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モクチンメソッド|危機を好機に転換する現代版「計画的小集団開発」

木賃アパート。ハウジングの戦後史を辿るとき必ず出てくるこの言葉。たしかに老朽化して空室も目立った状態であちこちに見かけるよなぁ~。これは社会問題にもなっていくよな~。などなど他人事に思っていたのですが、ある本を読んで「あ、そうか!いま自分が住んでるアパートも木賃アパートだ!」って、にわかに自分事になってオドロキました。

そんなキッカケとなった「ある本」とは、『モクチンメソッド:都市を変える木賃アパート改修戦略』(連勇太朗・川瀨英嗣、学芸出版社、2017)。

オレンジ色の表紙にほのぼのしたイラストといった装幀が魅力的な一冊です。その内容について、以下ちょっと自分なりにまとめてみようと思います。

思えばずっと木賃アパートに住んできた

『モクチンメソッド』は、木賃アパートの改修で実績を積み重ねてきたモクチン企画の活動紹介に止まらず、具体的な手法とそれを洗練させる仕組み、施工例、アパート以外への展開からさらなる可能性までを示す盛りだくさんな内容です。

その第一章にあたる「PART1:木賃アパートを通して見える社会」では、木賃アパートが生まれてきた経緯と背景、特徴、そして予想されるリスクと期待される可能性が語られています。

そこに出てくるのが「ワンルーム木賃」、そして「新型木賃アパート(ニュー型)」。これらはハウスメーカー等が木賃アパートの後継種として打ち出したもので、「従来型の木賃に比べ、個室性・個別性がより強くなっている」と。

そうかそうか。軽量鉄骨造や諸設備によって性能面では向上したものの、社会に向かって閉じてる点においては「ニュー型」はフツーの木賃アパートより後退しているとも受け取れる。そして、いま自分が住んでる賃貸アパートこそ、この「ニュー型」に分類される現代の木賃アパート(鉄賃アパート)なのでした。

今、じぶんが住んでるのは低層賃貸住宅「バリュージュ」(1998)。ちなみに、ここに引っ越す前は「アド・ザックス」(1989)で、さらにその前は「クリード」(1988)と、すべて積水ハウス。どんだけ積水推しなんだよって思われかねませんが、たまたまです。

思えばここ十数年ずっと「ニュー型」に住んできたんだなぁ、と。そしてたしかにご近所や地域から孤立した生活になりがちで、せいぜい地域に開かれた窓は娘が通う保育園というのが現状。

さて、にわかに自分事となった木賃アパートについて、そのリスクを指摘するだけでなく、むしろ木賃アパートだからこそ実現できる「つながり」を示したのが『モクチンメソッド』。

戦後日本の諸事情から数多生み出されてきた木賃アパートにつきまとうマイナスイメージの転換を図り、むしろ「つながりを生み出す道具」として読み替える快著です。

1970年代、集住研究から伸びる水脈

木賃アパートと聞いて建築畑シニアの方々は、あの雑誌『都市住宅』1973年2月号「木賃アパート:様式としての都市居住」(重村力責任編集)を思い出されるかと。

実際に、この特集号は『モクチンメソッド』でも引用されていて、絶大な影響下にあることがうかがえます(本のデザインも含めて)。

そんな1973年の『都市住宅』には「木賃アパートの存在が、この都市に暗示し続けているものは、〈住居〉に住むのではなく、〈都市に棲む〉という概念ではないだろうか」という『モクチンメソッド』の核にもなる重村の文章が示されています。さらに・・・。

〈公共性〉とは〈関係性の否定〉であり、〈任意の共同体〉とは、〈関係の絶対性〉を脱出する〈関係の偶然性〉の場ではないだろうか。〈関係の偶然性〉こそ、実は都市そのもの、〈都市性(アーバニティ)〉と呼ぶべきものなのではないか。
(重村力「木賃アパート:様式としての都市居住」)

