秋田-岩手JR北上線|駅舎に温泉のある「ほっとゆだ駅」でテレビ取材された話
もしも旅の神さまがいるとしたら、旅で一喜一憂するわたしをみて笑っているに違いない。旅をするたびに、いつも何がしかのトラブルや、ありえないことが起こる。ぜったいにおもしろがられてる。
それは7月末日のこと。8月初旬の秋田・岩手への旅行をひかえ、旅の準備をしていたわたしに衝撃的なニュースが飛び込んできた。
なんと7月の秋田を中心にした東北地方の大雨の影響で、秋田から岩手を結ぶJR北上線の「のり面」が崩れて運休しているというのだ。
JR北上線が運休しているですって?
さて、今回の旅のそもそもの目的地は「秋田県羽後町西馬音内」だった。羽後町への最寄り駅は「湯沢」になる。まず秋田空港から秋田駅へ。そして秋田駅からは奥羽本線で湯沢に向かう。
つまりこの旅の宿泊先としては「湯沢」がベストなのだが、湯沢の宿は「七夕絵どうろうまつり」の影響で予約が取れず、わたしはその手前の「横手駅」を旅の拠点とすることにした。
旅の計画をするなかで、わたしはその「横手駅」から岩手県に行く路線があるのを発見した。それがJR北上線だった。調べると秋田の横手駅から1時間半ほどで岩手の花巻に行けることがわかった。
帰りの秋田空港からのフライトがいっぱいだったこともあって、わたしは旅の最終日に横手駅からJR北上線で花巻まで移動し、花巻空港から大阪空港(伊丹)へ帰る計画を立てていたのだった。
つまり、行きは秋田空港、帰りは岩手・花巻空港から帰るプラン。
その、肝心の、秋田と岩手をつなぐ北上線が運休ですって?!
うそでしょ〜。運休している区間は「横手」から「ほっとゆだ駅」間で、しかも「横手」から「ほっとゆだ駅」までの代行輸送は行っていないと。路線バスもなさそう。え〜ん、こんなときに「ほっとゆだ駅」だなんて、お気楽な名前をつけてからに!(駅名に罪はない)
北上線を使わないで、どうやったら横手から花巻へ行けるんだろう。調べてみると、車であれば1時間ほどで行けるとわかる。
でもわたしは車運転できないしなあ。タクシーだったらいくらかかるんだろう。調べたら26000円くらいだった。ひえ〜、これも金銭的に無理。
え、ワンチャン歩いたらどうなる?
徒歩1日…。14時間か…。
飛行機は18時台の便だから、夜明け前に出たらたどり着くのか。いや、冷静に考えてないわ。いくらなんでも徒歩で県境の峠越えは無理でしょ。
ヒッチハイク? こうなったらヒッチハイクだろうか。今までヒッチハイクの若者を車に乗せたことはあるけど(あるんかい)、まさかこの歳でじぶんがヒッチハイクをすることになろうとは。スケッチブックとマジックを荷物に入れておかないと。
ちょっと待って、もういちど日程を確認しよう。運転再開の予定は何日だったっけ? やっぱり、8月7日(月)から運転再開だから帰る便に間に合わないよね。
いや、ちがう。
わたし、8月7日に帰るんだった。ということはわたし、8月7日に北上線に乗るんだった!
なんと、わたしが乗る日の始発から運転が再開! 奇跡!
そんな都合のいい話があっていいのか。うそじゃないよね。
うそじゃない。
え〜、うそみたい! わたしは思わず大笑いしてしまった。
これが小説だったら相当な駄作だろう。小説には「主人公にとって都合の良いことは簡単に起こすべからず」っていう鉄則があるのだから。それでいくとこの物語はものすごいつまんないことなるけど、事実がそうなっているのだから仕方がない。
事実は、「秋田と岩手を結ぶ路線が大雨の影響で運転見合わせになっていたけれど、ちょうど、たまたま、わたしが乗る日の始発から運転再開になった」のだ。怒られるわ、こんな小説書いたら。
駄作でけっこう、事実はさいこう。
しかし、そんな都合のいい話があっていいのか
やっぱりそんなの嘘だあ、とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれないので、証拠をお見せしよう。
こちらをご覧いただきたい。これは横手駅の前日(8月6日)の改札のようすである。電光掲示板の北上線の部分だけがまっくろだ。フッフッフじつはここからブラックホールが始まっていたんですよとでも言わんばかりの、吸い込まれるような暗黒さだ。
次の日の朝。まっくろだった北上線のところに「北上」という文字がエメラルド色に燦然と輝いている。ま、まぶしい。なんですか、北上はエメラルドシティなのですか。
さらにご覧いただこう。これが前日。北上線の入り口にはコーンの結界が設置されている。電気もついておらず、暗い。
しかし、再開当日は、
パァァァ、コーン結界が解かれている! 解!
