【その⑤】教員だった私がITエンジニアへジョブチェンジしたけど、やっぱり教育業界へ戻ってきた話⑤「そして私が着地したのは…」

前回の話は以下から。

教育×ITの仕事を求めて転職活動をした私。IT講師、プログラミング教室の先生、専門学校教員、タブレット教材の開発導入者…とあらゆる企業に応募するも全滅。

そんな中、転職エージェントがやたらと私にやたらと求人の紹介してくる企業があった。学習塾である。

ポジションは校舎長候補が主。「授業は学生アルバイトが行い、社員は校舎運営に力をいれる」みたいなところがほとんどである。

しかし、私がしたいのは授業なのだ。人前で話がしたい。自分の知識を披露したい。承認欲求を満たしたい。子供達と触れ合ってワチャワチャしたい。

そもそも、学習塾はブラック企業のイメージしかない。教員時代に何人か塾経験者がいたが、良い話を聞いたことがない。毎日在籍人数と合格実績に追い立てられ、深夜まで働かされる。休日だろうが上の人間から電話がかかって詰められて、精神を病む。離職率が高く劣悪な職場環境。正社員だけでなくアルバイトの講師にも無理な労働を強いる、ブラックバイトの代名詞。それが塾。

私が教員経験者だからだろう。教員経験を活かせる仕事として、学習塾を推してくるのは分かるが、自らブラック&ブラックな業界に飛び込むほど、私は阿呆ではない。

だから最初の頃は「学習塾なんか行くわけねぇだろうが!」と詳細すら見ることなく捨てていた。

しかし、あまりにも学習塾の求人を紹介されるのなら、いくつか受けてみるのも悪くないと思うようになった。

面接受けるのはタダだし、内定もらっても断ればいい。面接は場数を踏むことが大事だから、本当に行きたい企業を見つけた時のために、学習塾で面接練習しておくか。

そんな軽い気持ちで「ここなら少しはマシかな…」と思える塾にいくつかエントリーしてみることにした。

学習塾への就職なんて全く考えていなかったから、志望理由も面接の1時間前くらいにHPを見て適当に考えて喋った。

教員経験があるから「教育とはなにか」ということを語ることは難しくはないし、これまでの教育経験の成功体験だっていくつかある。それっぽいことを言うことはいくらでもできる。

面接をして担当者から「教員経験はあるけど、志望理由が弱いし、採用するのはなんか違うな」くらいの気持ちで落とされるのだろうと思っていた。

こちらも面接練習のつもりで受けてるから、落とされたところで痛くもない。

落ちてもいいや、の面接。最低なのは分かっている。これが私だ。私はそういう人間だ。

そんな半ば冷やかし程で受けたのだが、結果は思いもよらぬ方向に進んでいった。

なんと、受けた学習塾すべて内定を頂いたのである。

これまで、頑張っても2次選考止まりだったが、エントリーした学習塾からはスムーズに選考が進み、全て内定の連絡を頂けた。

そのうちの1社は、ある地域の人なら誰もが聞いたことのある大手の進学塾。大手だけあって、1〜3次面接+中高入試レベルの筆記試験を課されるヘビーな選考だった。

しかし、これがビックリするくらいにすんなり通ってしまった。

面接では「私は塾はブラックだというイメージをもっています」とも取れることをぶつけてみたりもした。

「私は学習塾はブラックというイメージしかありません。御社は職員を数字で追いかけ回し、深夜まで働かせ、入塾や合格実績のために生徒や保護者を騙すよう指示したりしてますか? 教育とは名ばかりの利益至上主義に走っていませんか? ぶっちゃけ私は学習塾はそういうのが当たり前みたいにしてる印象があるのですが。そんな私を説得してくれません?」

そんな質問を全ての面接で行った。

もはや採用されるつもりもなかったので、どう思われても構わないスタンスだった。「なんでうちを受けようとしたのか?」と思うなら勝手に思ってくれていい。それくらい肩の力を抜いて面接を受けていた。

