カトリーナの次回作も楽しみ。こんな軽いコメディでも重みを出せる役者なんだから、どんなのでもやるだろう。歴史ものとかシリアスなのにも挑戦して欲しい。

バカげた場面展開とありきたりなストーリーとなれば、もう役者の力を見せる時だと思うのね。ジャッキーはちょっと間抜けな部下しかいない悪役を楽しそうに演じていた(もちろん消されるw)。セリフがほぼ分からなかったのが残念だったが、コメディーを英語字幕で観るとストレスたまるから、字幕無しでよかったのかもしれない。カトリーナのセリフ「メーン・エク・ブート・フーン(私が幽霊なんだってば)」はゆっくり言ってくれて聞き取れてうれしかった…。

インド人のホラー観はどこへ?

そこそこヒットしつつ、恐らく作品としては評価されないと思う作品なんだけど、それは恐らく描写に新しさが無いからだろう。でも個人的には字幕付きで研究したい題材ではあるんだな。現代のインド人の中でも最も先進的な志向を持つボリウッド圏の人々にとって、①ホラーオタクという存在はあり得るのか、②成仏できない霊とは何なのか、③エクソシズムの在り様、④黒魔術の意味…など結構研究しがいがある。また⑤最後の方で助けに来たキャラクターの意味も気になる。

一方で『Kantara』のような土俗的ホラーファンタジーを愛好するインドの人々にとって、ボリウッドのきれいすぎる描き方は本当の意味でジョークでしかないと思われる。今回は神様も出て来る必要がない位のスケールの小ささではあったから。

またしてもインドのホラーは怖くないという定説を補強する作品だったが、ジョークにしておかないといけないくらい、当地の人達が本気で幽霊を怖いと思っているであろうことは、冒頭の一瞬のショックシーンへの反応から読み取れた。

他方、一つだけボリウッド映画の表象としてきになるところがあった。それは、男子二人が自作と見られる合成ドラッグをやっているシーンである。そこを笑いとして描くほどにボリウッドは先取り的なのだとも言えるが、そのような自由放埒さが多くの観客にどう映るのか。これも新しい世界だアップデートハセヨ!!と迫るのはどんな場合においても乱暴さを含んでいる。するといつか反発がやって来るものだ。

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