「アンチャンティー」14
私の返答に満足したのか、富坂さんの手は絹のようにするりと私の右手から離れていき、そと同時に棒状のスタンガンを携えた連中がぞろぞろと店に入り込んで来た。数人は出入り口の前を固め、数人は私と打謳を囲むようにじりじりと間合いを詰めて来る。
「打謳。食事は済んだか?」
「うむ。美味であった。して仔細はいかほどか?」
「真っ向勝負だ」
私は眼前に右手を掲げ、親指と中指とを合わせて力いっぱいの溜めをつくった。
「ふふっふふっ。はじまり、はじまり」
打謳は懐から黒樫のスティックを取り出した。
刺客の一人がスタンガンを打謳に突き込む。それを難なく避けて見せて、打謳はすぐさま刺客の足を払って倒して見せた。
「蓮太郎! いまだ!」
「おうよ!」
親指と中指の溜を一気に開放する。しかし、私の指はペチッというなんとも頼りない音を鳴らしただけだった。
手のひらから指先まで、すべすべとした油に覆われている感触がする。現に、私の指はこれ以上ないほど艶々と輝いていた。
富坂さんがかわいらしくにっこりしている。
「おいぃーッ! 早くフラッシュ・バンを鳴らせぇ!」
私のすぐうしろで刺客の猛攻をかろうじて躱している打謳は、まるで強風になびく柳のようにその身をゆらめかせながら樫のスティックを振りまわしていた。椅子を踏み越え、テーブルを蹴倒し、他の客の餃子を食べ、七味唐辛子をまき散らし、刺客たちに一切の反撃の隙を与えない。
「そんなこと言ってもなぁ! こんな脂っこい指じゃあすべっちゃって、鳴るものも鳴りませんよぉ!」
打謳に倣って、私もかろうじて襲ってきた刺客の手を逃れる。しかしこんな狭い店内ではいつまで逃げ続けられるか分かったものではない。入り口は他の刺客によって固められているし、強行突破できる人数ではない。
万事休すか、そう思った矢先、目のはしに厨房奥の勝手口を認めた。
「打謳! こっちだ!」
「あいわかった!」
曲芸の皿回しのごとく、ラーメンの器をスティックの上で回転させながら刺客を威嚇していた打謳も、ほんの隙を見て厨房へと身をひるがえしてくる。
「おじさん! ごちそうさまでした!」
ふたり分の食事代を厨房の一角に叩きつけて、我々は勝手口から飛び出した。
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