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シェアハウスでシェアしたものについて~自立ってなんだ~

たけしと生活研究会

~わたしの場合~

私は自立って何?と聞かれたら、自分で選択できることだ、ととりあえずは答える。


卒業後の進路を決める、1人暮らしするか決める、誰と結婚するか、結婚しないか決める、今日どんな服を着るか決める、夜ご飯何食べるか決める、とか。そういう選択を自分でできるようになることが自立だと思っている。経済力とか精神的な成長が、自立をするための力だと思う。


私は成人して職も得て、1人暮らしもできる。自立した人間っぽい。でも転職とか、誰かと暮らすかとか、人生にはとにかく選択しなくちゃならないことが多くて、優柔不断になるたびに私はまだまだだ、と思っている。

でも、自立とは本質的になんだろう。一般的にはお金を稼ぐこと、家族と離れて1人で暮らす、だろうか。それで自立しました、でいいのだろうか。それでいいならもうできているし、やっぱり私はすでに自立しているのだろうか。

たけし文化センター(たけぶん)でのシェアハウス生活はそれぞれの「自立」がテーマだ。だから、シェアハウスにいる間、私も自立って何だろう、自分で選ぶって何だろうってずっと考えていた。


お金を稼ぐこと、1人で暮らすことが自立なら、たけしたち重度知的障害者は不得手の分野だ。でも自立する力がなくても、自立する権利はみんなにあるのだ。自立って何だろう。


~たけしの場合~


たけぶんにシェアハウスができたのは、無論、たけしの「自立生活」の実現がきっかけだ。2019年10月のことだった。

と、いうことは、私がたけしと暮らし始めた頃、たけしはここにシェアハウス生活を始めて、およそ1年が経っていた(途中、コロナの流行で実家に帰宅した時期はあったものの)。私はたけしのシェアハウスでの生活は、落ち着いていて慣れたように見えた。


でも最初から、そうではなかったらしい。シェアハウスの運営者(NPO法人クリエイティブサポートレッツのスタッフ)もたけしと関わるヘルパーも一様に「たけしは成長した」と言った。例えば前はご飯を食べたくないとき、しょっちゅうお皿をひっくり返していたらしいのが、シェアハウス生活を通じて首を振る意思表示をするようになった。いや、私が見る限りでもまだ皿をひっくり返していたことはあったけど、確かにおなかいっぱいの時やタイミングじゃないときは、食事をスプーンで口に運ばれても首をひねって食べない。これは「できるようになったこと」だそうだ。

あと、たけしはシェアハウス内の場所の役割というのをちゃんと認識していた。薬はリビングで飲むし、おむつを取り替えるときは脱衣所の方に向かうし、眠くなってきたら寝室に行く。シェアハウス内には私が住むゲストルームも入れて計5部屋ある。その中からちゃんと自分の部屋を認識して、眠くなったらそこに行く。

体調や気分が悪ければ、こういうルーティン的な行動はできないときもある。でも、基本的にたけしはやっていた。宿泊回数を重ねるうちに、できるようになったらしい。実家で、家族と一緒にではなく、シェアハウスでヘルパーと一緒に生活が成り立つようになった。すごい。


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(夜ご飯をたべるたけしさん)


できることが増えた!じゃあ!たけし!自立!できたね!
と、やはりそういう簡単な問題でもないと思う。


たけしは「選べない」を抱えていた。

私を思い返してみると、1人暮らしの醍醐味って、結構「食」にあった。歯を磨いた後にどうしてもポテチ食べたくなって食べても、誰にも怒られない。夜ご飯は決まった時間ではなくおなかがすいた時に食べたし、突如思い立って飲みに行ったりもした。「自立」すると生活のルーティンから外れた、自分本位の選択もできるようになるものだ。

でもたけしはシェアハウスでそういう選択はしていなかった。夜はほぼ同じ時間に毎回、野菜も肉もたっぷり入った炒め物とごはんを食べている。好物の焼き肉のタレ味なことが多い。朝も同じ時間に似たような健康的な食事をとる。たけしは食事をとるか/とらないかの大きい選択はできても、何を、いつ、どうやって食べるか、というのは細かく選んではいない。もしかしたら、背徳感満載の食事をする気はゼロなのかもしれないけど、そこは分からない。今日何食べるか、何着るか、生活はひそかに選択の連続だけど、たけしはやっぱり「選べない」を抱えたままだ。