そして電気がついている。灯りってほんとうにありがたい。ありがとう、ありがとう!
ちょっと待って「ほっとゆだ駅」ってまさか
北上線に乗れることがわかってよくよく考えてみると、運休だと思っていたときはなんて緊迫感のない呑気な駅名だと思っていた「ほっとゆだ駅」が、ものすごく楽しそうな駅名に思えてきた。(単純)
「ほっとゆだ駅」って言うくらいだから、駅の近くに温泉でもあるのかしら。と思った瞬間にハタと気がついた。この駅って、岩手県だ。ということは、こ、この駅はまさか。あの伝説の、駅なのでは!?
そう、電車好き芸人たちが出演する旅番組では必ずクイズに出されるような特別な駅。それがほっとゆだ駅だ。
出される問題はいつも決まっていて、
「この駅にあるものとはなんでしょう?」
ヒントは駅舎にかけられたこちらの暖簾。
そう、この駅は、「駅舎のなかに温泉」があるのだ。さらに大浴場にはなんと、列車の出発時間を知らせる信号もあるという。
「ほっとゆだ駅」は、いつか行ってみたいと思っていた「温泉付きの駅舎と、大浴場に信号のある駅」だったのだ。
そんなの絶対行くでしょ。
北上線の運休がなかったら、わたしはこの駅に気づかぬまま素通りするところだった。運休になっていたことではじめて、わたしはほっとゆだ駅に気付けたのだ。ありがとう、旅の神さま。わかってる。いちど焦らせておいて安堵させ、あとで偶然に気づかせるっていういつものドッキリ作戦ね。今回もだい・せい・こう。
そこでわたしは旅の神さまの誘導にしたがって運転再開の始発に乗り、ほっとゆだ駅で途中下車し、温泉に入ったあと、次の列車で花巻(北上)に向かうことにしたのだった。
JR北上線、運転再開の始発に乗る
そしてむかえた8月7日月曜日。JR北上線、運転再開の日は、快晴。最高の温泉日和だ。
横手駅から、とうとう、北上線に乗る。6:37 北上行き始発。エメラルド色に輝く「北上」の文字。
1番線のホームにはもう北上線の列車が止まっている。黄緑色のカラーリングの、1両だけの列車。なんて可愛らしい。
はあ、やっと、この幻の1番ホームに!
1番ホームには、かわいい黄緑色の列車が。あら、テレビ取材している。乗客にインタビューしているのだろう。
わたしもインタビューされないかな〜と、前をうろちょろしてみたのだけど、他の方にインタビュー中だったので、されなかった。ちょっとがっかり。
車内は、カーテン付きでレトロなイメージ。
6:37 さあ、いよいよ出発。
列車は横手駅を離れ、すぐに緑のなかに入っていった。線路が森に近い。森と緑のなかの、おとぎの国のような光景がつづく。ちょっとこの列車、ほんとうにエメラルド・シティに行くのでは?
もしかすると、あの森のどこかに、ぽっかりとポラーノの広場が現れるかもしれない。わたしは見逃さないように目を凝らして車窓を眺めた。
森のなかを列車はゆく。この山道を歩いて越えることにならなくてよかったと、しみじみとかみしめながらわたしは列車に揺られていた。日本の列車の正確さと復旧の早さにはほんとうに頭が下がる。
迅速な復旧工事をしてくださった方々、駅員さん、運転手さん、関係者の皆さま、いつも快適な旅をありがとうございます。
ほっとゆだ駅に到着
7:10 列車は憧れのほっとゆだ駅に到着。
山のうえの高原といった感じの駅。空気が澄んでいて気持ちがいい。
学生さんらしき若者たちが何人か乗っていた。夏休みの青春18きっぷ旅かな。いいな。
さあ、いよいよ「ほっとゆだ駅」の温泉へ! ワクワク。朝7時から営業しているというのも朝方派にはうれしい。
とんがり屋根の駅舎と「ゆ」の暖簾がかわいい「ほっとゆだ駅」
おっと、温泉の前に、駅のスタンプを押しておこう。わたしは記念スタンプを見つけたら日記帳に押すようにしているのだ。
テレビ取材で気が動転
スタンプを押そうとして、荷物から日記を取り出したちょうどそのとき、
「すいませ〜ん」
と男性に声をかけられた。
「先ほどの北上線の始発に乗って来られましたよね」
「あ、はい」
あれ、わたし忘れ物でもしたのかな、と思ったら違った。
「岩手朝日テレビなんですけど、北上線が運転再開したということでお話伺ってもよろしいでしょうか?」
!!!!!!!!
なんと、ここでか!
