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ある小学校の校長にいわれた衝撃的な言葉

『子どもたちに、殺菌方法とか、産地とか、商売が絡むような話はやめてください』

 僕が牛乳屋になって一年目の冬。挨拶に行った校長室でいわれた言葉だ。理由を聞いた。
親が牛乳関係の仕事をしていると、どちらが正しいかという揉め事の種になると、そう言われた。

 この話を進める前に、私が置かれていた状況について話をした方が理解しやすいと思う。

 先代の後を継ぎ、牛乳屋になったのは五年前の九月のことだった。まだ代表としての一年がどのように動いていくのか、全くわからなかった頃。

 会社に届いた一通の招待状(といってもコピー用紙一枚という無味乾燥なもの)で毎年納入している業者を呼んで、教室で子ども達と給食を食べる『ふれあい給食』なるものがある事を知った。

 先代はあまりそういうものに興味はなくて、ほとんど行ったことがないらしかった。僕はというと、初めてもらった教育機関からの招待状に胸が高鳴ったのを覚えている。

 ただ、残念ながらうちの牛乳は学校給食の飲用牛乳に採用されていない。

 現在、弊社がある地域には宮崎県都城市の乳業メーカーが納入している。およそ70キロ程の距離を車で走って、毎日小学校に牛乳を届ける。その会社は150キロ以上離れた、高千穂にも持って行ってるそうだから、そのついでなのだろう。会社というより、運転手をしているスタッフに恐れ入る。

と、話の筋がずれてしまった。

 飲用は他社だが、うちの牛乳は学校給食のシチューや牛乳ベースの豚汁に使ってもらっている。

 招待された小学校からは、牛乳のことを色々と教えてほしい、子どもたちもひとりひとり質問を考えている、という。

 なんと食育に積極的なことだろう。

 当日になるまで何年生と一緒に給食を食べることになるのかは明かされない。低学年にあまり難しい話をしても伝わらないし、高学年だったら教育番組のような基本的な話をしてもつまらないかもしれない。と、あれやこれや考え高、中、低の3パターンの話を準備した。

 給食前だから5~10分しか話す時間はないが、それでもありがたい話だ。テレビCMや牛乳の消費拡大活動やらで、大人の作ったフィルター越しにしか情報を与えられない子ども達に牛乳屋の事を話す機会など、他にありはしないのだから。

 原稿と牛舎や工場の拡大写真、それに飲み比べ用のうちの牛乳を持って意気揚々と乗り込んだのが、先に話した校長先生とのやり取りまでの経緯だ。

 校長先生に『商売がらみはダメ』と言われ、用意していた原稿はゴミと化した。

子どもを都合よく動かす大人フィルターはここにも存在したのだ。

 その時の僕は新米感がありとても素直だったので、違和感を感じながらもなにも言うことが出来なかった。(歳を取るごとに尖っていく自分もどうかと思うが)

 平然と、トラブルは嫌だから配慮して話してね。という校長先生に面食らい、肩を落として集合場所(使われていない教室)へ向かった。

 教室では、納入業者だけでなく農家や役場職員、県の学校給食会の職員など様々な給食に関わる人が三十人程招待され、集まっていた。

 給食センターの栄養士の先生から淡々と説明を受けた後、どこの教室に行くか、一組ずつ発表される。

 僕は四年生の教室だった。

 数分経つと、次々に各学年の児童達が顔を出し、『○○さんと○○さんをお迎えにきました』と、照れながらも、礼儀正しくお辞儀をして迎えに来てくれた。

 そんな中でも、ゴミとなった原稿を握りしめ、何を話そうかと全く余裕がない僕。

 遂に僕の名前が呼ばれる。男の子と女の子のペア。身長はどちらも僕の胸より低いくらい。少し女の子の方が高かっただろうか。

 子ども達も緊張してなにも話せない・・・ということはなく、年齢や身長、出身校など男の子がガンガン質問してくる。それを女の子が『みんな一個だけしか質問出来ないのにダメだよ』と、男の子をたしなめていたのが、なんとも微笑ましかった。

 教室に着くと、30代くらいの男の先生が駆け寄ってきて、開口一番『トロントロン牛乳作ってる会社の方ですよね。僕めっちゃ好きなんですよ』と、握手でも求められそうな勢いだった。

 先生の勢いは止まらず、僕を教壇まで案内する間にも『低温殺菌ですよね。63度で30分。しかも一町だけの牛乳て珍しいですよね。黒木牧場さんでしょ。エサに乳酸菌混ぜてるんですよね』

すごいしゃべる。そして、めちゃくちゃ詳しいな!

 教壇に立ち、かるく自己紹介のつもりが、社名と名前を言った後に、先生が色々と付け加える。としても生徒の前では殺菌方法や産地には触れなかったから、校長先生の言ったタブーは侵されなかった。そこでは。

 先生の熱量はともかく、来年から呼ばれなくなっても嫌だから(へたれ)牛乳の製造にはほとんど触れず、酪農家の大変さなどを無難に話した後、事件は起こった。

 機関銃の如く連射される質問。

・なんでこんなに味が違うんですか?
・低温殺菌てなんですか?
・なんでいつもの牛乳は川南の牛乳じゃないんですか?
・うちの家では誕生日にしか出ません

 質問の中に、たまに自家の報告も織り交ぜられながら、校長先生のタブーを撃ち抜きまくる子ども達。嘘を言うわけにもいかないので、結局、根掘り葉掘り大人の事情を聞き出されてしまった。

 いくら大人がフィルターをかけても、子どもの好奇心にフタは出来ない。

 そう思い知らされた牛乳屋一年目の冬の催しだった。


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