『モクチンメソッド』が木賃アパートに見出す「つながりを生み出す道具」としての可能性は、重村の言う「関係の偶発性」と対応しています。余談ですが、この〈関係の偶然性〉と対比される〈関係の絶対性〉は、吉本隆明が「マチウ書試論」(『藝術的抵抗と挫折』未来社、1959所収)で使って吉本学徒界で大いに流行ったあの「関係の絶対性」なんだろうな、と。

原始キリスト教の苛烈なパトスと、陰惨なまでの心理的憎悪感を、正当化しうるものがあったとしたら、それはただ関係の絶対性という視点が加担するほかに術がないのである。
(吉本隆明「マチウ書試論」)

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1970年代はじめ、学生運動のアジトとしても機能した木賃アパートを調査した重村。その研究成果がまとめられた木賃アパート特集は、数百万木賃アパート居住者同志諸君に向けた都市居住革命の見取り図だったのでしょう。

この木賃アパート特集は、月刊誌『都市住宅』が1972年から73年までの2年間にわたり、全24号分で展開したテーマ「集住体」を構成する一冊でした。1970年代は、あらためて集まって住まうことの意味を再確認する機運が生まれていたのでした。

負の遺産を正の価値へと転換する

さて、『モクチンメソッド』は、何よりも一般的に「負の遺産」とみられがちな木賃アパートを手掛かりにして、むしろその木賃アパートが持っているポテンシャルを活かすことによって状態を好転させ、「つながりを育むまち・社会」をつくるという点が特徴の一つです。

この価値転換は、先に紹介したように重村力による木賃アパート特集が一つのルーツにあるわけですが、カングリー精神を旺盛にして考えてみると、この負が正に鮮やかに切り替わる着想は、ある名著も思い出させます。それは、延藤安弘ほか鮫島和夫、立成良三、杉本昇の共著による『計画的小集団開発:これからのいえづくり・まちづくり』(学芸出版社、1979)。

ミニ開発がもたらす住環境への悪影響をまちづくりへの秘策に転換するこの一冊は、雑誌『建築と社会』の特集「ミニ乱開発から計画的ミニ開発へ」(1977.10)、さらには建築学会誌『建築雑誌』の低層集合住宅特集の記事「計画的小集団開発のすすめ」(1977.5)などなどで発表されたものを再編してまとめたもの。

『計画的小集団開発』の第一章(延藤担当)には、当時問題視されていた「ミニ開発」を「ミニ乱開発」と「計画的小集団開発」という二つの側面があると指摘しました。そして同書の位置づけをこう書いています。

世間全体に新たに自覚され始めたミニ開発の負のポテンシャルの具体的現象の検討を通じて、それを正のポテンシャルに転換させるの条件を考察するという視点が、この小論の立場である。
(延藤安弘ほか『計画的小集団開発』)

『モクチンメソッド』もまた「木賃アパート」という地域空間を空洞化させるリスクをもった存在について次のように書いています。

木賃アパートそのものが社会リスクであり、同時に、豊かな可能性を持ったアンビバレントな存在であるということに気づかされるでしょう。
(連勇太朗ほか『モクチンメソッド』)

両著の共通点はたくさんありますが、そもそもの共通点として、いまあるものをどう活用するかというリーズナブルへの着眼があります。

大所高所から正しいことを言っても現実の変革にはつながらないという危機感。『計画的小集団開発』まえがきでも「ミニ開発」について「防災面・生活環境面・地価の押し上げ等の問題をはらむとして非難するのはたやすいが、それだけでは何の解決にもならない」とし、「リアリズム的計画行政の展開」の重要性が語られています。

『モクチンメソッド』という着想もまた、著者である連勇太朗が「建築家として、自分が直接的にすべてをコントロールし、一軒の建物を「作品」としてつくっていくのではなく、情報を徹底的にオープンにすることで、多様な主体と協働し、敷地境界線を飛び越えていく」ことの重要性を日々の実践のなかの無力感から思い知ったのだそう。

