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湖島の岸辺で口ずさむ歌

 湖にぽつんと浮かぶ小さな島が好きだ。
 小舟があったら漕いで上陸してみたい。
 世界の湖島めぐりツアーなんて、企画したら面白そう。

 アイルランド北西部のスライゴ(Sligo)郊外に、憧れの湖島がひとつある。
 ギル湖(Lough Gill)の東に浮かぶ、周囲200メートルほどの島イニスフリー(Innisfree)。

 その名を世界に知らしめたのはW・B・イェーツ(William Butler Yeats)の詩『イニスフリー湖島』(The Lake Isle of Innisfree)だ。

行こう 今すぐ
イニスフリー湖島へ

島に小屋を建てるのだ
泥土をこね 枝を編んで

九つの畝に豆を植え
蜜蜂の巣箱をこしらえて

羽音の聞こえる草の上で
ひとり暮らそう

 イェーツは若い頃、木々の生い茂るその小島を訪れたらしい。

 今は灰色の都会で暮らす男が、湖岸の波音を思い出して居ても立ってもいられなくなる。彼の詩は世界中で共感を呼び、愛されてきた。

 私もファンの一人。
 まだ見ぬアイルランドに憧れ、1999年頃小さなケルティックハープを買い、詩にメロディをつけた。

 2009年、歌をYouTubeに投稿するとこんなコメントが飛び交った。
「発音はイニシュフリーが正しいですよ。Seanをショーンと読むようにね」
「細かい発音なんて気にするな。君の歌はイェーツの詩に良く合うよ」

 13年前のYouTubeはのどかな村のようだった。心優しいイェーツファンたちと穏やかに語り合うのが楽しかった。

 その後、アイルランドの言語に詳しい知人が「シュと読む若い人たちが増えてきたけれど、本来はスが正しい」と教えてくれた。イェーツ自身も(肉声による朗読が残っている)スと言っているようだ。まぁ、どっちも有りってことで。

 YouTubeで驚いたのはこの詩に曲をつけた物好きが私以外にもたくさんいたこと。検索するとオリジナルソングがいくつもヒットする。中でも幻想的で美しいのがアイルランドのアカペラグループANUNA(アヌーナ)が歌う『Innisfree』(彼らはシュと発音してます)。同じ詩なのに世界観がみんな違って面白い。

 アヌーナの動画のコメント欄に私が賛辞を寄せると、数日後アヌーナのメンバーが私の動画に「君のもいいじゃん」とコメントをくれた。

 本場のプロにほめられて嬉しかったが、話はそこで終わらなかった。
 2009年12月、アヌーナがクリスマス公演のために来日したのだ。しかもコーラスのワークショップを開くという。

 私は喜び勇んで出かけ、アイルランド人たちと肩を並べて合唱し、YouTubeにコメントをくれたメンバーと話す機会も得られた。

すみだホールの屋上でワークショップ(2009.12.12)

 そんな思い出も胸に、いつかアイルランドを旅したい。

 ダブリンからスライゴまで空路もあるが、車を飛ばしても2時間半。Googleのストリートビューで見るとイニスフリー周辺は何もないので(観光地化されていないのが嬉しい)レンタカーで訪ねたほうが良さそうだ。

 桟橋の小舟を貸してもらえるといいな。

 漕いで島へ上陸できたら、いや、たとえできなくても島の見える湖岸に立って、波音を聴きながら私のイニスフリーをこっそり口ずさんでみたい。


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