「アンチャンティー」16
幸いにも、追手はすぐに撒けた。
荒い息を整えながら陸橋の欄干に肘を預けていると、錆の目立つ金属の冷たさが肘の骨を伝って頭まで冷やしてくれる。食べてすぐに走ったから脇腹が痛くなってしまった。呼吸のたびに、肋骨の下のあたりが締め付けられているように感じる。
「さっきの醜態はなんだ。なぜフラッシュ・バンを使わなかった」
「見ろ、この手を。使わなかったのではなく使えなかったのだ」
打謳に示した右手はいまもなおかすかに脂が残り、てらてらと光りを反射させていた。
食後、急に運動したためか、脇腹が痛い。あまりの痛さについ放屁してしまった。
「指を弾かず、屁を弾かせるとは」
「面目ない」
「誇りさえ失ったか!」
「そうぷりぷりしなさんな」
追手の姿を探しながらも、私たちの足元には三本分の煙草の灰が散っていた。橋の下を通り過ぎていく人々の頭はバリエーションに富み、黒もいれば白もいる。赤も緑も虹色も、なかには見事なバーコードを頭頂部にのせた前衛的な中年男性なんかもいた。
「それは単に禿頭を隠したいがためじゃないのか」
「この町にいるのはバカか天才か芸術家だけだ。あのおじさんは、おそらく天才の部類だろう」
「それ、バカと天才は紙一重、っていうオチじゃないよね」
四本目の煙草に火をつけた。これで打謳の所持煙はなくなった。
橋の下に黒のベンツが停まった。ただのベンツなら目にもつかなかったろうが、それが艶消しの悪趣味な黒だったものだから、思わず うへぇ、という呟きが漏れてしまった。
助手席から、黒のスーツに黒いサングラスをかけた、いかにもといった感じの男が降りて来て、後部座席のドアを開ける。高そうなジャケットに使い込まれた風のジーンズ、明るい茶髪を整髪料でかき上げた、これまた、いかにもといった感じの細目の男が姿を現した。
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