「アンチャンティー」10
飲み屋街に向かう集団を抜け、近場のラーメン店に入る。いらっしゃい! という景気の良い声に迎えられ、私たちはカウンターに座ってチャーシュー麺を頼んだ。
「きみ、いま、そんなのこと私に聞かれても、って思っただろう」
なんてことだ。しばらく姿を見かけないうちに、打謳は読心術を会得したのか。
「ちなみにいまのは読心術じゃないぞ。きみは回答に迷うとただでさえくるくるしている髪をさらに指先でくるくるする癖があるからな。なんともわかりやすい男だ」
「でも、そこが小滝さんのかわいいところでもあるんですよ」
テーブルに水の注がれたコップが置かれる。耳に心地よい、凛とした声に顔を上げると、「愛しき人」の面影をそのままに、すこし大人びた富坂さんが私を見下ろしていた。
彼女は筆を持たないアーティストだった。壁にしろ、床にしろ、畳三畳分ほどの大きなキャンバスに、手や、足、時には全身を使って色を乗せていく、芸術は爆発だ! 的な手法でもって表現と向き合うタイプ。その豪快さは大学在籍時から際立っていた。
きっかけは文化祭のライブパフォーマンスに、彼女がとんでもない企画を持ち込んで来たことだった。
「バズーカ砲を撃ってほしいんです。わたしに」
文化祭の制作委員会に持ち込まれたパフォーマンスの企画は、巨大なバズーカ砲にペンキを仕込み、舞台上で踊る富坂さんに向けて撃つというものだった。発射されたペンキは富坂さんの後ろに設置された巨大キャンバスに付着する。目論見では、その手前で踊る彼女の体に遮られた分だけ空白が目立ち、踊り子の躍動感を残した極彩色のキャンバスが完成するはずだというのだ。
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