映画とファッション|衣装からみた映画「ゴールデンカムイ」
映画「ゴールデンカムイ」、見ました?
めっちゃよかったですよね。ゾクゾクしました。
登場人物が現れるたび「うわー、土方歳三きたー!」とかひとりでキャーキャー思いながら観てました。
さまざまな角度から映画「ゴールデンカムイ」については語られていると思いますが、ドレスをつくる仕事をしているわたしはやはり、「衣装」の面から映画「ゴールデンカムイ」のすごさをみてみたいと思います。
また、博物館学芸員資格を学ぶわたしは、今までゴールデンカムイやアイヌに関連するさまざまな博物館展示をみてきました。それらの展示資料からも、映画「ゴールデンカムイ」の魅力について語ってみようと思います。
映画『ゴールデンカムイ』とは
実写化のむずかしさ
ゴールデンカムイは登場人物がとってもクセが強くて魅力的。さらにアニメ版の声優のイメージも出来上がっています。そこを実写化するわけだから、誰が演じても「イメージと違う」と言われそうで、引き受けた俳優さんたちも相当なプレッシャーだっただろうなと想像できます。(じっさいに観たら再現度が高すぎてびっくり)
そのなかでもとくに難しかったのがアイヌの少女「アシㇼパ」役だったと思います。だってまず子どもだもん。しかも子どもなのに、自然のなかでひとりで生きられる強さと説得力を持たせないといけない。これはかなり大変そうです。
アシㇼパ役を成人女性が演じると知って、最初はすこしびっくりしました。でもそれが山田杏奈さんだとわかると、「アシㇼパ役は彼女で間違いない」と確信したのです。
というのも以前、山田杏奈さんが映画「山女」の雑誌インタビューで「わたしは生贄役を3回くらいやっている」と答えているのを読んでいたからです。
え、生贄役を3回? どうゆうこと? 生贄が出てくる映画ってそんなにありましたっけ? って思いました。
でもよくよく考えてみると、生贄役にふさわしい人って、けっこう限られてくると思うんです。
たとえばわたしが荒ぶる神だったとしましょう。いったいどういう人物が生贄になってほしいかを考えてみたら、「純粋である」「美しく澄んだ瞳を持つ」「ときに慈悲深く母性すら感じる」「過酷な運命を引き受ける芯の強さを持っている」そういう人を求めると思うのです。それってまさに山田杏奈さんでありアシㇼパさんです。だから、生贄役を3回もやった山田杏奈さんは間違いなくアシㇼパなのです!(持論)
アシㇼパの衣装
しかし、どんなに山田杏奈さんが素晴らしい役者さんだとしても、子どもとは体格差があります。しかし映画では、違和感を感じることはまったくありませんでした。画面に映る少女はまさに「アシㇼパさん」そのものでした。
そう感じたのは、山田杏奈さんの演技のすごさはもちろんのこと、衣装の力も大きいのではないかと思いました。
映画のアシㇼパの衣装はブカっとしていて、ボリュームがありました。原作のパンツは細身でしたが、映画ではダボダボのパンツです。さらに、マタンプシ(鉢巻)の巻き方で顔が小さく丸くみえ、服のボリューム感ともあいまって、全体のバランスが子どもっぽく見えます。衣装のバランス感によって、ちゃんと子どもに見えるんです!
後で調べたところによると、これはやはり衣装デザイナーの宮本まさ江さんが意図したことのようでした。
やっぱり! すごい!
