「アンチャンティー」11

 おもしろい。
 
 素直にそう思った。お笑い芸人なんかが食らうパイのバズーカに芸術をくっつけようというのだ。コンセプトは単純明快。行動の軌跡をアートとして残そうという挑戦だった。

 ただ制作委員会のメンバーは頭のかたい輩が多く、やれ予算だ、やれ後始末だなどとつまらない現実の話を持ち出してばかりで、誰もこの企画の斬新さを評価しようとしない。挙句の果てにはパフォーマンスあとの更衣室の問題まで持ち出す始末だ。

「ひとつ、よろしいだろうか」

 私の一声で委員会のメンバーが静まる。

 きみたちも駆け出しとは言え、芸術家の卵だろう。そんな話しはじめだったように思うが、いまとなってはなにをどう力説したのかほとんど覚えていない。ただこの企画の魅力を富坂さん以上に熱弁し、情熱が爛々と輝く彼女の瞳が、ずっと私を捉えて放さなかったことだけを記憶している。

 かくしてバズーカを用いたパフォーマンスは文化祭の大トリで披露されることとなった。場外ステージの幅をいっぱいに使ったキャンバスと、大小様々な十八のバズーカ砲が準備され、富坂さん自身も煌びやかな、社交ダンスの大会で目にするような、独創的な衣装に身を包んだ。

 しかし、ちょっとしたトラブルというのはこういったイベントごとにつきものである。機材の不具合、進行の手違いなどはかわいいもので、もっとも厄介なのは演者の心持ちが揺らいでしまうことだ。

「ちょっと、緊張しているみたいです」

 そう言って舞台袖から動けなくなってしまった富坂さんは、企画提案会では見せなかった年相応のいじらしさをまとっていた。

 半ば強引に企画を通した手前、私自身にも責任がある。そこで思いついたのが、助っ人で呼ばれた演劇サークルの衣装だった。昨日の演目で使用した燕尾服を拝借し、富坂さんの衣装に合うよう、すこし手を加えてから腕を通す。

 かくしてジェントルマンに変貌した私は、その足で舞台袖へと取って返し、目を剥く裏方たちの間を通り抜けて富坂さんの前に立った。

「御一緒してもよろしいでしょうか?」

 手を差し出した私の変わりように、彼女も驚いた様子だった。

「小滝さんは、踊れる方なんですか?」

「基本的なステップだけなら、まぁ。演劇サークルで覚えた一夜浸けだけれど」

 はたして富坂さんは私の手を取った。ちゃんと普段から運動をしている、健康的な厚みのある手のひらだった。

 当初の予定に反して踊り手がふたりになってしまったが、これはこれで、と言う富坂さんの言葉に甘えて、僭越ながら私も作品づくりに参加させてもらうこととなった。

「おっと、忘れるところだった」

 燕尾服のポケットからふたりぶんの仮面を取り出す。猫を模した方を富坂さんへと渡し、私は鳥を模した仮面をつける。

「ペンキが目に入るといけない。気休めだが、ないよりはマシだろう」

「優しいですね。どうしてここまでしてくれるんですか?」

 舞台袖でステップの確認と、何秒までにどの位置に立っていれば良いかの最終確認を終え、MCの呼び出しを待つ間に、彼女はそんなことを聞いてきた。

 私としては企画を押し通した責任もあっての行動だったが、本番前の異質な緊張感も手伝って、ちょっとくさいことでも言ってみようかという気分になった。

「きみが特別なものを持っていると思ったからさ。今度、きみの絵を描かせてほちぃ」

 噛んだ。大事なところで、誤魔化しようもなく。

 そっと隣の様子を伺う。富坂さんは手の甲で口元を隠して、肩を小刻みに震わせていた。

 あぁ、まったく。どうしてこうも格好良く決まらないのだろうか。慣れないことはするものじゃないと常日頃から気をつけていたはずなのに、なにを舞い上がっているのだか。軽率な自分を呪いたくなる。こうなったら、自らの手でもって顔を掴み、ブレーン・クr――。

「やっぱり面白いひとですね。小滝さんって」

 MCの呼び出し文句が聞こえる。

「わたしなんかでよければ、ぜひ描いてほちぃです」

 ほんのりと耳を赤く染めた富坂さんに手を引かれて、私は舞台へと躍り出た。

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