「あ、はい、いいですよ」とわたし。
「あ、そうしたら外で。あの、どうぞ、スタンプ先に押してください」
記者さんはそう言って、カメラのある外に出て行った。わたしは記者さんに言われるがまま、先ほど押しかけていた「ほっとゆだ駅」スタンプを日記帳に押した。
しかし、いきなりのことにそれなりに気が動転していたのか、なんとスタンプをさかさまに押してしまった。ああ、今まできれいにきっちり押して、かわいくしてきたというのに、ここにきて痛恨のミス。そういうとこだよ。
外に出たら、同じ列車に乗ってきていた男子学生さんたちが先にインタビューされていた。
駅舎の写真を撮りながら待っていると、わたしの番になった。
「今日はどちらから?」「兵庫県からです」
「旅行ですか?」「はい、そうです」
「北上線の運転が再開したということで、もし再開されなかったらどうされるおつもりでしたか?」
えっ。
どうされる。ええっと。
わたしめちゃくちゃ運がいいので、どうにかなるんじゃないかな〜と思ってました。これが本音。いやいやでもそんなこと言ったら能天気すぎるって思われるな。そういえば、どうするつもりだったっけ。最初たしか歩こうとしてたよねわたし。いやそんな歩くだなんて頭おかしいと思われるわ。あっそうだ、ヒッチハイクしようとしてたんだった。それもダメだわ、いい歳してなに言ってんだよこのおばさんと思われちゃう。え、どうしよう、どう答えるのが普通の大人としては正解なんだ?
そうやってしばし間が空いてしまったあと、わたしがようやく口から発せた言葉といえば、
「…どうしようかと思っていました」
なんじゃそりゃ。
ああ、気の利いたことが言えなかった。たぶん使われないだろうなあ。テレビで焦っておもしろいことが言えなくて、「つめあと残せなかった」と悔やむお笑い芸人さんの気持ちがわかったような気がした。わたしも岩手県につめあと残せなかったよ。うう。
そんなときは、風呂だ!
でもそんなときは〜!
風呂! それが正論! ほっとゆだ!
温泉に信号
入湯券440円とタオル代430円を払って温泉に入ると、女湯には3名ほどの先客がいた。ワイワイと世間話しをしながら脱衣場で着替えをしている。たぶん地元の常連の方だろう。このお風呂が生活の一部になっている感じがいいなあ。3人はてきぱきと着替えておしゃべりをしながらあっと言うまに出て行かれた。
わたしは脱衣場にひとりだけになった。
人の気配がしないので、そっと浴場をのぞいてみたら、そこには誰もいなかった。
わたしは係りの人に「誰もいないので浴場の写真を撮ってもいいですか? あの、信号を撮りたくて」と聞いてみる。そうしたら、「いいですよ、どうぞ」とのこと。
では、お言葉に甘えて。
お風呂は「あつめ」「ふつう」「ぬるめ」にわかれている。水が少し濁っているのは、季節や天候の具合によるものだそう。天然のお湯を使っているってことだ。
そしてこちらが信号。
ほんとに信号がある。
列車の本数が限られているから、1本逃すと大変なのだ。だから大浴場に信号がある。
ちなみにわたしは横手駅6:37発の始発に乗り、ほっとゆだ駅には7:10に到着した。そして次の北上行きの8:42発に乗車する予定。1時間半くらいはゆっくりできる計算だ。
お風呂は、開放感があって気持ちよかった。やっぱり朝風呂はさいこうだ。
ほんとうはどうも長風呂できないせっかちな性格なんだけど、信号が点燈するところを見たくてゆっくり入った。
おかげでホカホカあったまった。
チルアウト畳スペース
さらにここが最高だったのは、二階に休憩室があるところ。ここは温泉を利用した人だけが使える休憩スペースだ。
さんさんと降り注ぐ朝日でタオルを乾かしながら、畳でのんびり。駅ナカにこんなに素敵なチルアウトスペースがあるなんて。
いいところだなあ。もしも「ほっとゆだ駅」の温泉に入ることがあったら、二階スペースにもぜひ。
ゆっくりしていたらあっという間に出発時間が近づいてきた。切符を買って、次の列車に。
ほっとゆだ駅 詳細情報
後日談
うちに帰ってから、その日の岩手朝日テレビのニュースをWebサイトで確認してみた。
北上線再開のニュースも取り上げられていた。
「ほっとゆだ駅」のニュース動画も掲載されていた。(※現在は視聴不可)
動画をみると、わたしの前にインタビューされていた男子大学生たちが映っているではないか。
彼らは、「運転が再開しなかった場合はどうされるおつもりでしたか?」の問いに「再開してなかったら遠回りをしないといけなくなるので、(再開されて)よかったです」と、そつなく答えていた。
へえ、遠回りね〜。その発想はなかったわ。(←ふつうこっち)
つめあとを残せなかったわたしはやはり、テレビに映ることはなかった。残念なような、ほっとしたような。
ああ、いいお湯、じゃなかった、いい旅だった。
旅の神さま、今回もおもしろい旅をありがとう。
みなさまも、よい旅を!
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