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ツイッターは「試食」、noteは「バー」なんじゃないか説

 Webメディアを飲食の世界でたとえてみました。

 まず、ツイッターは「デパ地下やスーパーの試食コーナー」です。

 いろんなお店が軒を連ねていて、いろんな食べものが並べられています。あなたは無料でお店のものを試食できます。「うん、これはおいしいね」「んー、これはいまいちかな」。おいしいなと思ったら「いいね」をしたり、連れやまわりの人に「ここ、おいしいよ」と教えたりします。

(おいしかったらその場で買えるじゃないか!というツッコミはなしでお願いします。そこはぼくも論が弱いなあと思っているところですw)

 一方、noteは気軽に立ち寄れる「バー」みたいな感じです。

 バーに行くと馴染みのマスターがいます。5分10分マスターと他愛もない話をします。「また来るね」といっていくらか払ってお店を出る。そんなイメージです。

「試食」だけじゃ伝えられないことがある

 昨年までぼくはツイッターだけを使っていました。自分の肌に合っていたからです。ツイッターで十分だと思っていたし、140字というのが自分の考えを凝縮して伝えるのにはちょうどいいフォーマットだと思っていました。

 ブログやnoteにはあんまり興味がありませんでした。これだけ情報があふれていて、日々いろんな人が発信しているなかで、ぼくが1000字2000字も書いたものを読んでもらえるとは思っていなかったのです。

 でも、今年に入って、ものはためしとnoteを始めてみると、ツイッターとは届く距離や深さが違うことに気づきました。これは発見でした。

 同じ内容を言っていてもツイッターの140字よりnoteの1000文字のほうが届きやすいことがある。ちゃんと文章にできれば、考えがていねいに伝わり、刺さり方が変わってくる。ぼくというキャラクターをわかってもらうこともできるのです。

本というメディアは「レストラン」

 なんでこんなに伝わり方が違うんだろう? と考えてみたところ、思いついたのがこの「ツイッターは試食」理論です。

 ツイッターはどんなにいいことを言っていても「試食」に過ぎません。「いいこと言うね」「おもしろいね」「ウケるね」みたいな感じで、ひとつひとつが「軽い」。ファンを作ることもできるんだけど、所詮「試食」止まりだから、課金までのハードルはなかなか高いんです。

 ブログやnoteは、読むのに少し労力がいります。お客さんにとってハードルが上がる。でも、だからこそ逆に「コミット具合」は上がります。

 noteは「バー」みたいだな、と思ったのはそういうことです。試食と違って、一度お店に入らないといけない。時間もある程度必要です。でも、気に入れば常連さん、ファンになってもらえるし、お金をいただくこともできます。

 その延長上で考えると、「本」というメディアは「レストラン」です。ここぞというときに、ゆっくりディナーを楽しむ感覚に近い。時間は数時間かかるし、料金も1000円以上かかります。ハードルはなかなか高い。

 でもレストランでのディナーは特別です。そして素敵な思い出になります。本というメディアへのハードルは上がっていますが、そのぶん満足してもらえれば読者ひとりひとりにとってはかけがえのない貴重な体験になるはずです。

 メディアを飲食の世界でたとえてみると、いろいろおもしろいことに気づくんじゃないかなーと思った話でした。

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冬のマックブックはキンキンに冷えている
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株式会社WORDS代表取締役。『メモの魔力』(前田裕二)『実験思考』(光本勇介)『段取りの教科書』(水野学)『ぼくらの仮説が世界をつくる』(佐渡島庸平)など書籍の編集・執筆。「週刊文春」「ハフポスト」などでも執筆。SNS時代の「伝わる文章」の探求をしています。ポテトサラダが好き。
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