「選択権」は障害者との共同生活の上でテーマのひとつのような気がした。

たけしのこの「選べなさ」を解消するとしたら、支援側が提案を重ねることになるのだろうか。夕飯を例にとる。たけしに「何食べたい?」と聞いて明確な回答があるわけではないので、から揚げを差し出してみたとする(揚げ物が好きらしい)。すると、たけしにはNOの意思表示があるので、食べる、食べないは選ぶことができる。NOだった場合、代わりにその場でとんかつやコロッケを作ってみれば、たけしの選択肢は広がる。

しかしこの選ぶ作業は言わずもがな、支援側の根気がめちゃくちゃいることだ。1カ月しか一緒に暮らしてないけど、たけしは食べたり食べなかったりが激しかった。毎食、多種多様な食事を差し出すのは「やってられん」と正直思う。マンツーマンで支援するヘルパーが深夜、急にたけしを飲み屋に連れ出すわけにはいかない。そもそも服薬があるので、いつ何でも好き勝手食べていいわけではないのだろう。第一、自閉傾向のあるたけしにとって、ルーティンを守ることはよっぽど大事だし、その方が体調を崩さないのかもしれない。


じゃあ、「選べない」たけしは、何をもって、自立したと言えるのだろう。


~まいちゃんの場合~

シェアハウスにはたけしとおおた先輩以外にも、もう1人同居人がいる。高橋舞さん(まいちゃん)という私の一つ上の女性で、重度知的障害者だ。ただ、たけしやおおた先輩と違い、彼女は簡単な会話ができる。よくしゃべるので、彼女がいる日はリビングがちょっとにぎやかになる。私は膝をポンポン叩くまいちゃんの癖を止めるのが好きで、ちょっかい出しながら楽しんでいた。触れるとダイレクトに喜んでくれて、そういう素直さが愛らしい人で、私はシェアハウス生活の中でまいちゃんと一番よく接したと思う。


エッセー6 写真2


(左がまいちゃん、右が私。まいちゃんはカメラを向けたときの笑い方のクセがすごい)


彼女はたけしと違い、選ぶことができるし、その機会も多い。シェアハウスに泊まる日は、ヘルパーと一緒にコンビニで明日の朝ご飯を買ってくる。食後はお茶が飲みたいか、コーヒーが飲みたいか、自分でヘルパーに言う。明日着る服も決めている。プリキュアのシャンプーをシェアハウスに持ちこんできたこともあった。その割に頭を洗うのは嫌いらしくて、「今日は頭洗わない」とヘルパーに宣言することも多々あった。
そして、こだわりの強さが半端じゃない。「持って帰る」が口癖で、日中過ごすアルスノヴァから毎日何か持って帰ろうとする。木彫りの熊の置物とか、ガイコツの置物とか、ゾウのじょうろとか。なんでそれがいいのか分からないけど、一日ひとつは何かしら、絶対持って帰る。そのこだわりの強さはもはや感嘆する。

さて、選ぶことができたらできたで、いろいろある。


事件も起きちゃう。

彼女はシェアハウスで使うコップも「今日はこれ!」と決めることが多い。しかしある朝、そのコップを興奮したたけしが投げ飛ばして割ってしまった(!)。中身は「今日はこれ着る!」と決めていたまいちゃんのワンピースに降り注ぎ、現場は大惨事である。まいちゃんがパニックを起こしてしまった。こうなってしまうとヘルパーさんは、というか誰もどうもできない。もちろん私も手を付けられず、まいちゃんの気が静まるのを待っていた。

そういうこだわりの強さ故、シェアハウスでまいちゃんの不穏はまれに訪れた。アイスコーヒーがほしいのに、氷がなくてちょっと不機嫌になったこともある。わがままと思われるかも知れないが、そばで見ているとそうは思わない。こだわりの強さは性格というか特性だし、どうにかしようと思ってもどうにかできるものではない。自分でもどうにもできなそうなので、つらそうだ。


ただこういったトラブルは起こっても、私にはまいちゃんにシェアハウスでの生活が似合っているように見えた。というか、本人がシェアハウスが好きだとよく言っていた。ヘルパーとマンツーマンでコミュニケーションをとり、寝食について意見を通せたり通せなかったりしているのは、まいちゃんにとって健全な行為なんだと思う。

ただやっぱり、まいちゃんの「自立」に向けて、彼女ががんばらないといけないところはまだあるのだと思う。できることなら、特にシェアハウスという生活の場でのトラブルの回数は減ったほうがいい。でもその解決方法は本人も周辺も分からなくて、根気がいる作業には違いない。ただひとまずは、彼女はシェアハウスを好んでいるのだ。実家だったらすんなりアイスコーヒーが出てくるかも知れないし、たけしのように自分のコップを投げちゃう人もいないだろう。でも彼女はシェアハウスが好きらしいのだ。彼女の自立的成長の場に、施設入所とかではなく、ひとまずはシェアハウスが選ばれている。


