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9日間だけの個展。自然とテクノロジーの関係で和歌は詠めるか?

今日から始まりました、9日間だけの個展。
私のではないです。we+さんの。

Nature Study: MISTと題された個展には、パナソニックAug Labの立場でご一緒にさせて頂いた「霧」の振る舞いを活かしたインスタレーション"Waft"が複数種類展示されています。

そして、インスタレーションと共に結構圧巻だなぁと思ったのは、作品の裏にある「霧」をさまざまな切り口から考察した膨大なリサーチの数々。いかに人類が水ととともに良い時も悪い時も歩んできたかがとてもよく分かります。

個展の感想も少しずつ出始めているようです。

本日5/14は初日ということでトークイベントにも参加させて頂きました。明日以降も土日はトークイベントを開催されるようです。申込はこちらです。

初日のトークテーマは「自然への共感から生まれる感性拡張」。

激ムズですね。ちょうど最寄り駅の浅草から会場まで少し距離があったので、色々と考えながら歩きました。

そもそも、「自然への共感」って何だろうなぁ〜と。自然が人間のことを思うかどうかなんて確認のしようもないし。たぶん、感じるだけではダメなんだろうと思いました。自然の要素を感じ、自然を想い、何かしらの内的、外的なアクションをする。そこまで行って初めて共感ということに近づくんだろうと。

そんなことを言ってたら、昔の人は霧という多くの言葉を和歌に載せて使っていたというお話を頂き、確かにそういうのもアクションだし、昔の人は自然というものに対して共感をしていたんだなぁと感心しました。

現代において「水」というのは、機能的な目的で活用されるシーンが多い。喉が渇いたら水を飲み、コーヒーを飲むためにお湯を沸かし、ハイボールを飲むために氷を作る。トイレでは水で手を洗い、排泄物も流します。

歴史を振り返ってみても、伝え残る最古の自動機械とも言われる「ヘロンの自動ドア」。紀元1世紀に発明されたこの自動ドアも水と火と空気を使ってコントロールされています。いかに水との機能的な関係がいかに長いかもわかります。

一方で、和歌で詠まれているような霧、靄、霞というのは、機能的というよりは感情的なものを投影する対象として扱われています。

このあたりは是非個展の現場で見て頂きたいのですが、その多様性には本当に驚かされます。

今回の作品は人工物でありながら、機能的な対象ではなく、感情を乗せる対象としての水のふるまいを十分に感じていただけます。

なんならその場で和歌でも詩でも詠んでいただいても面白いかなぁと思いますし、只々ぼーーーっと何も考えずに見て頂いても良い時間かなぁと思いました。


9日間、5/22までなので、是非!!

では、また来週〜
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安藤健(@takecando)

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