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「イチゴな季節」─バーテンダーの視(め)

 仕事柄、ほぼ毎日のように果物屋さんへ足を運んでいるので、季節の変わり目なんかは普通の人よりも感じやすい。「旬の魚は寿司屋へ、旬の果物はBARへ」なんて言葉が昔はあったらしい。

 それがどのくらい昔の事なのかは解らないが、11月も後半に差し掛かり、店頭へ並ぶ、その小さな赤い艶やかな子達を見て、

「あぁ、また忙しい12月が始まるんだなぁ」

 と、あまり風情のない事を思ったりしている。”イチゴ”の季節が、また今年もやってきた。

 中学生の頃までは、ショートケーキが大好きだった。

 と、いうよりも、それくらいしかケーキ(今ではスイーツ?)を知らなかった。たまに頂き物で我が家を訪れる”バァムクーヘン”や”シュークリーム”などは、同じ菓子といっても別物に思っていたし、なんだったらおばあちゃん子だった僕はお団子やお饅頭のような和菓子を日常的に食べていた。そこで誰しも経験するであろう年に1,2回あるお祝いには、ショートケーキが決まってホールサイズで食後のテーブルにトンッと置かれ、それを切り分けるのが楽しみだった。

 何時しか、父親が単身赴任でずっと家におらず、兄も部活やら受験やら、最終的には独り暮らしをするために家を早々に出て行ったので、ホールのショートケーキが並んだのは僕が13か14歳までだったか。そこからは母が単品のケーキを買うようになり、”ミルフィーユ”や”フルーツタルト”、”ガトーショコラ”に”レアチーズケーキ”。そんなテレビでしか見た事のなかったハイカラなモノが次々に到来する。まさに黒船来航。文明開化がなされたのだ。

 今になってふと、食べていたそれらのケーキちゃん達を思い出してみると、どれにもイチゴが使われていた気がする。当然、生だったり、ナパージュされていたり、ソースだったり……、砂糖と油の塊を最後まで美味しく食べ切るためには、少し酸味のアクセントが必要か。そう考えると、チョコレート系のケーキはあまり僕は食べていなかった。

 ちなみに少し話を戻して、カタカナで書くからややこしいのだが、「イチゴのショートケーキ」の”ショート”と、「ショートカクテル」の”ショート”は、違う意味である。まぁ、僕も最近知った事なので偉ぶるつもりもありませんが、カクテルのショートはそのままの意味で”短い”。つまり美味しく口に出来る期限が短いってゆー事で、ショートカクテルの対にはロングカクテルがあるけれど、ケーキのショートはショートブレットと同じ”サクサク”しているって意味なのだそう。ロングケーキって、確かに聞いた事がない。

 12月も中旬になり、その赤い実がぷっくりとしてきたらいよいよBARのカウンターへ並び出す。

「イチゴのカクテルって出してますか?」

「すいません、それ、来月からなんですよ」

 どこかで聞いた事のあるやり取りを毎週しながら、マスカットやイチジクで秋を乗り切る。11月に先んじて売られている物は生で食べたり、ジャムに加工するなら良いのだけれども、お酒に混ぜるどうにも気の抜けた味になって、使いづらい。

 夏にはスイカのカクテルが、ひたすらにオーダーされると昔書いた事があったが、冬のそれがイチゴである。

 オススメは定番のシャンパーニュで合わせた”ロッシーニ(レオナルドとも)”で、フローズンなんかにしても美味しい。温かい店内で飲む冷たいカクテルは、なんて背徳感があるんでしょう。

 とはいえ、実のところイチゴは2月頃が旬なので、このカクテル達とはこれから3,4ヵ月の間、一緒に過ごす事になる。どうにも作り飽きてこようが、ひたすらに作る。作り続けなければならない。

 そういえば、イチゴ農家さんは潤った富で皆こぞって豪邸を建てるのだとか。”イチゴ御殿”って今の人は御存じないのかも。

 我々バーテンダーが、”イチゴカクテル御殿”を建てられる日が来るのは、あと何度冬を経験したら良いのかしらね。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。