防火実験

爆撃をためらうほどの防空理想都市を|内田祥文の建築火災研究

「戦争中防災やらされちゃった、学位取るために。」

都市計画家・高山英華(1910-1999)は、若くして亡くなった建築家・内田祥文(1913-1946)が、もともとは建築や都市の設計に興味関心を持っていたのに、学位取得のためにしょうがなく建築火災研究に従事したことを証言しています(高山英華『都市の領域』建築家会館、1997)。

高山はそんな内田祥文の設計センスが「丹下(健三)くんよりうまいかもしれないよ」とも語っていて、設計に専念できないまま敗戦後すぐ亡くなった内田の短すぎる人生を無念がりました。

本来は建築設計に専念したかった内田祥文にとって、やっぱり建築防火研究は「やらされちゃった」感満載な消極的動機だったのでしょうか。その真偽は定かではありません。

少なくとも、東京帝国大学大学院に入学後、岸田日出刀(1899-1966)や浜田稔(1902-1974)の指導のもと「建築計画特に防火に関する研究」に打ち込み、敗戦後すぐ、その成果をまとめた学位請求論文「木造家屋外周の防火に関する実験的研究」によって学位取得。研究・教育の道に進みます(※1)。

そんな内田の建築火災研究が一つの成果となったのが著書『建築と火災』(1942)(図1)。表紙は静岡大火の空撮写真。

図1 『建築と火災』1942

この本をじっくり眺めていると、彼が夢見ながらも実作として結実することのなかった都市設計へのロマンがにじみ出ていることに気がつきます。

ふたつの『建築と火災』

33年という内田の短すぎる生涯にあって、唯一の著書となったのは、建築防火研究の成果を相模書房・建築新書の一冊としてまとめた『建築と火災』(1942)です。出版後、戦争の真っ只中にあってもコツコツと改訂作業は続けられたものの、敗戦前後のドタバタでお蔵入り。

ようやく『建築と火災(改訂版)』が出版されたのは1953年。もはや遺稿集としての位置づけとなってしまいました(図2)。

図2 『建築と火災(改訂版)』1953

先述したように、内田祥文は東京帝大大学院入学後、岸田・浜田両教授指導の下に建築火災研究に従事します。当時、建築学教室では内田の実父・内田祥三(1885-1972)によるリーダーシップのもと、大々的な建築火災実験が展開中で、祥文はその実働部隊として活躍することになったのです(図3)。

図3 東京帝大による建築火災実験

そこでの研究成果をもとに、岸田日出刀は自ら監修する建築新書シリーズの一冊として『建築と火災』の執筆を斡旋したのでした。

さて、そんな経緯で出版された『建築と火災』の内容はというと、火災の歴史から原因、発生条件、本質、構造別火災被害について概説した上で、木造家屋ならびに耐火建築について各種試験・実験の結果を引用しながら詳説する入門書的内容。

特に内田が「木造家屋外周の防火に関する研究」に取り組んでいたことから、木造家屋への記述が手厚くなっているのが特徴的です。

そして最終章は「防火と都市計画」と題して、都市計画と防火計画の関係、都市の防火改修に言及し、将来の都市計画が防火的見地からいかに考えられるべきかを説いた内容となっていて、ここに内田の思いが込められてる気がします。というか、むしろこの章こそ書きたかったのでは中廊下、と。

そんな『建築と火災』ですが、刊行直後から誰に求められるでもなく改訂作業が進められます。その改訂版の出版は1953年。著者が1946年に亡くなってしまったわけですから、改訂作業はほぼ戦時中に終えられたであろうと推察されます。

試しにふたつの『建築と火災』を比べてみましょうか。

まぎらわしいので、戦時中に出版された方を「初版」、戦後に改訂出版された方を「改訂版」と呼びましょう。ごらんの通り、章立て自体に大幅な変化はみられません(図4)。

図4 『建築と火災』初版と改訂版の目次対応

改訂版で追加・増補された主な変更点は大きく4つ。

① 巻頭への「新しき都市」(1941)関連図版掲載
② 内田祥三と浜田稔による序文の追加
③ 第3章「材料の熱的性質」への新たな実験結果の追補
④ 第10章「防火と都市計画」の増補

このうち、特に注目したいのが「防火と都市計画」の章が大幅増補されたこと。以下、具体的な変更点について見てみます。

防火から都市計画へ

巻頭に追加された図版は、内田祥文らが手がけた都市改造提案「新しき都市」(1941)の一部をなすものです。「防火都市都心部住宅群の1試案 其の1:1部鳥瞰図」(図5)と「防火都市都心部住宅群の1試案 其の2:1小学校住区」が追加されました。

図5 防火都市都心部住宅群の1試案:鳥瞰図

当時、日本に移入ホヤホヤの近隣住区理論と、ル・コルビュジエの「輝く都市」をミックスしたような提案。とはいえ、当時の日本でそのミックスをつくりあげるためには膨大な情報収集と設計技術が必要だったのは言うまでもありません。ちなみに発表当時、内田らはこの都市提案を「防火都市」ではなく「防空都市」、さらにいえば「防空理想都市」として思い描いています。

