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ギロチンチョップ

昨夜、断続的に繰り返される「死ね」という娘の叫びはどんどん大きくなり「シュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」という絶叫に変わりました。喉から血が出そうです。さすがにたまりかねて声をかけました。

「死ねとか言わないで。大声出すのもやめて」

もちろん返事はありません。そしてまた「シュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」とか「キィェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」とか叫んでいます。

「死ねって言ってもいいから小さい声でね。肉じゃが食べる?」

「シュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

「叫ぶのやめてね。トロピカルフルーツ(缶詰)食べる?」

「キィェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」

こりゃダメだなと思っていたら、血相を変えた娘が部屋から飛び出てきました。

やられるッ!!

やられました。ボッカボカ殴られました。ものすごく拳が重い。たまりません。

娘の目の焦点は合っていません。髪の毛が汗だくです。全身から湯気が立っているような雰囲気。身長が私より十センチ以上低くても体重は私より十キロ以上です。猛獣という感じ。クマですかね。

あっという間に部屋に戻りました。

それからまた叫び始めます。今度は合間に「死んでいただきます」とか言ってます。どういう妄想なんだ。むしろ『仁義なき戦い』とか見せたほうが妄想のパターンが固定されていいのかもなあ。

それにしても轟くような雄叫びはさすがにご近所にも響き渡っているはずです。やめてほしい。マジやめて。

「死ねとか言ってもいいからなるべく小さい声でね。薬飲む?」

頓服の薬を用意しました。

どうでしょう。

出てきました。こういう時だけ素早い。あ、キャスター付きの椅子を持ち上げようとしてる。やばいやばい。椅子は前に壊したことあるし、あれをこっちに叩きつけられたらさすがにヤバい。

「やーめーてー」

そう言いながら椅子にかけた娘の手を抑えつけます。憤怒の表情の娘は私の手を振りほどきます。両手で椅子を確保する私の首筋に娘の全体重を乗せた重いチョップが何度も振り下ろされました。

いや、マジ痛いって。やめてって。

娘は何か叫んでいます。早口過ぎて何を言っているのかわかりません。振り乱す髪から汗が飛んでいます。口からは泡を吹き出しそう。

普段は絶対しない目にも留まらぬ低い重心の素早い動きで部屋に戻っていきました。

首痛いよ。いや、今日のはマジ痛いって。

部屋の中で怪鳥のような高音で叫び続けています。

なんだかもう疲れたよ。

一時間ぐらいして出てきました。

「肉じゃが食べる」

そうですか。

「ご飯も食べる?」

「食べる」

「ご飯に肉じゃがの汁かける?」

肉じゃが、久しぶりに作ったので甘めのうえに汁だくです。ご飯とは合いそうです。

「かけて」

サラダチキンとかぬか漬けは用意しませんでした。なんかやる気がなくなってしまって。カフェインレスのお茶だけ飲んでもらいました。夜の薬も飲んでいなかったのでこのタイミングで。本人は睡眠薬と気分安定薬とマグミットも飲むと言いますが、飲まなくていいよ、別に。

そのあと、夜中は起きていたようです。何度か喋っている声が聞こえました。朝の5時にまた布団を替えろとやってきました。面倒くさいなあ。パパ仕事だよ、勘弁してよ。

8時、ずっと起きていたのでしょう、部屋から出てきました。何か食べるか聞いたら「要らない」との返事。そうですか。と思ったら「やっぱり肉じゃが食べる」、了解です。

昨夜の残りの肉じゃが、またご飯に汁をかけて。今朝はぬか漬けも用意しました。娘はぬか漬けをコース料理の一品のようにそれだけで食べ切りました。

「ぬか漬け、ご飯の合間に少しずつ食べてって、いっつも言ってるじゃん。なんで一気に食べるの」

返事はありません。娘はそんなこと気にしちゃいないのです。考えたこともないだろうな。出されたから食べる、反射みたいなもんだな。

また睡眠薬と気分安定薬飲むとか言ってるけどダメだ。マグミットはいいよ。

昨日チョップをくらった首筋が痛みますが、娘に言っても伝わらないと思うので何も言いませんでした。

今日、帰ってきたら寝てました。炊飯器の中、ニ合ぐらいご飯あったはずなのに空になってる。空になってるのに保温スイッチ入ったままだ。食べきったらちゃんと切ってくれよスイッチ。7個残ってたはずの玉子が3個になってる。これは玉子かけだけじゃなく飲んだな、また。なんで生玉子飲みたいかなあ。わけわかんねえな。

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