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第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 1.世界の矢毒文化、および、2.アイヌと毒の仕掛け弓「アマッポ」:「特別展「毒」」見聞録 その25

2023年04月27日、私は大阪市立自然史博物館を訪れ、一般客として、「特別展「毒」」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 1.世界の矢毒文化、および、2.アイヌと毒の仕掛け弓「アマッポ」」([2]のp.134-138)では、世界の矢毒文化、および、アイヌの毒の仕掛け弓「アマッポ」が紹介された。

世界の矢毒圏は、トリカブト矢毒文化圏(北アメリカ北部、アジア、ヨーロッパ、北海道)、イポー矢毒文化圏(東南アジア)、ストロファンツス矢毒文化圏(西アフリカ)、および、クラーレ矢毒文化圏(南アメリカ)に分類される(図25.01,[3])。

図25.01.世界の矢毒文化。

トリカブトはアコニチン系アルカロイドを含むが、古来致死的な有毒植物として知られてきた。矢毒としての利用はチベット族やアイヌ族に知られる。一方、中国医学やチベット医学またホメオパシーでも塊根を薬用にしてきた。

塊根は加工して漢方生薬「附子」や「烏頭」などとして利用される。また、アイヌ民族はトリカブトの根で矢毒を作り狩猟に利用した。有毒アルカロイドは長時間加熱するとアコニンに変化して毒性が 200 分の1となるため、射止めた動物肉を食することができる(図25.02,[4])。

図25.02.アイヌ民族(トリカブト矢毒文化圏の1つ)の弓と矢。

北海道の卜リカブト属において、門崎(2002)は、世界中には480種、日本では35種、北海道では9種(エゾノレイジンソウ、ダイセツトリカブト、ヒダカトリカブト、エゾノホソバトリカブト、エゾトリカブト、カラフトブシ、セイヤブシ、シレトコブシ、オクトリカブト)を記載している。また、トリカブト類の生育地は川沿いに多いと報告している(図25.03,[5])。

図25.03.向かって左から、オクトリカブトとエゾトリカブト。

ウパスノキ(upasの木)はupas tree(ウパスツリー)、イポー (Ipoh) 、ヒポー、Malay upas(マレーウパス)、および、Antiaris toxicaria(アコ)とも呼ばれる。

乳状の樹液(乳液)であるウパスには、猛毒(イポー毒)となるアンチアリンが含まれ、 原住民が吹き矢の先に塗ることで、毒矢として狩猟や戦さに用いたことで有名である。

樹皮からは丈夫な繊維が採取される([6])。

ストロファンツス属の植物において、ストロファンツス・コンベでは、その種子から作られる矢毒は、血管から吸収されると速やかに作用するため、獲物をすぐに仕留めることができる。また、経口では毒性を示さないため、矢毒に汚染された肉を食べても問題ないということである。

矢毒に含まれる有毒成分はK-ストロファンチンで、心収縮力増強剤としてうっ血性心不全の治療に用いられる([7])。一方、ニオイキンリュウカ(ストロファンツス・グラツス)は全草にウアバイン(別名G-ストロファンチン)を含む。ウアバインは欧米では強心剤として用いられる([8])。

クラーレは南米先住民が用いた種々の矢毒の総称で、Strychnos(フジウツギ科)やChondodendron(ツヅラフジ科)などの種々の植物から得られる天然の抽出物である。歴史的には19世紀中頃Claude Bernardがクラーレによる麻痺とその作用部位が運動神経と骨格筋の接合部であることを見出している。その後Kingが初めて天然の試料より結晶性アルカロイドの構造を明らかにしd-ツボクラリンと名づけた。ツボクラリンは4級のアンモニウム塩基で光学異性体としてd型とl型があるが、前者は後者の数十倍の効果を持つ([9])。

