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映画とファッション|衣装からみた映画「ゴールデンカムイ」

映画「ゴールデンカムイ」、見ました?
めっちゃよかったですよね。ゾクゾクしました。

登場人物が現れるたび「うわー、土方歳三きたー!」とかひとりでキャーキャー思いながら観てました。

劇場にて

さまざまな角度から映画「ゴールデンカムイ」については語られていると思いますが、ドレスをつくる仕事をしているわたしはやはり、「衣装」の面から映画「ゴールデンカムイ」のすごさをみてみたいと思います。

※「衣装」の表記について、本文内は「衣装」にしていますが、出典元に合わせて一部「衣裳」と表記している部分があります。

アイヌの衣服「アットゥㇱ」弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館

また、博物館学芸員資格を学ぶわたしは、今までゴールデンカムイやアイヌに関連するさまざまな博物館展示をみてきました。それらの展示資料からも、映画「ゴールデンカムイ」の魅力について語ってみようと思います。

「ゴールデンカムイ展」京都文化博物館(2022)

映画『ゴールデンカムイ』とは

原作はシリーズ累計2700万部を超えたベストセラー漫画。
明治末期、日露戦争直後の北海道を舞台に膨大なアイヌの埋蔵金を巡り、大自然の中で癖の強いキャラクターたちによって繰り広げられるサバイバル・バトル。久保茂昭監督、山﨑賢人、山田杏奈、眞栄田郷敦、矢本悠馬、玉木宏、舘ひろしほか主演。東宝配給。

「装苑」2024年3月号

実写化のむずかしさ

ゴールデンカムイは登場人物がとってもクセが強くて魅力的。さらにアニメ版の声優のイメージも出来上がっています。そこを実写化するわけだから、誰が演じても「イメージと違う」と言われそうで、引き受けた俳優さんたちも相当なプレッシャーだっただろうなと想像できます。(じっさいに観たら再現度が高すぎてびっくり)

そのなかでもとくに難しかったのがアイヌの少女「アシㇼパ」役だったと思います。だってまず子どもだもん。しかも子どもなのに、自然のなかでひとりで生きられる強さと説得力を持たせないといけない。これはかなり大変そうです。

アシㇼパ役を成人女性が演じると知って、最初はすこしびっくりしました。でもそれが山田杏奈さんだとわかると、「アシㇼパ役は彼女で間違いない」と確信したのです。

というのも以前、山田杏奈さんが映画「山女」の雑誌インタビューで「わたしは生贄いけにえ役を3回くらいやっている」と答えているのを読んでいたからです。

「実は、私はなぜか生贄いけにえになることが結構多くて。今回(山女)でおそらく3回目ぐらいなんですが」

「キネマ旬報」2023年7月上・下合併号

え、生贄いけにえ役を3回? どうゆうこと? 生贄が出てくる映画ってそんなにありましたっけ? って思いました。

でもよくよく考えてみると、生贄役にふさわしい人って、けっこう限られてくると思うんです。

たとえばわたしが荒ぶる神だったとしましょう。いったいどういう人物が生贄になってほしいかを考えてみたら、「純粋である」「美しく澄んだ瞳を持つ」「ときに慈悲深く母性すら感じる」「過酷な運命を引き受ける芯の強さを持っている」そういう人を求めると思うのです。それってまさに山田杏奈さんでありアシㇼパさんです。だから、生贄役を3回もやった山田杏奈さんは間違いなくアシㇼパなのです!(持論)

アシㇼパの衣装

しかし、どんなに山田杏奈さんが素晴らしい役者さんだとしても、子どもとは体格差があります。しかし映画では、違和感を感じることはまったくありませんでした。画面に映る少女はまさに「アシㇼパさん」そのものでした。

そう感じたのは、山田杏奈さんの演技のすごさはもちろんのこと、衣装の力も大きいのではないかと思いました。

映画のアシㇼパの衣装はブカっとしていて、ボリュームがありました。原作のパンツは細身でしたが、映画ではダボダボのパンツです。さらに、マタンプシ(鉢巻)の巻き方で顔が小さく丸くみえ、服のボリューム感ともあいまって、全体のバランスが子どもっぽく見えます。衣装のバランス感によって、ちゃんと子どもに見えるんです! 

