telecasterの外の夢(2)
9月の初めに、理沙からlineが来た。少し、話が出来る?とそれだけ。僕は少し後ろめたい気持ちがしたが、ほぼ毎日会っているのに、二人では会えないというのもおかしな話のような気がして、良いよ、と短く返事をした。正直強がりだ。
最寄駅でも僕の部屋でも何でもなく、渋谷。東急百貨店の方向に、渋谷を避けるように歩く、渋谷。そこのコーヒーショップで会うことにした。
理沙は喫煙ルームにいた。居るだけで灰皿は置いていない。僕はアイスコーヒーと灰皿を片手に、理沙の向かいの席に座った。
エアコンが壊れていて。店内は少しだけ暑い。理沙は肩を出した黒い花柄のワンピースで、スマートフォンをいじっている。
ごめん、突然呼び出して。ちょっと近くでは話したく無かったから。
僕は煙草に火をつけて、全然良いよと短く言った。
拓の話、なんだけど。私は自分の声が、全然好きじゃなくて。
どこらへんが拓の話なんだ。つっこむ代わりに僕は煙草を一口吸う。
ただ拓は、そんなの思いっきり叫んで忘れればいいよって言って、それで拓のバンドに入ったんだけど。確か、誰かの送別会でカラオケに行った後だったかな。すごい歌いづらそうに歌うよな。って言われて、その後。
そんな事考えもしなかったし、上手く歌いたいのは事実だったけど、殴り捨てる事が上手いって事も知ってたけど。すごいね、拓の言ってる事は本当なんだって、納得しちゃって。ずるずるしてて。
僕は頷いた。修羅場にならないだけマシだけど、相談事はやっぱり重い。
どこか、拓のことお兄ちゃんみたいだって思う。本当はお兄ちゃん、居るんだけど、何年も会ってないし、顔も今とは違うと思うけど。
何か言いたかったけど、僕にはまだ言葉がなかった。
それでね。直人さんと拓が住むようになって、遊びに行くようになって。正直、嫉妬してる。
理沙が考えてるような事は何もないよ。そう反応したが理沙は僕の返答を遮り、食い気味に続けた。
違うの。拓はわがままだし、私の話なんか聞いてくれない。私は、拓のバンドにいたいわけでも、辞めたいわけでもなくて、拓と兄妹になりたいの。その為に、直人さんを避ける事は出来なくて、直人さんは、どうなのかなって、聞きたかった。
馬鹿げた話、だった。僕と拓は違う道を歩いているし、遮るルールをいくつも決めている。家族なんかじゃないし、ましてや兄弟でもない。僕が理沙を否定する事は出来ないのに、彼女は申し立てをしに来ている。おかしな話なのに、僕は即座に返答する事が出来なかった。
ごめん。すごく、わかんない。俺と拓は理沙が思うほどの関係じゃないし、何か言える立場じゃないよ。
理沙はなんの疑いもないような顔で、続ける。
今のまんまでも、いいよ。良いんだけど、透明過ぎて、疲れる。例えばさ、あの家に私と直人さんだけで2人で仲良く過ごしたって、いいわけじゃん。だけど、それをするの、すごく気を使うんだよ。直人さん今日みたいに、煙草吸っても良いんだよ。隠れなくたって私は許すよ。
行き過ぎた純粋さが、時に人を傷つける。そんな言葉がよく似合うなと、僕は感じていた。
理沙の中での理想は、僕たちの間にかかる矢印が、真っ直ぐで、ねじれていなくて、なおかつ綺麗に三角形を書いていてほしい、そういった類いの話のように感じた。三角形の中で生きていく、その事に理沙はなんの不安もないし、利害もないのだ。
それに対して僕は利害でがんじがらめだ。拓との距離も変えたくない、けど理沙からこういう話をされるのは、苦手だけどそう悪い気分はしない。秘密を共有して、拓の分からないところで何かを決める。スリリングだし、どこか平静でいられる。だから僕はこんな事を言ってしまう。
お互いにさ、大事にしたいなら踏み込まない部分を作るよ。それって家族も同じだよ。だから、理沙に気を使う。良いんだそれで。
いい人を演じる時、僕はいつも、うまく笑えない。
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