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「蒼い救世酒」─バーテンダーの視(め)

 突然ではあるが、4ヶ月で7キロの減量に成功した。キッカケは自身の仕事場へ久しぶりに顔を見せてくれた古い常連さんの「丸くなったねぇ」という一言だった。

「え、そうですか?」

「うん。良い意味で貫禄がついたよ。男の30代はそれくらいじゃなきゃぁな」

 僕の返した言葉には、明らかな「ついに身近な方々以外にバレてしまったかぁ……」が内包されていたのだが、それも見破ったのか実に紳士的なフォローまでしていただく始末。

「これだけ長い営業時間で夜働いてて、いつも元気な笑顔でいられるだけ褒められたもんだよ」

「いやぁ、あははは……。少し気をつけてみようと思います……」

 不規則な生活の水商売業。一応日々の健康に気を使って平日は自炊をし、しっかり食べるように心掛け、腕立て伏せなども自宅でやり始めたのは良かったものの、加齢からか代謝が落ちてエネルギーが余ればそりゃあ肥える。毎日お酒も飲んでいるしこのままでは良くないぞと、かくして人生初の"絞る"フェイズへと突入したのだ。

 幼少の頃より、何かを達成したいなと思ったときには必ず目標を紙に書き、さらにそのために必要な事柄を書き足して簡単な計画表のようなモノを作る。そしてそのうっとりするような表を眺めて満足し、何もしないでいて親に叱られるまでが定番の流れであった。

 しかしイイオトナの有言不実行こそ情けない事もない。今回ばかりは真剣に達成に向かった。

 まず食事。数少ない休日での外食は仕方ないとして、仕事がある日はカロリーが分からないモノを口にしないと決めた。今は色々と便利になっていて食品から栄養素を計算してくれるアプリなどもある。どうしても面倒な時はコンビニで熱量を見て買う。

 次に運動であるが、これまたお初で通い出した24時間ジムが思いのほか楽しめてしまい、夜勤明けでヘロヘロの状態でも週に2、3回ずつ1時間程度寄り、あーじゃこーじゃと身体を動かせていた。

 さて、1番の問題点は毎日の飲酒である。仕事あがりのビールは何よりも至福の瞬間だ。帰宅しつつ缶チューハイに手を伸ばすのも日課になっていた。どうしたものだろう? そういった健康面に詳しい友人へ相談してみたところ、

「無理に止める方がリスキーだよ」

 との、ありがたいお言葉が。

「どうせ今後もふとしたタイミングで飲みたくなるんだから、飲みながら痩せる方法を考えた方がいいよ。ただし、おつまみは食事のカロリーへ入れる事」

「ははぁ……、承知致しましたぁ」

 何かを得るために、何かを辞めなければならないのは世の中の理である。完全な断酒を勧められなかっただけでも良しとして、どうしようか?

 ビールを断つのは何が楽しくて生きているのか分からなくなってしまうので、大好きなドラフトの黒ビールは休みの日限定にするとして、改めてスーパーやコンビニのお酒コーナーを精査してみると、こんな悩める僕へぴったりのまさに救世主のような缶ビールを発見した。

 それが、"麒麟・淡麗プラチナダブル"である(お馴染みのあのマークに青いラベルの発泡酒)。

 最寄りのコンビニには売ってなかったため、どこかで目に付いてはいても今まで手にする事はなかったのだが、栄養成分表示を見てびっくり。思わず「なんじゃこりゃぁあ!?」と叫ぶほどだ。あぁ、もちろん心の中ででございますわよ。100mlあたりでエネルギーが31kcal、たんぱく質0〜0.1g、脂質0g、炭水化物0.1g、糖質0g、そしてプリン体も0.00mgと、ほぼ水である。いや、ここまでくると"虚無"である(もちろん褒めている)。

 毎日2缶飲むとして、発生する200kcalほどのエンプティカロリーは食事で調整する。かくして、コツコツと積み重ねた節制でようやく前述の結果にコミットしたワケだ。とはいえ外食での日本酒を減らしてハイボールやホッピーを飲んだり、変えたのはビールだけではなかったが、ストレスを殆ど緩和してくれていた蒼いビール君はやはり讃えてあげたい!

 そしていつかリバウンドしたあかつきには、またご贔屓にしよう。そうしよう。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。