屈斜路コタンアイヌ民族資料館の展示より

後で調べたところによると、これはやはり衣装デザイナーの宮本まさ江さんが意図したことのようでした。

「アシㇼパは年齢的にまだ子どもの設定なので、スタイリッシュにならないよう、少しやぼったく見えるくらいのバランスのよさで提案しました」

「装苑」2024年3月号

パンツに関しては、野田先生からもう少し細い方がいいのではとも言われましたが、実際の現場でのアクションのしやすさと、シルエットが太い方が子供っぽくバランスが良かったので太いままでいきました。

「CUT」2024年1月号

やっぱり! すごい!

マタンプシ

さらに、映画のアシㇼパの額のマタンプシ(鉢巻)をみると、ちゃんと刺繍が施してあるのがわかりました。

劇場ポスター
マタンプシ 「ゴールデンカムイ展」京都文化博物館
マイ・マタンプシ  

これはわたしのマイ・マタンプシなのですが(持っとるんかい)、よくみるとこのように鎖模様になっています。

鎖のような刺繍(チェーンステッチ)
屈斜路コタンアイヌ民族資料館のアンケートに熱く答えてみごと当選したマタンプシ

映画のマタンプシも、この鎖の刺繍(チェーンステッチ)になっていました。ちゃんとここまで再現してあるんですね。

映画のエンドロールをじっと目を凝らして見ていたところ、「衣装」スタッフとは別に「アイヌ衣装」というクレジットがあり、複数名のお名前がありました。きっと、アイヌ刺繍ができる方に作っていただいたんだろうなと推測いたしました。

調べてみるとやはりそうでした。

「細かな手刺繍や小道具の刀の彫り物などもアイヌ工芸家の方々に携わっていただいたんです」(衣装デザイン・宮本まさ江)

「装苑」2024年3月号

刺繍に関しては二風谷の関根真紀さんにお願いして、マタンプシ(鉢巻)やテクンペ(手甲)を数か月かけて施してもらいました。(衣裳デザイン・宮本まさ江)

「CUT」2024年1月号

すご〜い! わくわくしますね。

アットゥㇱについて

アットゥㇱとは、もともと樹皮でつくられていたアイヌの衣服です。オヒョウなどの樹の皮を、自然から「いただいて」衣服にしていたのです。

アットゥㇱ 北海道立北方民族博物館
屈斜路コタンアイヌ民族資料館

文様にも、補強や保温だけでなく、魔除けなどの意味が込められています。

屈斜路コタンアイヌ民族資料館

このアットゥㇱ、樹の皮でつくられているため茶色っぽいんです。でも、アシㇼパが着ていたのは白い衣装です。じつはこれにも意味があって、アシㇼパは蕁麻イラクサという草でつくられるテタラペと呼ばれる「草皮衣」を着ているのです。

草皮衣は名前の通り草の繊維でできた衣服です。蕁麻イラクサという草が使われています。主として樺太アイヌの人たちの着ていた衣服に多いのですが、昔の記録には北海道でも着ていたと書いてあります。草皮衣は樹皮衣よりも柔らかく、白っぽいものに仕上がります。

財団法人アイヌ民族博物館 監修『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993年

北海道ではオヒョウニレという樹皮からとった繊維で織った、アットゥㇱ(日本語で厚司アツシと呼ぶ)という着物が、普段着る服の代表ですが、樺太ではそれに加えて、イラクサという草の繊維で織った、テタラペという着物を着ます。

中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』集英社、2019年

なぜアシㇼパだけが白いテタラペを着ているのか、そこにもまたストーリーがあって、その後の物語の伏線となっています。(コミックスでは十九巻で回収)

このように、アイヌの服飾史や民俗学的なこともとことん調べてエピソードに組み入れている野田サトル先生は、ほんとうにすごいと思います。

というわけで映画のアシㇼパさんも白い衣装です。雪のなかで白い衣装。これがまたいいんですよね。やっぱり白い衣装は最強です。

↓雪の平原をふたりが駆け抜けるCUTのこの表紙、大好き。

アットゥㇱも織りから再現

衣装デザイナーの宮本まさ江さんは、約1年かけて制作・準備を進められたのだそうです。映画のアイヌ衣装アットゥㇱも、なんと織りから再現されたのだとか。

アイヌの衣装は、まずとにかく実物を見なければと、北海道のウポポイと二風谷へ行きました。二風谷のアイヌ文化博物館では、館長さんにお願いして、展示されている昔の着物などを一点ずつ、表裏すべて写真に撮らせていただきました。(衣装デザイン・宮本まさ江)

