「アンチャンティー」6

 ――抵抗する気か?

 ――構うもんか、気絶させて連れていこう!
 
 ふたりが飛びかかってくる。打謳が迎え撃つ。一杯のイカがニンジンを取り落とす。おじさんがレモンのケースを抱えて戻って来る。

「ほれ。これで五百円だ」

「ワンコインとはありがたい。キャッシュで払おう」

 スタンガンとドラムスティックの剣戟を背にレジスターへと向かう。財布から五百円玉をつまみ出しておじさんに握らせる。釣りはいらないよ、と優雅に言いおいて、レモンのケースを持ち上げる。

 私がなぜこうも安心して会計を済ませられるのか。それは打謳への絶対的な信頼あってのことだ。飄々として、胡散臭く、厄介事ばかりを持ち込む打謳だが、こと小競り合いと商談において、その腕は疑いようがないほど卓越している。大学生時代に東南アジアをひとり旅した際に会得したというシラットとカリはその戦闘能力の最たる例で、二本のスティックをカリ棒に見立てた逮捕術などは身のこなしの芸術と言っても過言ではない。

 現に、ケースを持って振り向いた私の眼前には、打謳によって足元をすくわれたアロハともうひとりの男が折り重なって倒れ込んでいた。

「済んだか」

「ふふっふふっ。あぁ、待たせたか」

「いや。しかし、今度はなにをしでかしたんだ――」

 突然、私の腕の中でレモンのケースが弾け飛んだ。四方八方に飛び出したレモンはかすかな道路の斜面に従って転がり、車道を通ったごみ収集車に踏みつぶされて止まった。

「レモンが……」

 後ろの方で、おじさんのかなしそうな声が聞こえた。

 ――惜しい! あと二十センチ左だった。

 ――あれが絵貸し屋の仲間か。

 見上げると、私たちが下ってきた石段の上から三人組の男が駆け下りて来ていた。ひとりはサッカーボールを小脇に抱え、ひとりはサッカーシューズを履いている。おそらくあいつの蹴ったボールが地面に跳ね返って、私のレモンを吹っ飛ばしたらしい。そのあとに続く小柄な男は、再び立ち上がろうとしているアロハ男たちと同じスタンガンの棒を持っていた。

 ――よし、かこめ! 絶対に逃がすな!

 男五人が私たちを囲んだ。おじさんは呆然としたままレジの前で立ち竦んでいる。手の内で、レモンケースの角が潰れた。

「お前ら、なにをしたのかわかっているのか」

 親指と中指の腹を合わせて、胸の前で構える。

 ――なんだぁ?

 ――こいつも絵貸し屋の仲間だ。

 ――おれのアロハを踏みにじりやがった。

 左手で右手首を掴む。力を込めた親指と中指が赤くなっていく。

「マズい!」

 打謳が八百屋の商品棚の影に飛び込んで椎茸を耳に押しつけた。

 呆気にとられているおじさんの手から五百円玉がこぼれ落ちるのを目のはしに捉えた。

 おあつらえ向きだ。レモンの無念、思い知らせてやる。

 地面に落ちた硬化がキンッと澄みきった音を響かせた。男たちの聴覚がその音に集中した瞬間を見計らって、親指と中指を解放する。中指が母指球を強かに打ち、特大の破裂音を生み出した。

 ――ぐぅっ!?

 男たちが耳を抑えてうずくまる。衝撃波にやられた集魚灯がふたつほど落ちて粉々になる。おじさんは腰を抜かして泡を吹いていた。潰れたレモンの上にスズメが落ちた。

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