マタンプシ
さらに、映画のアシㇼパの額のマタンプシ(鉢巻)をみると、ちゃんと刺繍が施してあるのがわかりました。
これはわたしのマイ・マタンプシなのですが(持っとるんかい)、よくみるとこのように鎖模様になっています。
映画のマタンプシも、この鎖の刺繍(チェーンステッチ)になっていました。ちゃんとここまで再現してあるんですね。
映画のエンドロールをじっと目を凝らして見ていたところ、「衣装」スタッフとは別に「アイヌ衣装」というクレジットがあり、複数名のお名前がありました。きっと、アイヌ刺繍ができる方に作っていただいたんだろうなと推測いたしました。
調べてみるとやはりそうでした。
すご〜い! わくわくしますね。
アットゥㇱについて
アットゥㇱとは、もともと樹皮でつくられていたアイヌの衣服です。オヒョウなどの樹の皮を、自然から「いただいて」衣服にしていたのです。
文様にも、補強や保温だけでなく、魔除けなどの意味が込められています。
このアットゥㇱ、樹の皮でつくられているため茶色っぽいんです。でも、アシㇼパが着ていたのは白い衣装です。じつはこれにも意味があって、アシㇼパは蕁麻という草でつくられるテタラペと呼ばれる「草皮衣」を着ているのです。
なぜアシㇼパだけが白いテタラペを着ているのか、そこにもまたストーリーがあって、その後の物語の伏線となっています。(コミックスでは十九巻で回収)
このように、アイヌの服飾史や民俗学的なこともとことん調べてエピソードに組み入れている野田サトル先生は、ほんとうにすごいと思います。
というわけで映画のアシㇼパさんも白い衣装です。雪のなかで白い衣装。これがまたいいんですよね。やっぱり白い衣装は最強です。
↓雪の平原をふたりが駆け抜けるCUTのこの表紙、大好き。
アットゥㇱも織りから再現
衣装デザイナーの宮本まさ江さんは、約1年かけて制作・準備を進められたのだそうです。映画のアイヌ衣装アットゥㇱも、なんと織りから再現されたのだとか。
リサーチをし、ちゃんと生地から織り、刺繍もアイヌ工芸家の方々にかかわってもらう。表面的なことだけではなく、その裏にある意味もきちんと調べて衣装をつくる。そういうところにアイヌ文化と原作へのリスペクトを感じましたし、完成した作品からも尊敬の念がちゃんと伝わって来ました。
はッ、アシㇼパさんの衣装のことだけで4000字以上も書いてしまった。次の記事に分けようかとも思ったけど、このまま一気にいきます。杉元佐一と尾形百之助だけは書きたい。あ、土方さまと、ちらっと白石も。
杉元佐一のマフラーはプリント?
アシㇼパさんのマタンプシが刺繍ということはわかったのですが、あれ? 杉元のチェックのマフラーはどうしてプリントなんだろう、と映画を観ていて思ったのです。縫い合わせたつなぎ目が見えていたのでプリントだとわかりました。
時代設定的にはきっと先染め(生地を織る前に糸を先に染めわけておくこと)格子の毛織物だと思うのですが、ここまでこだわっている映画なのだから、プリントにしたのは何か理由があるんだろうな、と思っていました。そうしたら、やっぱりそうでした。
時代設定的なものではなく、バランスを考えてあえてそうしていたのですね。たしかにその方が、原作のイメージに近いと思います。いや〜、すごいな〜。
尾形百之助のマント
尾形百之助のマントはアクションをとりやすいように、前を短くしてあるそうです。
わたしは網走監獄に貼ってあったこのアニメ版ポスターのマント姿の尾形がかっこよくて、尾形推しになったのでした。原作ではこのようにたくし上げて描かれていますね。たしかにこれが実写だったらちょっと動きにくそうです。
尾形のスラッと剣をかまえるところ、かっこよかったですよね。銃さばきも。最初は「眞栄田郷敦さんは美しすぎるのでは?」とも思いましたけど、あの何を考えているのかわからない目とか、銃剣の扱い方とか、しっかり尾形でした。もっと観たいなあ。
白石はそのまんま
白石はもう、そのまんまで最高ですよね。リアル白石。
役づくりとか必要なかったんじゃ…と思いましたが、そこはやはり必要な筋肉をつけられたようです。すごいな〜俳優さんって。
つまりそのまんま、ってことですね。
土方歳三
土方歳三は、ゴールデンカムイ では「じつは土方は函館戦争で生き残っていて、網走監獄に入っていた」という設定になっています。館ひろしさんの土方が渋くてかっこよかったです。
館ひろしさんが、「土方歳三はいつか演じてみたかったが、史実では30代で亡くなっているから、もう土方を演じられることはないと思っていたけれど、歳をとってよかった」とインタビューでおっしゃっていて、なんだかジーンとしてしまいました。夢の叶え方は、いくつになってもいろいろあるのだと、教えていただいたような気がしました。
ゴールデンカムイ展のすぐ直後に新選組展とは京都文化博物館もやりますね。しかも音声ガイドはアニメ版ゴールデンカムイの土方歳三役の声優さん。こういうの、楽しいです。
アイヌコタン、今後は再現不可能?
