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「スイカ大先生」─バーテンダーの視(め)

 すっかりと夏模様になり、梅雨のじめじめさも抜けてきた7月のBARでは必ずといって良いほど見かけるメニューがある。

 開店直後の店内で大物俳優の如くたいてい店内の1番目立つところへ居座り、「早く私を味わいたまえ。」と言わんばかりの風体で彼は出番を待っている。誰もが知っている夏の立役者"スイカ"先生である。

 6月の彼はまだ味がしっかりしておらず、9月にはまるまる太った物は見かけなくなってしまうのでカクテルの材料へ起用するならば7月、8月の2ヶ月間だろう。その間は毎日のように何度もオーダーされるのでまさに大立ち回り、1度ステージに上がれば会場を大いに盛り上げてくれる。

 いつ頃だったか、どの会社が始まりだったか……。全く思い出せないのだが、『スイカのソルティドック』と名付けられていたウォッカと塩を使ったカクテルは『サマーソルティ』とハイカラな別称がつき、現在もBARでは大人気だ。

「スイカのカクテルなんてあるんですねぇ!こっちにもくださいな!」と。

 さぁ、始まった。

 種がある都合上、刃のついたバーブレンダーでは加工しづらいスイカの果肉はシェイカーの中で直接潰すのが一般的なので、そのジューシーな見た目と店内に立ち込める青い香りでオーダーがオーダーを呼ぶのだ。

 果ては来店したばかりの方々も何を感じ取るのか「スイカのカクテル、2つで。」となどと言い出して、週末は赤いカクテルで埋め尽くされる日もある。そんな中で涼しい顔をしながらせっせと果肉を潰し続けるバーテンダーさんはある意味で見応えがあるのかもしれない。

 群馬県の田舎育ちである僕としてはあまりスイカを神格化する事はなく、むしろ実家や保育園の"おやつ"として頻繁にそのまま囓らされる期間が繰り返しあったためか少し抵抗があったりする。食べきらないと叱られたりもしたので非常に辛かった。

 同じ理由でメロンや柿、里芋などは当時の"おやつ"の定番で、幼少の頃の記憶を感じさせるのか大人になった今でも進んで口にすることはない。

 そんな僕でもサマーソルティは飲むたびに美味しいなと思うし、秋には柿のカクテルも飲む。カクテルや料理というような"手を加える"事で苦手な物も克服できる。

 なんとも素晴らしい。

「地元にすごく安い値段のフレッシュフルーツカクテルを売りにしている店があって、ちゃんと果肉を沢山使っているのに笑ってしまうほど美味しくないんですよ。ここのは美味しいのに、何が違うんですか。」

 常連のお客様にそんな質問をされた事があった。

「きっと、本当に生絞りのフレッシュカクテルなんでしょう。」

 お客様の頭にはてなマークが浮かぶ。

「バーテンダーはその時期のフルーツを買う度に毎度味見をして、足りなければ果糖やリキュールで調味するんです。ただの生絞りほどカクテルの材料にならない物はありませんよ。」

 バーテンダーは料理人と同じ。

 カクテルには、材料だけでなく作り手の考えや思いがしっかりと溶け込んでいるのかもしれない。だからこそ苦手に思っている野菜や果物でも、美味しく飲めるのだろう。

 まだの方はぜひ、スイカが嫌いでも、サマーソルティから夏を感じてみてくださいな。

『スイカのソルティドック』

・ストリチナヤウォッカ 40ml
・スイカの果肉     適量
・フルーツシュガー   適量

ティンへスイカを直接マドルし残りの材料で調味したあとにシェイクする。
塩でスノースタイルにしたグラスへ漉しながら注ぐ。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。