「ご自慢のピクルス」─バーテンダーの視(め)
モノづくりの世界にいれば、大なり小なり何かしらのこだわりが自分の中で増えてきて、それが年々複雑に絡み合う事によって他の人から視て一種の奇人と言いますか、バーテンダーや料理人が”少しだけ特殊な人”のように映ってしまう事はままある。
以前に書いたミックスナッツの話(最後に載せておく)がまさにそれで、あまりにも味の組み合わせや配合比率に対して熱心になりすぎてしまったせいで、8つほども年の離れたアルバイトさんから、「大丈夫ですか? 最近忙しいですから、少しくらい休んでください」などと生温かい言葉をかけられ、流石にこれはイカンなぁと我に返った。
そんなどこのBARにでもあって、出す側のこだわりを感じれる物の1つに、『自家製のピクルス』がある。
今までイタリアン、フレンチ、オーセンティックバーなどなど、目につけば必ず頼んでいたので、それこそ何種類のソミュール(漬け液)の味を試しただろう。その中で、特別思い出に残っているお店は数年前に行った旅先の北海道だ。
「これ美味しいんですけど、かなり酸味が強く作ってありますね」
「えぇ、そうなんですよ。先代のレシピで今も出させてもらっているんですが、どうやら昔ってこういう味が流行っていたらしいです。ピクルスというより、洋風お漬け物って感じですよ」
昼間に余市蒸留所の見学を終え、仕事の合間に必ずや寄りたいと思っていたすすき野の”BARやまざき”さんにて”やまざきピクルス”なる物を食した際、使っている野菜はセロリや人参など普段から見るラインナップであるけれど、一段とシャキシャキとした食感と強めの酸味(というより甘味が抑えてある? )が非常に心地良かった。
「実は料理の仕事に就いていまして、ピクルスには目がないのです」
僕がそう言いながらバクバクと口に運んでは、合間にオリジナルカクテルを飲んでいるのを観て、バーテンダーさんも少し嬉しそうな表情で色々と思いを話してくださった。一応、自分流の処世術として同業者を接客するというプレッシャーをなるべく与えたくないので、BARでは料理の仕事をしている事にしていて、レストランではお酒の仕事をしている事にしている。
「でも今では食べづらいという意見もいただくんですよ。何せこの酸味は、砂糖を入れたくらいじゃぁまとまらないので。何か良い案はないですか? 」
いやいや、そんな恐れ多い……。フードメニューであろうが創業60年を迎えるオーセンティックバーのレシピに、こんな若輩者が何かを物申すなんてとてもとてもできませんぜと、驚きでむせ返りそうになってしまったが、ここで話を切ってしまってもそれはそれで申し訳ない。冗談でもせっかくそんな話題を振ってくれたのだから、こちらも少しくらい語った方が良いのだろう。
「そうですねぇ……、唐辛子を減らしてブラックペッパーを増やすとサッパリまとまりますし、甘さは上白糖ではなくハチミツやフルーツシュガーで調整すると自然になる気がします」
「ほう」
「僕のところでは湯剥きしたミニトマトとしめじに茗荷、きゅうりとカリフラワーの5種類で出しているんですが、もしやった事がないならばしめじはぜひ試して欲しいです。和風の食材ですし、もしかしたらこの液にも合うかもしれません。軽く湯通しすれば簡単に漬かります」
「ほうほう」
酔いもあってか先程までの心で想った謙虚さなど語り始める内にとうに忘れ、思い出すだけでも恥ずかしい熱弁をふるってしまっていた。ふとまた我に返り、照れ隠しにさてさて次のBARへ向かいますとカクテルをグイと飲み干す。
「しめじのピクルスって初めて聞きました。家でも試してみます」
今もいらっしゃるか定かでないが、帰り際にもらった女性バーテンダーさんのそんなセリフも酔っ払いには嬉しかった。その後、BARやまざきさんへ伺う機会はないが、もしも具材にしめじが足されているような事があったら、感動してアタクシは号泣してしまうやも。
また時間を作って飲みに行きたい。お仕事ももうちょっと頑張ろうかしら。
ミックスナッツの話もぜひ読んでみてくださいね。
『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。