複雑にからまる諸問題をスラムクリアランス的に一掃する方法が間違いだったのは戦後の歴史が物語っています。いまあるものの来歴と問題点と可能性を、社会や経済、生活との関連のなかで読み解くのもまた、両著に共通した問題意識でしょう。

そして、その読み解いたものを皆が活用できる仕組みづくりを重視する点も大きな共通点だと思われます。

「モクチンメソッド」を実践するための「モクチンレシピ」のウェブ公開は、手間暇掛けて洗練されたもの。そういえば『計画的小集団開発』を書いた延藤安弘もまた、晩年に『まち再生の術語集』(岩波新書、2013)と題し、44の術語として自らのまち育て論を示しています。

「自分の生きる現場から状況を変えることを楽しむ」ためのキーワードを読者に提供したものです。いわば「まち再生メソッド」。

いえづくりからまちづくりへ/そして、いえづくりへ

『計画的小集団開発』が出版された当時、延藤安弘は京都大学巽和夫研究室の助手としてハウジング研究に邁進する日々でした。そんな延藤にとって「ミニ開発」に関する研究は、それまでの住宅供給研究をいえづくりの実践へとつなげるだけでなく、さらにはいえづくりを介したまちづくりへと展開させていく糸口になったのも注目されます。

1968年以後の住宅産業論ブームに乗って、もはやコントロールできないほど大きなムーブメントと化していたハウスメーカーの動向を横目に、京大西山研、そして巽研が展開してきた住宅産業の善導というテーマは、徐々にそこからこぼれおちていた零細工務店や大工による家づくり、そして、そうした住まいを欲する住まい手の住意識に照準を定めていきました。

『計画的小集団開発』に序文を寄せた延藤の師・西山夘三は、上記背景をふまえつつ、この本の意義を「住宅をつくることを町づくりに有機的に結びつけ・・・」と表現しました。ご存じのように、この後、延藤はコーポラティブ住宅の研究、さらには住教育やまちづくりの研究・実践へとシフトしていきます。

「モクチンメソッド」もまた、木賃アパートの改修という一工事ではなく、その連鎖によって都市を変える戦略として捉える点に価値があります。「小さなことからコツコツと」。それが「関係の絶対性」(吉本隆明)の束縛から解き放ち「関係の偶然性」をもたらす都市居住革命になる。

ところで、『モクチンメソッド』の最後には、ポール・グレアムの『ハッカーと画家』(オーム社、2005)を参照しながらなされる次のような説明があって、なかなか印象的です。

システム全体の刷新ではなく、既存の社会システムを、まずは所与のものと認めたうえで、まさにハッカーがそうであるように、そのシステムの一部を別のシステムで書き換えるようにして、方向転換を図る。それがモクチンレシピでやろうとしてきたことです。
(モクチンメソッド、p.188)

そう。それはモクチン企画がめざすゲリラ的なまちづくりの喩えであると同時に、延藤流まち育ての研究・実践がやろうとしてきたことでもあるんだなと思います。延藤は「まちづくり」の研究から「まち育て」の実践へと舵を切ったことから、次第に「いえづくり」の世界から離れていきました。

一方でモクチン企画は、いえづくりに軸足をしっかりと置きながら、まちづくりとのつながりを模索しています。「あとがき」に記された「次の時代の建築を追求したい」という宣言がその証左です。

『モクチンメソッド』と『計画的小集団開発』。同じ学芸出版社から約40年の歳月を隔てて出版された「負を正に価値転換する試み」。両著の何が共通し何が違っているのかを見定めることで「これからのいえづくり・まちづくり」を考える数々の手掛かりを与えてくれそうです。

今まさに「ニュー型」木賃アパートに住む自分事として「小さなことからコツコツと」考え、実践してみようと思います。

(おわり)

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