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「淑女のコスモポリタン」─バーテンダーの視(め)

 ご存じかもしれないが、BARのメニューはあってないようなモノである。それ故に酒場をこよなく愛する皆々様からはしばしば驚くべきオーダーをしていただき、日々我々はそれで腕を(頭を?)鍛えてもらっている。

「今の私に似合うような、ステキなカクテルをください」

「はい……、かしこまりました」

 こんなトレンディドラマの観すぎかと思われるやり取りも随分と少なくなってきたけれど、今でも半年に一度は遭遇している。その度に、「まだ絶滅してなかったのかぁ!」とむしろこのやり取りに再会できた事に喜びすら感じるようになった。

 こういう方は普段から「私に似合うステキな牛丼を」とか街で言っているのだろうか。いやいやそれはさすがに飛躍しすぎかも。しかし、「このお店で1番自信のあるメインディッシュを私に」くらいはリストランテで言っているかもしれない。

 そんな現場に立ち会った際には、自分の食事をそっちのけで同行者との会話を一旦止めてでも、その様子を眺めていたいモノだ。

 かつて自分がそれを初めて言われた時には、切り返しもそうだが何をお出ししたら良いのか分からなかった。きっと苦笑いとも取れぬなんともまぁおかしな顔になっていたに違いない。それなので、そういったお客様に日々悩むの新人バーテンダーさんにはこちら!っと通販番組のように提案したいカクテルが1つ、『コスモポリタン』である。

 クランベリージュースを使っていて綺麗な淡いピンク色。シェイクにて仕上げるショートカクテルなのでBARらしさも演出でき、さらに度数は軽め。ダメ押しとして名前の意味が「都会的な」ときている。こんなに”ステキなワタシ”へぴったりなカクテルは他にないのではなかろうか。

「ベリー系で軽めに仕上げさせていただきました。とても洗礼された大人の女性に見受けられましたので都会的という意味の、コスモポリタンというカクテルでございます。」

 などと笑顔でキザなセリフの1つでも付け足してあげれば、きっとご満足いただけるんじゃないか。あとは現代風に写真をSNSにでもアップしてもらえたならば、完璧だ。

 この『コスモポリタン』の対応力はとても素晴らしい。あとに書いておくつもりだが、材料の配分を少しずつ変える事で度数の高さや甘味、酸味まで調整がきく。

「見た目が可愛くって、飲みやすいカクテルがいいなぁ」

「少し酸味のある、ショートカクテルを。ジン以外のベースで」

「度数が高めでさっぱりしたカクテルって作れますか?」

 こんなオーダーであれば、全て1つで事足りてしまうのだ。

 しかしながらここまでべた褒めしておいて恐縮ではあるが、僕はオーセンティックに入ってすぐの頃に我が師から、おまかせオーダーでの『コスモポリタン』を禁止された。理由としては、「無難すぎてつまらないし、成長するにはある程度の負荷が必要だから」との事。

 なので今回のお話が何かの手違いで世の中に広まってしまうような事があって、ステキな淑女の皆様に知られてしまったら、今の新人バーテンダー諸君らには過去の自分よろしく、自らに負荷をかけて勉強を頑張っていただきたい。

「こんな無難なカクテルを出してきて、どういうつもりかしら?」なんて言われてしまったら、御免なさいねぇ。

『コスモポリタン』
・シロック 30ml
・クランベリージュース 30ml
・コアントロー 12ml
・ライムジュース 10ml

材料をシェイクして、カクテルグラスへ注ぐ。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。