【小説】昭和、渋谷で、恋をしたり 1-2
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#買ってよかったもの
指をくわえて遠目から和美を見ているだけでは、ますます自分が嫌になってしまいそうだったので、まずは天体観測、天文写真に関する本を読みまくることにした。
そうしてないと自己嫌悪に引きづられそうだったから必死だった。でもそのおかげで和美から本を借りることができた。そして借りた本は翌日か翌々日くらいには返そうとした。
そうやって口実を作らないと休み時間や学食でも、自然に話しかけることができなかったからだ。そんな無骨な頑張りだったが、積み重ねるにつれ、自信を取り戻しつつあった私は、新たなチャレンジでささやかな優越感を得ることになったのだ。
ある日のサークルの飲み会で、みんながウォークマンの話をしていた。ウォークマンとは、いわゆる日本で、いや世界初の”持ち歩ける音楽プレーヤー”だった。今は当たり前だが、当時はこれを持ち歩きながら、外出中に音楽を聴く、その行為にそこらじゅうの若者全員が憧れた時代だったのだ。
それは”音楽が好きだからウォークマンを買う”ではなく、”ウォークマンを持ち歩きたいから、音楽を聴く”という逆転現象を産むほど、若い世代を虜にするものだった。
それは和美も例外ではなく「欲しいけど高いしなぁ」と話していた。この瞬間に私の次の一手が決まった。それまでの私はウォークマンなど全く興味を持たない「例外の若者」だったが、家庭教師のアルバイト、節約生活など全勢力を注ぎ、私はウォークマンを買ったのだ。
とにかく誰からも注目されるようなことをしたかった。いや、和美に「他の奴とは違う」と思われたかっただけだった。お金の力を借りないとそれが叶わなかったのはスマートではないが、当時の私は、この一手に活路を見出すしかなかったのだ。
そうして手に入れた最新のウォークマン。令和の時代ならスマートフォンの最新モデルを買ったようなものだろうか。思惑通り「あいつ、ウォークマン買ったんだって」とサークル内外で話しかけられる回数は増えた。
しかし、ブレてはいけない。そんな会話は適当にあしらい、和美だけに丁寧に時間をかけてウォークマンを語ったものだ。当時最先端の「持ち運べる音楽プレーヤー」を持っているという優越感は本当に心地よかった。しかし、そんな小さな優越感は温泉と同じで、長時間つかることはできなかった。思いもよらぬ副作用をもたらしたからだ。その原因も自分にあった。
高校生の時は受験勉強と唯一の趣味のカメラ、この2つだけで私の持ち時間はすべて埋まり、レコードを買うことも、聴くこともなかった。そんなことを周りの大学生たちは知る由もない。だから「最新の携帯音楽プレーヤー」を購入した私に、彼らは「音楽が趣味。なんなら詳しい、もしくはこだわりがある」という誤ったキャラクター設定をしてきたのだ。
▼ ありがとう!オーディオパイセン!
しかも運が悪かったのは、ウォークマンを買った際に、特典としてついてきたカセットテープをいつも入れっぱなしにしていたことだ。音楽に興味のない私は中身はなんでもよかったし、新しいカセットテープを買うようなお金もない。
だから特典で付いてきたカセットテープをずっと入れっぱなしなることに、なんの違和感もなかった。ただ、運が悪かったのは、そのずっと入りっぱなしのカセットテープが(EARTH,WIND&FIRE /ベスト・オブ・EW&F Vol.1) 当時のディスコで大流行の曲だったことだ。今でいう「クラブでよくかかるEDMのブチアゲソング」といえばいいのだろうか。
絵に描いたように「真面目そう」または「垢抜け中のガリ勉君」ビジュアルの私が、ディスコのブチあげソングを聴いていたのだ。
「ディスコとか行くの?」と半信半疑の質問が繰り返され、その都度「興味ない」と答えた。そこにはディスコに、いや正確には「ディスコに行くような同年代の輩に嫌悪感」が含まれていたから、怪訝な目で見られたものだ。
すかさず「ディスコに興味ないけど、音楽は好き。それは別だから」と、苦しいだけの言い訳を放つのだ。こうした小さな取り繕いは、いわゆるジャブのごとく、少しずつ私を消耗させた。完璧なウソならよかったのだが「ディスコに行くような同年代の輩への嫌悪感」という小さな真実が混ざってしまい、それがもろいウソにしてしまったからだ。
高い出費が招いた思わぬピンチだったが、これも大慌てで解決した。この時ほど「寮生活をしていて良かった!」と思ったことはない。レコードをたくさん持っている先輩が寮にいたので、夜な夜な部屋に押しかけは、とにかく流行の最先端をいっているような音楽を聴きあさったのだ。
マニアの気質もあった、このオーディオ先輩。扱いは割と簡単だった。おだてると喜んでカセットテープに録音もしてくれたし、当時の音楽シーンについて睡魔に襲われるほど語ってくれた。次第に面倒くさくなるのだが、録音して欲しいがために耐え抜いた。
そのおかげもあり、マイケル・ジャクソン、ワム!、イエロー・マジック・オーケストラ、サザンオールスターズ、松任谷由実、山下達郎、RCサクセション、オフコースなどなど。
この頃「ニューミュージック」なんてもてはやされた音楽をほぼ網羅することができたのではないだろうか。今にして思えば音楽の良さなんかよくわかっていなかった。ただ、ウソを努力でホントに変えることに夢中だったのだ。
すると努力は報われた。和美から「私もウォークマン買いたいから、渋谷つきあってよ」と誘われ、初めて2人で渋谷の公園通りを歩くことができたのだ。高い出費も元を取ることができた。この時ばかりはオーディオ先輩に心から感謝した。
こうして懸命に「東京の若者」になろうとしていた。不器用なりに必死だった私の無骨さに、きっと神様も同情してくれたのだろう。和美との距離は少しずつ縮まって、上京して初めての「夏」は、忘れられない大切な季節になった。
1-3へつづく
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