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ヴァイオリニスト廣瀬心香*室内楽に魅せられて〜後編〜

ヴァイオリニスト廣瀬心香さんのインタビュー、後編です。室内楽の魅力、これまでの音楽歴についてうかがいました(全2回)。


廣瀬心香

室内楽の魅力

室内楽は高校生の頃から積極的に弾いていました。中でもクァルテットに魅了されていたのです。
現在もこのTRIO VENTUSの他に、ベートーヴェンの作品を中心に取り上げているEureka Quartet(エウレカ カルテット/森岡聡Vn、廣瀬心香Vn、石田紗樹Va、鈴木皓矢Vc)を組んでいます。

クァルテットは弾きたいと思っても、何時、どのタイミングで取り組めるかわかりませんし、そもそもそういう仲間と巡り会えるかどうかもわからならい。そう思っていたところ、タイミング良くメンバーが揃って、結成することができました。

Eureka Quartetはベートーヴェンの弦楽四重奏曲が弾きたいという思いがあり結成しましたので、ベートーヴェンのツィクルスに取り組んでいます。

Eureka Quartet ベートーヴェン ツィクルス vol.5
2024年7月31日(水) 19:00 東京文化会館小ホール


私が常設のトリオやクァルテットに取り組んでいる理由は、自分たちで音楽を一から作っていきたい、という想いがあるからです。アンサンブルという点ではオーケストラも好きなのですが、オケと室内楽との違いは指揮者がいなくて全部自分たちで作るところにあります。また、人数が少ないからより密になる。そして、自分たちがやりたいことができる。そういうところに惹かれます。

Eureka Quartet

著名演奏家からの助言

そもそも私がヴァイオリンを習い始めたのは趣味でピアノを弾いていた母の想いからでした。「子どもにも何か楽器を」と考えていたそうで、それでピアノとヴァイオリンを始めたのですが、3歳の時のことですから私自身は覚えていません。
でも、小学1年生の頃に「ヴァイオリニストになる!」と宣言していたのはよく覚えています(笑)。その頃から遠方のヴァイオリンの先生に習いに行ったり、ソルフェージュのレッスンを受けたり…… 実家のある宮崎で、音楽大学進学を視野に入れた専門的な教育を、可能な限り受け始めていましたので、既に将来の夢や目標がかたまっていたように思います。

その後、小学4年生の頃には宮崎から東京へレッスンに通っていました。そのきっかけを与えてくれたのは、ヴァイオリニストの古澤巌さんだったのです。
地元で古澤さんのレッスンを受ける機会があって、その際に「本気でやりたいんだったら、そろそろ東京の先生に師事した方が良いよ」とアドバイスしてくださったんですね。

その直後に地元で日本フィルハーモニー交響楽団の公演があり、母と聴きに行きました。その時のコンサートマスターが木野雅之先生で、母が木野先生のパワフルな演奏に惹かれて、思い切ってレッスンをお願いしてくれたんです。それでマスタークラスを受けることになり、そこから高校進学まで定期的に木野先生のもとに通うようになりました。今こうして振り返ると、偶然が重なって道がひらけたように思います。

的確なアドバイス

小学校高学年の頃から高校に進学するまでは、一人で宮崎から東京に月3回くらいのペースでレッスンに通っていました。大量の楽譜と楽器を持っての移動が大変でしたが、旅も楽しみながらヴァイオリンを続けることができたように思います。

高校から桐朋学園に進学して、それに伴い上京しました。
高校からは加藤知子先生に習ったのですが、それは、それまで師事していた木野先生が、「もう充分、私から学べることは学んだから、私に無いものを教えてくださる先生に習った方がが良い」と、先生の方から送り出してくださったんです。
今、私自身もヴァイオリンを教えるようになったのでよく分かるのですが、そのタイミングも含めて、生徒を手放すことはなかなか難しいこと。簡単にできることではないと思うので、とても感謝しています。

木野先生からはヴィルトーゾのテクニックを教わり、加藤先生からは音楽にじっくり向き合って音を作ることを教わったように思います。どちらも私に取ってとてもすばらしい出逢いでした。

その後、高校を卒業して、そのタイミングで留学することも考えたのですが、まだ加藤先生のもとで勉強したかったので、そのまま桐朋学園大学に進学。その間に留学先を探そうと、ドイツの各地を旅して、いろんな先生のレッスンを聴講したり、受講したりしました。

そこでノラ・チャステイン先生のレッスンを聴講したときに「先生に習いたい」と気持ちが決まり、ベルリン芸術大学を受験しました。
ベルリンは留学先として人気が高く、中でもノラ先生はものすごく人気で競争率が高く、事前にレッスンを受けたり演奏を聴いてもらうことができなかったんです。全くコンタクトが無いまま受験するのは不安でしたが、入学試験の時に初めて演奏を聴いてもらい、幸いとても気に入ってもらい生徒として取ってもらうことができました。

ノラ先生は細かいテクニックも音楽的なこともバランスよく教えてくれて、全てを可能にしてくれた感覚があります。何を弾いても迷いが無くなりました。彼女のもとで学ぶことができたことは幸運でした。