「SWITCHI」2024年2月号

メインになる本来のアットゥㇱ(植物の樹皮繊維を紡いで織った羽織物)は作れないので、似た素材を探し求めつつ、海外で手紡ぎの職人に織ってもらいました。

「装苑」2024年3月号

リサーチをし、ちゃんと生地から織り、刺繍もアイヌ工芸家の方々にかかわってもらう。表面的なことだけではなく、その裏にある意味もきちんと調べて衣装をつくる。そういうところにアイヌ文化と原作へのリスペクトを感じましたし、完成した作品からも尊敬の念がちゃんと伝わって来ました。

はッ、アシㇼパさんの衣装のことだけで4000字以上も書いてしまった。次の記事に分けようかとも思ったけど、このまま一気にいきます。杉元佐一と尾形百之助だけは書きたい。あ、土方さまと、ちらっと白石も。

杉元佐一のマフラーはプリント?

アシㇼパさんのマタンプシが刺繍ということはわかったのですが、あれ? 杉元のチェックのマフラーはどうしてプリントなんだろう、と映画を観ていて思ったのです。縫い合わせたつなぎ目が見えていたのでプリントだとわかりました。

時代設定的にはきっと先染さきぞめ(生地を織る前に糸を先に染めわけておくこと)格子の毛織物だと思うのですが、ここまでこだわっている映画なのだから、プリントにしたのは何か理由があるんだろうな、と思っていました。そうしたら、やっぱりそうでした。

マフラーは顔まわりのバランスを見て、織りではなくプリントにしました。(衣装デザイン・宮本まさ江)

雑誌「CUT」2024年1月号

時代設定的なものではなく、バランスを考えてあえてそうしていたのですね。たしかにその方が、原作のイメージに近いと思います。いや〜、すごいな〜。

「ゴールデンカムイ展」京都文化博物館

尾形百之助のマント

尾形百之助のマントはアクションをとりやすいように、前を短くしてあるそうです。

わたしは網走監獄に貼ってあったこのアニメ版ポスターのマント姿の尾形がかっこよくて、尾形推しになったのでした。原作ではこのようにたくし上げて描かれていますね。たしかにこれが実写だったらちょっと動きにくそうです。

網走監獄にて。野田サトル先生のサイン? と思ったらまさかの錦鯉でした。

尾形のスラッと剣をかまえるところ、かっこよかったですよね。銃さばきも。最初は「眞栄田郷敦さんは美しすぎるのでは?」とも思いましたけど、あの何を考えているのかわからない目とか、銃剣の扱い方とか、しっかり尾形でした。もっと観たいなあ。

「ゴールデンカムイ展」京都文化博物館

白石はそのまんま

白石はもう、そのまんまで最高ですよね。リアル白石。

役づくりとか必要なかったんじゃ…と思いましたが、そこはやはり必要な筋肉をつけられたようです。すごいな〜俳優さんって。

網走監獄にて
ゴールデンカムイ ARスタンプラリー(2022)

白石は、野田先生の原作通りにしないと成立しないので、そこを意識しました。(衣装デザイン・宮本まさ江)

雑誌「CUT」2024年1月号

つまりそのまんま、ってことですね。

博物館 網走監獄

土方歳三

土方歳三は、ゴールデンカムイ では「じつは土方は函館戦争で生き残っていて、網走監獄に入っていた」という設定になっています。館ひろしさんの土方が渋くてかっこよかったです。

劇場にてポスターを撮影

館ひろしさんが、「土方歳三はいつか演じてみたかったが、史実では30代で亡くなっているから、もう土方を演じられることはないと思っていたけれど、歳をとってよかった」とインタビューでおっしゃっていて、なんだかジーンとしてしまいました。夢の叶え方は、いくつになってもいろいろあるのだと、教えていただいたような気がしました。

左:土方歳三

ゴールデンカムイ展のすぐ直後に新選組展とは京都文化博物館もやりますね。しかも音声ガイドはアニメ版ゴールデンカムイの土方歳三役の声優さん。こういうの、楽しいです。

アイヌコタン、今後は再現不可能?

