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telecasterの外の夢(1)

見る気もないテレビを流しながら、コーヒーを喉に流し込んで、煙草に火を点ける。2DKの部屋に2人で住み始めて1ヶ月が経った。
拓の前では大っぴらに吸えない。拓もきっと同じで、僕がいない時にしか、出来ないことがある。
お互いの影に干渉しない。そういう小さい決まりを作ってやっと今完成しつつある。

扉の閉まる音が密かにした。拓はいつもマーチンを脱ぐのに時間がかかるから、まだ土間にいる。

おつかれ、どうよ。

今日はまだ開けてない。

拓はビニール袋を靴箱の上に乱雑に置いて、ギターケースを食器棚に立てかける。
背後の扉からひょっこりと、理沙が顔を出す。
毎回人目を窺う猫のように入ってくる理沙を見ると、少し申し訳ない気持ちになるが、仕方ない。
理沙は拓のバンドのヴォーカルで、2人は当然のように付き合っている。なのに、一つ屋根の下に住んでいるのは僕で、理沙は次の部屋の更新日までずっと客人だ。それらは全て、拓のわがまま。

ギターケースを置いたまま、3人で拓の部屋に入る。アコースティックギターがベッドにそのまま立てかけてあって、床には昨日のストロングゼロの空き缶が2つ。拓はベッドに腰掛け、理沙は床に落ちているゼブラ柄のクッションを抱き抱えて座る。僕は靴箱の上から持ってきたビニールからストロングゼロの缶を3つ、彼らに差し出す。理沙は爪のせいで開けられないので、渡す時にプルタブを開けて渡す。

直人、松屋、どうだった。

今日はなんていうか、人も多いし、でもなんかみんな疲れてた。日本の休日感はないよね。

そっか、お疲れ。

拓はアコースティックギターを取り、調弦を繰り返す。僕と拓と理沙は、別の生活をしている。お互いの腹を探らず、平行線。拓はそんな僕に興味があるのかないのか、分からない。

直人、合わせる。歌おう。

拓は調弦を終え、そのままの流れでイントロを弾き始める。ニルヴァーナ、heart-shaped boxだ。僕はうつむきながら身体をゆっくりと揺らし、細くした声を出す。

悲しい歌じゃあない。これは、ヤケになっているあるつまらない男の詩だ。拓のギターは、こんな時やけに繊細だ。理沙は口を固く結んで、クッションに隠れながらじっと歌う僕の姿を見ている。そんなきつそうな顔は辞めてくれ。
時々こうやって、拓と僕の間のセッションがあった。観客はいつも理沙一人、歌うべきは僕じゃなく、理沙だと思っている。拓はいつもそれを頑なに拒む。

理沙は拓が昔のバイト先で見つけてきた。元々アイドルかなんかやっていたらしく、普通に美人だ。拓は彼女の歌も、容姿も、僕の前では一度だって褒めたことがない。あとは、髪を染めたりするのも嫌がった。だから、黒髪のストレート、お陰様で、実年齢より幼く見えるし、あざとく見える。
理沙と二人で話した事は一度もない。だから僕はこういう時、彼女の居住まいの悪さをいつも感じずにはいられない。

拓が作ったルール。理沙と三人で部屋に入る時は必ずストロングゼロを一人一缶は空ける。これが、平等って事らしい。みんな酔って、それでおしまい。あとは、理沙と拓は絶対にこの家でセックスをしない。隣の部屋に僕が居ようが、気にしなくていいと僕は思っているし、実際に拓にそう言ったが、そんな気分になれないと、拓は頑なだった。僕はふざけて拓が居ないうちに、ベッドに避妊具を三箱もプレゼントとして置いたことがあったが、翌日には洗面台の下に、粉洗剤の横にしまわれた。未開封だった。

歌が終わり、拓は余韻に浸っているようだった。理沙は、こっちを真っ直ぐに見据えながら、身動ぎもしなかった。拓がギターをベッドに立てかけ、缶のプルタブを開け、僕も開けた。理沙もクッションを傍らに寄せて、缶を手に取った。みんなで掲げて、一口目を含んだ。頭が少し、ヤニでクラクラになったみたいにぼうっとして。僕はいつも口には出さず、理沙に言い訳をするのだった。

サポートはお任せ致します。とりあえず時々吠えているので、石でも積んでくれたら良い。