ダンスなんてやる予定じゃなかった

最近ダンスを習い始めた。アイソレだのカウントだのよう分からんけど、マジで疲れるんだってことだけは覚えた。スキップだけでもこんな疲れるようになったなんて、ほんとに歳をとってしまったんだなと感じる。

勿論そんな年になって新しい運動を始めたもんだから、体にも不調が出る。まず筋肉痛。膝を暫く伸ばしていただけで次の日は階段をフラフラで降りるはめになる。地味に恥ずかしいんだ、他の人に見られるとさ。

あとは食欲が減衰した。そりゃそうだ、ずっと動いてるんだから胃にモノなんて入れない方がいい。おかげで痩せたかもしれない。変化がなかったり、逆に増えてたらショックだから、まだ計ってないけど。

猫背が改善したとかはないだろうし、自覚した変化といえばそのくらいかな。体の動きよりも心の動きの方が後の人生に影響を与えそうだな、こりゃ。


数か月前の話。姉が自殺して、私は一人ぼっちになった。

姉は脚本家になりたがっていた。それに気が付いたのは、姉の遺品から「SAVE THE CAT」を見つけた時。それから私は姉の居場所を埋めるようにして、脚本家を志すようになった。

何も物語や小説が好きなわけじゃない。私にとって脚本は、彼岸の姉の残り香のようなもので、人間を低俗的に肯定する手段でしかなかった。とはいえそんなものの勉強のために身銭を切っていたのだから、私もなんだかんだで嫌いじゃあないんだと思う。退屈じゃないとも言い換えられる。

でもある日、姉を知る人が私をとある劇団に誘った。決して大手とは言えない所だったけど、その分アットホームな感じがして、まぁ悪い空気ではなかった。コネができればいいなぁ、そのくらいの軽い気持ちで私は入ることにした。

で、「ダンスなんてやる予定じゃなかった」ってワケ。裏方をやりたいってずっと言ってたんだけど、なし崩し的に表の動きもやるようになったって感じ。でも楽しいか楽しくないかで言えば、たぶん楽しんでいる。退屈は人を殺すけど、私はまだ生きているのだもの。私の目的からは遠回りしている気がするけどね。


辞めればいいじゃないかって意見もあるけど、人間って一度所属した組織を辞めるのは相当覚悟がいると思うのよ。経験上、それでもなりふり構わず突き進むタイプは成功するか失敗するかのどっちかだ。私はというと、次の場所に架かる石橋を、叩いて渡るタイプ。だから次の場所で私の役割が明確になり且つ人から必要とされていると認識するまでは、この場所は辞められない。それでも不安な気持ちを完全に払拭することなんてできないけどね。


今日は久しぶりの晴れだった。暑くもなく寒くもなく、緩やかなる炭火の停滞を感じさせる、そんな日。だったはず。ここのところ海馬が縮んでいて、どうにも思い出せなかったり記憶に自信がなくなったりと、まるで絹布にボールを投げたような歪みを日常的に抱えている。だからもしかしたら、今日は雨だったかもしれない。でも人生全体も、きっとそんな感じなんだろう。終わってから省みて、楽しかったかもしれないし、退屈だったかもしれない。

自殺した人間にこんなことを聞くのはひどく暴力的だけど、姉は人生を楽しでいただろうか。今となっては知り得ない答えだけど、姉はきっと人生を謳歌していた。だって姉は、脚本家志望の未来を私に伝えてくれなかったんだもの。人生が楽しすぎて、退屈なんて知らなかったから、脚本家になるなんて言い出せないほど、姉は、きっと、最後まで、ずっと、ずっと、一人で、生きていたんだ。姉の人生が、幸せなら、私は、それでよかった、と思ってる。と、思いたい。姉は脚本家になれなかったけど、きっと、きっと、姉は彼女の人生で、脚本を完成させたんだ。お願い、姉さん、これ以上私を苦しめないで。


「退屈は人を殺す」 姉がよく言っていた言葉だ。


ぼんやりと生きていたら、数年後、私は某事務所に所属していた。そして商業としての脚本も書くようになった。私は、物語に必ず脚本家志望の姉キャラを登場させることで知られている。それもキーキャラとして。退屈に拳銃を突き付けられたお客様には、姉は大好評のキャラクターだ。


私は姉を殺した退屈のおかげで、姉を生かすことができている。姉の人生という脚本は、私にバトンが渡され、愚公は今も山を移している。

ちなみに私を劇団に誘った人は今何をしているかと言うと、工場でクッキーを焼いている。聞いたこともない商品だったけど、地元の人には愛されているらしい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?