北海道では、アイヌ民族が使う狩猟具の中にアイヌ語でクアリまたはアマッポと呼ばれる仕掛け弓がある。獲物の通る道に糸を張り、その糸に動物が触れると止め鉤(かぎ)が開放され、矢が放たれる仕組みで、鏃(矢尻)には毒が塗られた。これは、人間が誤ってかかる恐れもあり、仕掛けが近くにあるときは目印をつけると共に、仕掛ける地域も狩猟集団によって決められた。

このように無人でも猟ができる罠は、特にキツネなど小型獣皮の需要が伸びるに伴い、大陸から伝わり、積極的に取り入れられた道具だった可能性もある。クアリは明治時代になると、開拓使によって使用を禁止され、猟銃が貸し出されるようになった(図22.04,[10])。

図22.04.向かって左から、アイヌ民族の仕掛け罠「アマッポ」とアマッポ用毒矢。

「第4章 毒と人間 4-3 毒を操る 1.世界の矢毒文化、および、2.アイヌと毒の仕掛け弓「アマッポ」」の執筆時に、私はこう思った。

日本国内でも、北海道ではアイヌ民族は狩猟用にトリカブト矢毒を使った一方で、その他の地域では矢毒が使われなかったことは非常に興味深い。

また、私にとって、地元に密着している在野の植物学研究者の存在が頼もしく見える。


参考文献

[1] 独立行政法人 国立科学博物館,株式会社 読売新聞社,株式会社 フジテレビジョン.“特別展「毒」 ホームページ”.https://www.dokuten.jp/,(参照2023年07月27日).

[2] 特別展「毒」公式図録,180 p.

[3] 国立大学法人 東京大学大学院農学生命科学研究科 食の安全研究センター.“第34・38回サイエンスカフェ「聞いてみよう!毒とクスリと人間の関係」開催報告”.食の安全研究センター ホームページ.Information.お知らせ 畜産物の安全に関する情報.放射性物質に関する情報.イベントレポート 活動の足跡.2019年.2019年02月26日.http://www.frc.a.u-tokyo.ac.jp/information/news/180622_report.html,(参照2023年08月07日).

[4] 厚生労働省.“自然毒のリスクプロファイル:高等植物:トリカブト”.厚生労働省 ホームページ.政策について.分野別の政策一覧.健康・医療.食品.食中毒.自然毒のリスクプロファイル.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082112.html,(参照2023年08月07日).

[5] 北方山草会.“オクトリカブトの北海道分布 千歳市 五十嵐博”.北方山草会 トップページ.会誌紹介.第23号(2006)小特集:アイヌと植物.http://hopposansokai.web.fc2.com/kaishi/no23/23-09.pdf,(参照2023年08月07日).

[6] 株式会社 科学技術研究所.“ウパスノキ(upasの木)”.科学技術研究所 ホームページ.趣味のページ.樹木・tree図鑑|かぎけんWEB.樹木・tree図鑑 Index.ウ.https://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/tree-upas_large.html,(参照2023年08月08日).

[7] 日本新薬株式会社.“ストロファンツス・コンベ(キョウチクトウ科)”.山科植物資料館 ホームページ.植物紹介.す.2014年06月30日.https://yamashina-botanical.com/botanical/%e3%82%b9%e3%83%88%e3%83%ad%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%b3%e3%83%84%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%99/,(参照2023年08月08日).

[8] 日本新薬株式会社.“ニオイキンリュウカ(キョウチクトウ科)”.山科植物資料館 ホームページ.原産地から探す.アフリカ.2020年05月31日.https://yamashina-botanical.com/botanical/%e3%83%8b%e3%82%aa%e3%82%a4%e3%82%ad%e3%83%b3%e3%83%aa%e3%83%a5%e3%82%a6%e3%82%ab/,(参照2023年08月08日).

[9] 医書ジェーピー株式会社.“クラーレ”.isho.jp トップページ.生体の科学.35巻6号(1984年12月).https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.2425904636,(参照2023年08月08日).

[10] 北海道.“北の生活文化(アイヌの人々の民具)”.北海道 ホームページ.環境生活部.文化局文化振興課.digest.2022年07月25日.https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/bns/digest/3_syou.html,(参照2023年08月08日).

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