バイトを辞めようと思った話。




上京したのは今から約10年前。

もう10年も前なのかと思い返して恐ろしくなった。





東京に来て初めてやったバイトは派遣だった。


引っ越しの荷物運びやポスティング、
ライブ会場での搬入や搬出、冷凍庫での作業など。


冷凍庫での作業は寒すぎて死ぬかと思った。
二度と入るまいと決めた。






当時は絵に描いたようなその日暮らしで、

派遣を終え茶封筒に入った給料を貰ったらそのまま居酒屋に行き、
当時の相方と散財していた。



記憶なんか無いから翌日茶封筒の中を見て誰かに盗まれたと本気で疑った。






ある日派遣で荒川だったと思うけど、
マラソン大会の設営の仕事があった。


テントを組み立て、河川敷に設置するのだ。



僕のほかにも10人くらいのおじさん達が入っていて、全員終わった顔をしていた。





こんな生活もいい加減にしないとだよな

なんて考えながら仕事をしていると一緒にテントを運んでいるおじさん二人が会話を始めた。




「俺さぁ、昨日呑みに行ったんだけどそこの店がお通し持ってくんだよ。それでいらないって言ったのに持ってきたから怒鳴っちゃってさぁ、めちゃくちゃ喧嘩しちゃったよぉ~」

「分かるわ~、俺もその場に居たら店員殴っちゃうかもしれないわ~」






ここにいたら終わる
そう思った僕は派遣を辞めちゃんとレギュラーで入れるバイトをしようと決めた。






バイト先に行く交通費なんて無いから当時住んでた家の近くにあるしゃぶしゃぶともつ鍋を出している店で働くことになった。

お笑いをやっているとは言いたくなくてバンドマンですと嘘を吐いた。






働いている人は僕と店長の他に

料理長、

バンドでボーカルをしているという、足を引きずった一番バイト歴の長いバイトリーダー、

口癖が「ノリっしょ!」の大学生の男の子、

インテリアの学校に通っているという「ノリっしょ!」の大学生と恐らく何かあった女の子、

韓国人留学生の女の子二人、

美術学校通いの女の子。







美術学校に通っていた子は彼氏が6人いると言った。



僕は驚いて

「そんな付き合えるものなんですか」

と聞くと

「1日一人回せば大丈夫だよ」

と言われ、
ここまで行くと付き合うことを回すと言うんだなぁと感心した記憶がある。






一度書いてる絵を見せてもらったが、
真っ白いキャンバスを真っ黒の絵の具で塗りつぶしている絵で、

感性の乏しい僕は感想に困って

「ダンサー・イン・ザ・ダークとか好きなんで、こういう絵好きです」

と意味の分からない褒め方をしたら喜んでくれた。






ある日2番目の彼氏がバイト先の人を誘って呑みに来ると言った。

聞くとその彼氏とはもう一つの居酒屋のバイト先で知り合ったと言う。

彼女はその彼をレギュラーと呼んでいた。
よく会う彼氏はレギュラーらしい。





どんな人なんだろうか。

やはりこうして女性に振り回されるくらいだから気の弱い人なんだろうか。



時間になり7,8人くらいの団体で来た中の、いちばんヤンキーが彼氏だった。




コップを持って

「酒おかわり!」


と言ってきたのでそのまま一升瓶から酒を注ぐと

「なんでテメェがコップ持たねぇんだよ!」

とブチ切れられた。







一度僕とその子とバイトリーダーの三人でカラオケに行ったとき、
バイトリーダーがトイレに行った隙をついてキスをされた。

7人目になるのは勘弁である。



「何だソレ!しょうもない!」


と突き飛ばすと、それから話してくれなくなった。





バイトリーダーはそれから数日後、いきなりバイト先に来なくなった。

連絡も付かず、飛んだと思っていたら2週間ほど経ってひょっこり現れ


「警察に捕まって留置所に入っていたので来れませんでした」


と言ってそのままクビになった。








半年ほど働き、バイト仲間とは仲良くやっていたのだが
店長とは合わなかった。




ある時

「お客さん来ないから駅前で配って来い」

と言われ、見ると店の名前も地図も載っていないチラシを渡された。



「すいません、コレ名前も何も書いてないんですけど」

「うん。いってらっしゃい」


僕は耳を疑った。





駅前で愚直に何か分からない愚紙を配っていると、
受け取ったおじさんから


「これ名前も地図も無いからどこ行けばいいのか分からないよ」


と言われた。


そらそうだよな。と思ってやっぱりおかしいと店に戻って店長に


「これやっぱり受け取った人がどこの店か分からないって言うんですが」


と伝えると


「そりゃそうだろ」


と返して来て、耳を疑い過ぎて切り離したくなった。





またある時、

バイトリーダーが裏にある客からは見えない場所のホワイトボードにふざけてうんこの絵を描いて


「おい!ウチは飲食店なんだぞ!こんな絵描いて良いのか!良いのかよ!あぁ!?」


と頭おかしいんじゃないかと思うくらいブチ切れたこともあった。







そうしてどんどん客足が減り、バイトに来ても2,3時間で帰らされることが多々あってもう駄目だと辞める旨を伝えた。



「どうして?」

と聞かれ、正直、
考えりゃわかるだろこのトンチキ。インロウタキンめが。
と思った。




「合わないからです」

「ユウスケ違うぞ。仕事はな、合う、合わないじゃなくて合わせるもんなんだぞ」

「違います、店長と合いません」

「俺かーい!」



愉快だなと思った。




そうして辞めて1ヶ月ほど経ったある日、
6股の子からメールが来た。





「私も店長と合わないから辞めようと思う」

「まあそうですよね」

「うん。最近頭突きがひどくて耐えられないの」

「思ってたのと違いました」








以前その店の前を通ったら綺麗に無くなっていた。



あの6股の子はまだ絵を描いているのだろうか。

それとももう6人の中から選んだ一人と結婚して絵は描いていないのだろうか。


連絡先なんかもうとっくに消したからどうなったかなんて分からないし
名前も覚えてないから繋がる術も無いけど、
ふと思い返して会いたくなった。








勿論下心含め。




夢の一つに自分の書く文章でお金を稼げたら、 自分の書く文章がお金になったらというのがあります。