映画を観ていて、俳優さんはじめこの映画にかかわったすべての人が、アイヌ文化や原作への深い尊敬の念を持って映画をつくられたことが伝わってきました。
特にわたしがもっとも感動したのが、コタン(アイヌの集落)のシーンです。アイヌの人びとや、子どもたちが、アイヌの衣装を着て、動いて、生活しているのです!
さまざまな博物館でアイヌの衣装を観てきましたが、それらは通常衣桁とよばれる家具に掛けられていたり、マネキンなどに着せられて静止しています。それは本来人が着て動いている状態とは異なるものです。
だから映画「ゴールデンカムイ」のコタンのシーンで、「アイヌの衣装を、ひとが着て動いている」ということに、わたしはぶるぶる感動してしまったのです。そしてやっぱり、衣服はひとが着てこそ美しいのだと思いました。動いているところがみれて、うれしかった。
原作者の野田サトル先生は雑誌「CUT」でこのように述べられています。
博物館レベルの衣装や工芸品が、じっさいに動く映像で見られるというのは、もう今後は不可能かもしれないと! となるとこの映画は学術的にみても、ものすごい映像資料となるかもしれないんですね。これはしっかり目撃しておかないと。もういっかい見ようかな。
衣装を身につけることで
驚いたのは、役者さんの役作り。山﨑賢人さんは筋肉をつけて体重を10キロ増やし、アシㇼパ役の山田杏奈さんは、ハードな撮影に耐えうる体幹を落とさないよう、小さく見えるように体をしぼったそうです。一体どうやって!?
俳優さんや衣装さんや監督、スタッフ、たくさんの方がこの作品にじぶんを捧げるようにして関わられているのだと思いました。
その気持ちをさらに盛り上げるのが、衣装です。衣装を身につけることで役になりきれるという事もあると思います。
創作の神に捧げるような仕事をする。それは、ある意味とてもしあわせなことだと思います。大変そうだけど、憧れます。
わたしもそっち側(創作側)にいきたい。
いまさらどうやって? とも思うけど、きっと、行きかたはいろいろあるのだと思うのです。
そうですよね、土方さん!
▼参考文献
・財団法人アイヌ民族博物館 監修『アイヌ文化の基礎知識』草風館、1993年
・中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』集英社、2019年
↓映画でもアイヌ語と文化監修をされている中川裕氏による、とてもわかりやすいアイヌ文化の本です。
▼参考にした雑誌
↓30Pの大特集!
↓ゴールデンカムイの衣装のひみつ、宮本まさ江さんへのインタビュー。
↓アシㇼパ、杉元佐一、尾形百之助、白石由竹、鶴見中尉、土方歳三の全身衣装が見れるページあり!
▼訪れた博物館
北海道立北方民族博物館、弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民族資料館、博物館網走監獄、天理参考館、国立民族学博物館、京都文化博物館
▼関連note
ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」を、大学院の研究としてすることになりました! 研究にはお金がかかります💦いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!