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「最高のドラフトギネス」─バーテンダーの視(め)

 『ギネスビール』が大好きだ。取り分け生樽から入れるようなドラフトタイプのギネスは僕人生の中で最上の酒である。

 カクテルやウイスキー、ラム酒などももちろん好きで良く嗜む事があるため、それぞれに暫定1位は存在するのだが時節お客様から聞かれる事のある「最も好きなお酒は?」という質問へはこの黒ビール一択で答えている。制服の襟にもせっかく取ったバーテンダー認定試験の合格バッジを付けずに、知人よりいただいたアイルランドにある現地の工場見学でしか買えないギネスビールのピンバッジをしているくらいだ。

「お疲れ様です。何から飲まれますか?あ、ほら。この店は黒ビールありますよ」

「ありがとうございます……うーん、最初は違うモノにしておきます。ハイネケンがイイかな」

「そうですか、じゃあ私も同じで。すいませーん、ハイネケンを2つ!」

 日々の営業やプライベートでもギネス好きを公言しているためか打ち合わせなどで稀に仕事で外飲みをする際にはそれがないお店であっても、業者の担当さん方が気を使って黒いビールをメニューから発見してくださる事が多々ある。本当にありがたい事なのだけれど、僕は”黒ビール好き”ではなく”ギネスビール好き”である。他の黒では、「あー、この店にギネスがあったら良かったなぁ」と、飲みたい欲をさらに増幅させてしまうため、面倒くさくってごめんなさいねと心の中で気を使ってくれた関係者の方々に謝りつつ、適当なハウスビールで済ます。

 ここまで陶酔しているので、本当なら現地の工場見学へは自分でキッチリ行ってピンバッジの1つでも手に入れたいのだけれども、仕事柄連休があまり長期で取れないためにヨーロッパは元より海外旅行などはめっきり行けていない。

 随分と昔になるが、近場のシンガポールで何日間かBAR巡りとカジノ遊びに興じた事があったけれど、あれは本当に楽しかった。アイルランドやスコットランドに行くのであれば1週間近くの休みが必要になる。もし行けるタイミングが来るとするならば、それは今の職場を辞めた時か、独立して自分のお店を作った時くらいだろう。いつになる事やら……。

 先日、「出張でアイルランドに何ヵ月か滞在していたのだけど、アイツらなかなか面白い飲み方をしていてね」と、久しぶりに日本へ戻られたお客様より貴重なお話を聞かせてもらう事が出来たのでここで紹介しよう。

 イメージにある通り、アイルランドはオーセンティックなBARは全く無かったが、立ち飲みのBAR……所謂PUBがあちこちで展開しているそうだ。夕刻になればギネスビール片手に英字新聞を読んでいるサラリーマンが多く観られて、それはそれでなかなか風情があるのだと云う。面白いのは彼らの注文の仕方で、PUBに着くとまずカウンターで必ず2杯のギネスビールをオーダーし、受け取るとそれらを持ってスタンド席へ移動する(おそろく例外はあると思うが聞いた話なのでそれは許してほしい)。

「俺は2杯飲むから、長くこの店に居させてくれよな!」という合図と云うか、風習との事で2名で来店すれば4杯。それらをチビリチビリを飲むながら思い思いに永い夜を過ごすのだ。そして、わざと2杯目をぬるくする事で黒ビール本来の風味を立てるという意味合いもある。なんて素敵なのだろう。

 ほとんどのお店がキャッシュオンであり、そもそもぬるくなって美味しいギネスビールが国民酒だからこそ出来た文化であろう。感心し、さっそく近所のアメリカンダイナーでマネをしてみたところ、

「理にかなっているし面白い話だと思うけど、ていくさんって1パイント(1PINT=568ml)飲むのに15分かからないじゃないですか。ぬるくするには同時に5杯くらい作らないと意味がないのでは?」

 と、バーテンダー諸氏に笑われてしまった。ホント、失礼しちゃうわね。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。