私はこのシェアハウスの「場」の意味について考えた。


~総括~


シェアハウスは、そこに住む重度知的障害者たちにとって(というかたまたま住んだ私にとっても??)「成長」の場であることは間違いなかった。たけしは家以外での暮らしも可能だということを示したし、まいちゃんは思い通りにいかないこともあるシェアハウスを好んだ。2人が自立できたか?という問いを答えるには時期尚早だけれども、彼ら(特にまいちゃん)と家族の人たちは変化の場としてシェアハウスを活用している感じだった。

しかし私は1カ月くらい住んでみて、結局「自立」の答えを見つけられないまま終わった。こんな長い駄文を読ませておいてすいませんって感じなのだが、本当に考えがまとまらずに終わった。シェアハウスが現在進行形の実験場のようなところなので、容赦してほしい。


というか自分がいつ、どう「自立」したかなんか永遠にわかんねーよ!というのが結局のところなのかもしれない。


だけれども、自立は自分のために、というより、他人(特に親)のためにすることでもある、というのは気づきだった。
少なくともこのシェアハウスは「自立」は重度知的障害者の家族のための場所でもあった。久保田翠さん(たけしの母)がブログや報告書でも触れられているように、重度知的障害者の家族介護には限界がある一方で、選択肢は極端に少ない。これは障害者の人生の選択を狭めると同時に、家族の生き方も限定されることだ。久保田さんの言葉を借りると、事業の根幹にあるのは、「親なき後をぶっこわせ」という提言だ。障害者には障害者の人生があり、子どもとはいえ、人生全てを親が請け負うなどそもそもできない。家族以外も請け負わないといけないのだ。


こういう考え方は、障害があるなしに関わらず当てはめられるものだとも思う。自立はそもそも自分のためにするのではなく、親のためみたいな側面はある。金八先生みたいな言い方をして申し訳ないが人は、人と人が支え合って人になる。誰だって支えられなきゃだめなんだけど、人生が広がると、支える人が親だけじゃなくて、友達や恋人や自分が築いた家族になってどんどん増えていく。私はやっぱり自立した人間だと思う。ありがたいことに、時に優柔不断になりながらも、支えてくれる人が親以外にもたくさんいる。それは私自身のおかげ、というより、これまたありがたいことに、そういう選択を広げるための機会が多かったからだと思う。


それなのに、こと重度知的障害者になると、支える側に回る人が親だけになりがちな現状がある(本来真っ先に支えられなきゃいけない人たちであるにも関わらず、だ)。たけしの抱える「選べなさ」の課題や、まいちゃんの抱えるこだわりの強さの課題のようなものを、家庭内にとじこめている現状がある、ということだ。1カ月一緒に住んだだけだけど、それが大変なことだとは想像がつく。


このシェアハウスの根本にある機能は、こういう課題や困難のシェアだった。私はここに滞在して、シンプルに風呂やキッチンをシェアしただけじゃなかった。家族以外の、複数のヘルパーや私のような他者が、答えはなくても課題解決にどうしたらいいか一緒に考える場として機能するのが、ここの良さだったと思う。障害者を社会で支える、それについて考える入り口としての場だった。


重度知的障害者の意思決定や選択権、まいちゃんの強いこだわりとの折り合いについて、私は考えても考えてもどうしたらいいのか答えが見つからない。でも私はこのテーマに巡り会えたおかげで、「障害福祉」という分野を単に美談として語れなくなった。もしかすると、日中、みんながアルスノヴァで生き生きとありのままに過ごす姿だけを見ていたら、障害福祉って楽しそう!というほんわかした感想だけで終わっていたかもしれない(実際楽しいし、その一歩はかなり大事なのだけれど)。

つまりは、私は、重度知的障害者が「その人らしい暮らし」を手に入れるには、抜き差しならない状況もあることをシェアハウスに身を置いてみて実感したのだった。この抜き差しならない状況について、家族だけで考えない、のが障害者を社会で支えることなのかもしれないと思ったのだ。

「自立ってなんだろう」「障害者の自立生活ってなんだろう」

シェアハウスを訪ねる人が増えて、私のように悩みあぐねる人が増えたら、と思う。


ライター:トモコ
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たけしと生活研究会
重度の知的障害のある「たけし」さんは現在23 歳。「たけしと生活研究会」では様々なゲストとともに「生活」「暮らし」を考えていきます。ともに住む、ケアだけではない関係性など、重度知的障害のあるたけしさんの生活を考えることは、私たち自身の暮らし方、生活を考える機会でもあります。