だが、面接官はこんな私の不躾な質問に嫌な顔ひとつせず、しっかりと対応してくれた。

それどころか、面接官から次のようなことを言われた。

「たかとし様はすごい先生のオーラが出ていますね。なんか、優しくて生徒達を温かく見守っていそうな感じがします。先生、って感じでとても好感をもてます」

驚いたとともに嬉しかった。その面接は対面で行われたのだが、帰りのエレベーターの鏡に自分を映して「そうか、やっぱり自分は先生なのか…」と感慨にふけった。そしてちょっとニヤけた。

しかし、いくら面接官から優しいことを言われたとはいえ、学習塾で働いている自分の姿が想像できない。

恐らく、ブラック企業過ぎるから、離職率がとても高いのだろう。

だから、誰でも良いからとにかく人を入れて、人員を確保したいだけなのだろう。

こうして面接で褒めちぎって良い気持ちにさせて、入社したら手のひら返して奴隷のように働かせる。

絶対にそうだ。そうに違いない。ブラック企業あるある。私は知っている。私は騙されないぞ。

最終選考は役員面接で取締役レベルの人と面接をした。ここでも「御社はブラック企業でいらっしゃいますか?」という質問をぶつけたが、「うちは上場企業ですので、劣悪な労働環境だと下ろされちゃいます。安心してください」と回答された。

そしてその場で採用が決定。いやいや、こんなにあっさり決まるのも何かある。ブラックだからに違いない!

私は面接後、この企業を紹介してくれた転職エージェントの方に話をしてみた。

「なんかすんなり内定をもらったんですけど、これブラック企業だからですよね? とにかく離職率が高いから、誰でも良いから採用したいとかですよね。だからあんなに面接官は優しくて良いことばかり言ってきたんですよね。私は騙されません。知ってますよ、ブラック企業あるあるでしょ? 学習塾にブラックじゃないところがあるわけない!」

私は受話器越しにドヤ顔をキメこんだ。

「いや、普通にみなさん落ちてますよ。私もこれまで何人かここの学習塾の求人を紹介して面接を受けてもらっていますが、結構な頻度で落とされています。だいたい2次選考で落とされることが多いかも」

それでも食い下がる私。

「いやいや、そんなわけないでしょう。嘘を言わないでください。じゃぁ、どうして私はこんなにスムーズに行ってるんですか? おかしいでしょう。筆記試験だってほとんど出来なかったんですよ?ブラックだからですよね???」

「それは、たかとし様のお人柄が良かったのだと思いますよ」

「えっ…」

「もちろんお人柄もあるでしょうが、それ以外にも学校の先生と一般企業の両方をご経験されているのが強みになったんだと思います」

言葉に詰まり、頬が緩んだ。

教員経験と一般企業との経験が、まさかこういう形で活かされるとは思わなかった。私のこれまでしてきたことは無駄ではなかったのだ。人生に無駄なことはひとつもない。

次はここに人生を賭けてみよう。

そんな訳で私はこの学習塾への内定を受けることに決めた。




















…とまでは、まだいっていなかった。

もしもここで学習塾へ転職してしまったら、この数年間、IT企業で働いた経験が活かされない。活かせたとしてExcelのマクロつくって業務を効率化させる程度のことくらい。いや、学習塾なんて紙文化が色濃く残っているからそれすらできないかもしれない。それで本当にいいのか。

ITと教育のかけ算の仕事を探していたのに、着地点が学習塾だなんて。私はそんなキャリアを歩みたいと思って転職活動をした覚えはない。確かに丁寧な対応をしてくださった企業ではあったが、私が塾講師だなんて、全く想像もつかないわ!

そんなことを悩んでいたら、企業からスカウトメールがきていた。IT関連の企業からだった。

「弊社の強みはエンジニアのやりたいことを最優先することです。何がしたいのかをヒアリングし、営業があなたの希望にあった案件をとってきます。

志望理由なんていりません。あなたの思いの丈を面接で聞かせてください!