映画を観ていて、俳優さんはじめこの映画にかかわったすべての人が、アイヌ文化や原作への深い尊敬の念を持って映画をつくられたことが伝わってきました。

特にわたしがもっとも感動したのが、コタン(アイヌの集落)のシーンです。アイヌの人びとや、子どもたちが、アイヌの衣装を着て、動いて、生活しているのです!

国立民族学博物館

さまざまな博物館でアイヌの衣装を観てきましたが、それらは通常衣桁いこうとよばれる家具に掛けられていたり、マネキンなどに着せられて静止しています。それは本来人が着て動いている状態とは異なるものです。

国立民族学博物館

だから映画「ゴールデンカムイ」のコタンのシーンで、「アイヌの衣装を、ひとが着て動いている」ということに、わたしはぶるぶる感動してしまったのです。そしてやっぱり、衣服はひとが着てこそ美しいのだと思いました。動いているところがみれて、うれしかった。

国立民族学博物館

原作者の野田サトル先生は雑誌「CUT」でこのように述べられています。

 アイヌの衣裳や装備品には注目して欲しいですね。アイヌの血をひいている工芸家の方たちが映画の小道具ではなく本物の民具を作ってくださったので。
 本当なら何年も納品を待つし博物館などが注文しているような工芸品なのですけど、作家さんたちが映画の企画を面白がってくれて、ご協力頂けたのは本当にありがたいです。
 年々技術を受け継ぐ方も減っていますのでこの高いクオリティのアイヌ工芸品を使った映画は今後は不可能なのではないかと思います。

「CUT」2024年1月号
国立民族学博物館

博物館レベルの衣装や工芸品が、じっさいに動く映像で見られるというのは、もう今後は不可能かもしれないと! となるとこの映画は学術的にみても、ものすごい映像資料となるかもしれないんですね。これはしっかり目撃しておかないと。もういっかい見ようかな。

注:のちにアイヌ工芸家の方に伺ったところ、後継者育成に積極的に取り組まれているとのこと。うれしいです! 素晴らしいです!

衣装を身につけることで

驚いたのは、役者さんの役作り。山﨑賢人さんは筋肉をつけて体重を10キロ増やし、アシㇼパ役の山田杏奈さんは、ハードな撮影に耐えうる体幹を落とさないよう、小さく見えるように体をしぼったそうです。一体どうやって!?

俳優さんや衣装さんや監督、スタッフ、たくさんの方がこの作品にじぶんを捧げるようにして関わられているのだと思いました。

その気持ちをさらに盛り上げるのが、衣装です。衣装を身につけることで役になりきれるという事もあると思います。

「(宮本)まさ江さんから衣装についてお話を聞いているだけで、その役柄のことが少しわかるような時があります。それだけストーリーの背景や役柄を追求していることがわかります。丁寧に作られた衣装に出会うと、この衣装に恥じないようなお芝居をしたいという気持ちがつよくなります」(着る人 山田杏奈)

創作の神に捧げるような仕事をする。それは、ある意味とてもしあわせなことだと思います。大変そうだけど、憧れます。

わたしもそっち側(創作側)にいきたい。

いまさらどうやって? とも思うけど、きっと、行きかたはいろいろあるのだと思うのです。

そうですよね、土方さん!




▼参考文献
・財団法人アイヌ民族博物館 監修『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993年

・中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』集英社、2019年
↓映画でもアイヌ語と文化監修をされている中川裕氏による、とてもわかりやすいアイヌ文化の本です。

▼参考にした雑誌

↓30Pの大特集!

↓ゴールデンカムイの衣装のひみつ、宮本まさ江さんへのインタビュー。

↓アシㇼパ、杉元佐一、尾形百之助、白石由竹、鶴見中尉、土方歳三の全身衣装が見れるページあり!

▼訪れた博物館

北海道立北方民族博物館弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館博物館網走監獄天理参考館国立民族学博物館京都文化博物館

▼関連note


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ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」を、大学院の研究としてすることになりました! 研究にはお金がかかります💦いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!