そして最大の変更点なのが最終章(初版:7章、改訂版:第10章)。ともに「防火と都市計画」という章題で、建築火災研究の知見を都市計画へつなぐ役割を担っています。

以下は改訂版第10章の目次。太字は初版からの追加分です。

1.都市計画に於ける防火計画の位置
2.我国従来の都市計画に於ける防火的考慮
3.我国に於ける防火的緊急対策としての都市計画
4.消防に関する二三の事項に就て
 10.1 バケツ消防の注水能力 10.2 各種ポンプの注水能力
 10.3 防火用水量

5.都市の防火改修
 10.4 防火改修の必要
 10.5 防火改修の方法及び効果
 10.6 集団的防火改修家屋建設の実例-静岡都市復興計画の概要
6.防火空地
 10.7 防火施設としての空地(緑地)の意味
 10.8 防延焼施設としての空地の実例
 10.9 緑地帯の形と連結性
7.防火樹に就て
8.疎開
 10.10 疎開の意義 10.11 疎開の技術的方策 10.12 疎開と防火改修
9.木造密集街区の復興計画
 10.13 前提条件 10.14 方針 10.15 方法 10.16 計画例

10.将来の建築の防火的在り方に就て
 10.17 一般論 10.18 各種提案例

バケツ消防や消防ポンプの注水能力、防火用水量についての分析が加えられたほか、「集団的防火改修の家屋建設の実例-静岡都市復興計画の概要」として、具体的な復興都市プランが示されました。そのほか、防火空地、防火樹、疎開、木造密集街区の復興計画などが追加されています。

さらに、第10節「将来の建築の防火的在り方に就て」も大幅増補。初版だと17項「一般論」に該当する内容だけだったのが、改訂版では新たに18項「各種提案例」も追加。

18項でも特に「D)「防空的都市計画と住宅」に関する各種意見」は、防火的建築の建設にあたり都市計画、地方計画、国土計画の各見地から考慮した理論・手法が紹介される内容で、最新都市計画理論・手法コーナーとなっているのです。これは戦時中に雑誌投稿した「住宅の防空的在り方に就て-住宅の都市計画的考察」(不動産時報、1943.6)が元ネタ。

防空理想都市をめざして

1945年の敗戦をはさんで出版されたふたつの『建築と火災』。初版と改訂版を読み比べてみると、内田祥文が建築火災研究を足掛かりに、都市計画・設計への理論付けを試みたことが見えてきました。

建築を防火的観点から詳細に実験し、データを蓄積することは、科学的な根拠が弱かった建築計画・設計分野を科学へ近づける作業でもありました。

また、戦時の火災対策は防空対策とイコールであって、研究指導にあたった浜田稔も「都市の不燃化の理想形態は耐火構造一色で都市を塗りつぶすこと」だと序文で述べています。

木造家屋が密集する日本の都市不燃化は、防火空地、防火樹、防火改修などの各種対策でもって、建築火災を切り口に都市計画・設計することが必要だと詳細に理論づけたのでした。

特に、改訂版にみられる最終章「防火と都市計画」の大幅追補ぶりは、戦争の真っ只中に進められた改訂作業の賜物です。それは日本に近隣住区理論やル・コルビュジエばりの都市設計を実現するための基礎的作業だったのかもしれません。

内田祥文は日増しに色濃くなる日本の劣勢と、空襲への恐怖のなか、建築火災を都市計画・設計へと結びつけた新日本の都市を夢想していたのでした。内田は首都上空を悠々と飛行する米軍機を見あげながら「爆撃するのをためらうぐらいの美しい都市をつくりたい」と語ったといいます。建築火災研究に裏付けられた「防空都市」にとどまらない「防空理想都市」を夢見て。

(おわり)


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1)ちなみに、博士論文の内容は以下のようなものです。

第1部 木造家屋火災時の対隣壁面温度とその再現に就て
第1編 各地実験の温度測定結果
第1章 札幌、小樽、室蘭、東京に於ける火災実験
第2章 川﨑、横浜、名古屋、広島に於ける火災実験
第3章 仙台、大垣に於ける火災実験
第4章 佐世保、延岡に於ける火災実験
第2編 木造家屋火災時に於ける対隣壁面温度の標準に就て
 第5章 既存資料に於ける温度測定条件の検討
 第6章 各種規模木造住居の火災時に於ける対隣壁面の温度標準
 第7章 標準木造家屋の対隣壁面の温度標準
第3編 火事温度の実験室内に於ける再現に就て
 第8章 木造家屋の火災を対象とする防火試験の方法に就て
第2部 各種防火材料、工法に関する研究
第4編 木造家屋の火災を対象とする防火試験の結果に就て、其の1

 第9章 第1級試験の結果(防火壁に類する場合)
 第10章 第2級試験の結果(火災家屋より距離がある場合)
 第11章 第3級試験の結果(火災家屋より距離のある場合)
第5編 木造家屋の火災を対象とする防火試験の結果に就て、其の2
 第12章 防火材料としてのマグネシアセメント板に関する研究
       其の1. Mgo-鋸屑-砂 三成分系の諸性質
 第13章 防火材料としてのマグネシアセメント板に関する研究
       其の2. 苦汁液の濃度差による諸性質
 第14章 セメントモルタル塗壁体の防火に関する研究
       主として加熱による爆裂に就て
 第15章 セメント代用土塗壁体の防火に関する研究
 第16章 防火材料市販品数種の防火力に就て

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