室内楽はカッコイイ存在

留学中はソロの勉強を中心に、卒業後は2年ほどドイツのオーケストラにも所属していました。

ドイツには質の高い室内楽の団体がたくさんあって、特にクァルテットを学ぶには最高の環境でした。それらの団体はおしゃれでカッコよく、常に時代をリードした最先端の音楽を発信している、という存在だったんです。そうした環境でしたから、自然と室内楽もやっていましたね。

留学中には、当時組んでいたクァルテットでアルテミス・クァルテットのレッスンを受けたこともありました。

レッスンは1時間が通常ですし、ある程度の年齢になってくると、コンサートに向けてのレッスンも、多くても3回くらいしか受けないんです。でも、アルテミス・クァルテットのレッスンはコンサートの前に1週間くらい毎日、それも1回につき3時間くらい教えてくださったりするんです。

必ずしもそういったレッスンが良いとは思わないのですが、当時の私たちには必要なことが詰まったレッスンでした。彼らが時間をかけて何を伝えてくれるかというと、ただ弾き方を教えてくれるのではなく、クァルテット弾きの人たちがどのようにリハーサルをして本番に臨んでいるのか、といったそれを生業として生きていくための実践的なノウハウでした。一緒に時間を過ごすことでその全てを教えてくれるんです。

その頃組んでいたクァルテットは全員の国籍が異なり、その後の進路も違っていたので継続することはできませんでした。けれどもそこで得たものは今の演奏活動にものすごく活きています。

ドイツで得た響きの感覚〜TRIO VENTUS結成の経緯〜

TRIO VENTUSを結成したのは帰国することが決まってからです。ドイツで身に付いた様々な音楽的な感覚を忘れてしまわないように、同じ感性を持った仲間と結成しました。

私はベルリンの大学院を修了後もしばらくの間、ドイツを拠点に演奏活動をしていましたから、その間に演奏の仕方、音楽のとらえ方や表現の仕方まで、さまざまな変化があったように思うんです。そういった変化はできれば帰国してからもずっと私自身の個性として残しておきたい、と感じたのです。

その中でも特に大事にしたいのは音を鳴らすときの感覚で、ドイツでは脱力し、音を天井に放つようなイメージを持って弾くんです。それはおそらく普段弾いている空間が影響していて、石造りの教会など、音が響く環境で演奏することが多いからだと思うのですが、この感覚が身に付いたことで、どんな響きの会場で演奏しても、そうした音の鳴らし方が出来るようになり、演奏する上での助けになっています。この感覚は特に、この先もずっと忘れずにいたいです。

ピアノトリオとクァルテット、その違い

クァルテットは同じ弦楽器奏者同士なので音を創り出す手段が一緒だからか、ピアノトリオよりもより密に音楽を作れるような感覚があります。どちらが好き、というのではなく、音楽作りのタイプが違うんです。

ピアノトリオはクァルテットよりももっとソリスティックなイメージがありますよね。音楽祭などでその場限りのメンバーと演奏するときなどは、ピアノが中心にいてまとめてくれる、といったアプローチになることが多くて、それはそれで楽しいのですが、常設の場合はある意味もっとクァルテット的な音楽作りができます。そのため、ピアノトリオの本質の部分を味わうことができるように思います。

と言いながら、私は室内楽をやるときって、「音やリズムを揃える」ということは実はあまり意識していないんです。揃えることを気にしなくても自然と合う。そして、その先にある音楽に集中できているような気がしています。クァルテットはもちろんのこと、ピアノトリオに関しても、そういう楽しみ方ができるところが、常設の良さかもしれません。

これからも私たちならではのプログラムを組みながら面白い演奏会を展開していきたいと思っています。


TRIO VENTUS リサイタル Emotive Framework3
2024年6月14日(金) Musicasa

シューマン/キルヒナー: ペダルピアノのための練習曲集 Op.56 (ピアノ三重奏曲版)
ブラームス: ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101
シェーンベルク/シュトイアーマン:浄夜 op.4(ピアノ三重奏版)


今後の予定

トリオとカルテットの演奏会以外に、9月には東京、宮崎、都城の3ヶ所で無伴奏ヴァイオリンリサイタルを予定しています。私はいつも共演者に恵まれ充実した演奏活動ができていて、人と演奏するのが好きなのですが、弾きたい素晴らしい無伴奏ヴァイオリンの曲もたくさんあるので、敢えて1人で音楽に向き合う時間を作りたいなと思いました。この経験を経て更に色々な発見や学びがあるといいなと思っています。曲はバッハの無伴奏パルティータ第2番やバルトークの無伴奏ソナタなどを予定しています。みんなに物凄いプログラムだねと言われます(笑) 私自身どうなるのか本当に楽しみです。

廣瀬心香 無伴奏ヴァイオリンリサイタル 


2024年9月7日14:00  ムジカホール(都城市)

2024年9月8日 サル・マンジジャ (宮崎市)

2024年9月14日 Musicasa (東京)


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