応募条件は何かしらの業務経験を1年以上してきた方です」

とてもゆるゆるな企業である。

私は最後の最後に、この企業へエントリーしてみることにした。もしこんなゆるゆるの企業で、しかも企業側からスカウトしてきた求人で採用をもらえなければ、私はIT業界とはスッパリと縁を切るつもりでいた。

エントリーして、オンライン面接を受ける。

面接では本当に志望理由は聞かれなかった。

教員からエンジニアになろうと思ったきっかけは何か、これまでどんな仕事をしたのか、どんな仕事をしたいのか、どんなことにやりがいを感じるのか…etc

「将来は講師業をしたいと考えています。ITの技術を教える業務に携わりたい。それは企業でもいいし学校でもいい。開発も続けたい。技術者であり、教育者である。そんなキャリアを歩みたい。技術を伝えることで、より良い社会をつくりたい。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える人に、私はなりたいのです」

私は自分の想いをこれでもかと伝えた。相手も私の意見に頷いてくれた。担当者によると、講師の仕事はすぐには用意できないが、いずれ会社としてもやっていきたいとのこと。やりたいことを営業がとってくるのが、我が社の精神だ。そう話してくれたので、好印象は与えられたと思っていた。

だがしかし、もしも採用されてしまったら悩む。この時、私は学習塾に気持ちが傾きつつもあったからだ。面接では人事の人から取締役の人まで素晴らしい対応してくださった。3次選考+筆記試験をクリアした。

一方で、ITへの想いも完全には捨てきれていない。

こちらに採用されたらどちらを選ぶべきか。

悩み過ぎて占い師のところに相談にも行った。1時間1万円で占ってもらったところ「どちらに行っても不安は解消できるし活躍できる。直感を信じなさい」という結果がでた。全く解決しなかった。

そして数日後、結果が届く。

さぁ、どうする。

どうしたらいい?

学習塾かIT企業か。

私の結論は?

結果のメールを開く。

その結果は、

なんと、

不採用!

「不採用かよっ!」

椅子からずっこけた。

さらに驚いたのが不採用の理由。

「今までの経験とスキルが企業側の求めるものと異なっていたため」

いや「あなたの求める仕事を営業がとってくる」って話していたじゃねぇか!

しかも、そちらからスカウトしてきたということは、こちらの経歴も把握していたのでは?

面接の時に私の想いを受け止めてたのは嘘だったのか? その時には不採用だと判断してたから、同調するフリをしていたってコト?!

しかし、この不採用通知のおかげで、決心がついた。

「IT系の仕事とは縁を切ろう」

こんなゆるゆる基準の企業にさえ、断られてしまうということは、私にはITの世界とは縁がなかったのだ。

きっとこれは、神様的なスピリチュアルの存在が、私に教育業界へ戻ってくるように導いているのだ。そして、その場所が学習塾ということなのだろう。

エージェントの方は、結構な人数が落とされると話していた。その方が私に嘘を言うメリットはないから、たぶん本当なのだろう。

私は運命とかいう言葉は信じないけれど、ここはもう運命だと信じて飛び込んでみよう。どちらにせよ、このまま今の仕事をしているよりは何百倍もマシ。

もしも学習塾へ転職して心を壊しそうになったら、すぐに離れたらいい。人生は何度だってやり直せる。

私はエージェントの方に、件の学習塾の内定を受諾するメールを送った。

これで私の転職活動は終焉を迎える。

現職の社長に退職の話をした。

「教員からIT業界にきたが、やはり教育への想いは捨てられず退職に至りました。未経験なのに温かく迎え入れて頂き、入社後も先輩や上司の方に、とても良くしてもらいました。本当に幸せなエンジニア生活でした。ありがとうございました」

迷いはなかった。

結局、自分はITの仕事は合っていないと分かったけれど、教員を辞めたことは全く後悔していない。

遠回りはしたけれど、ようやく自分の居場所を見つけることができた。私はITの人ではなくて、教育畑の人だった。

IT業界へ転職するきっかけとなったプログラミングも、これからは趣味でやっていけばいい。

私は教育の世界で骨を埋める人なのだと思った。これが自分の使命なのだ。もう、迷わない。

もしもこの学習塾を辞めたとしても、次も教育に関わる場所で働いていくと思う。それは学校の教員かもしれないし、新しい教育を実践する企業なのかもしれない。あるいは子供たちを支援するNPO的な団体なのかもしれない。

そんな訳で私は、教員からITエンジニアを経て、今は学習塾の講師をしております。

再び「先生」と呼ばれる人になりました。やっぱり「さん」付けで呼ばれるよりも「先生」で呼ばれる方がしっくりきます。

長きに渡り読んで頂きありがとうございました。

エピローグというか後日談はこちらから


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?