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『モリリュウのモリーが消えた』 第4話


第4章 新しい森


[1]腹ごしらえ

 ひゅうっ。
 お昼すぎから雲がふえてきた。太陽が雲にかくれるたび風が冷たい。

 飛ぶものたちの楽園。かつてそう呼ばれたヤマモリは火事で黒こげになってしまった。木々に囲まれていた池が今は草原からも丸見えだ。

 池のそばに小さな木が一本だけ立っている。
 モリリュウのモリーがけさ植えた木。

 枝の奥をのぞきこんでいる小鳥はキトリ。葉っぱの奥でうずくまっているこうもりはアオイノ。泣きつかれてねむったのね。無理もない。一番の友だちがいなくなったのだから。木を植える魔法を使ったモリーは、モリリュウの長老が言ったとおり消えてしまった。

 アオイノが目をさました。
「みんなは?」 
「腹ごしらえしてくるって」
 ヤマモリが燃えてから、みんなろくに食べていない。
 アオイノはキトリを手まねきした。
 葉かげに青い実がきらめいている。
「ぼくらも食べよう」

 モリーはきっと帰ってくる。
 ぼくがかならずさがし出す。

 あまくてせつない青い実をキトリとアオイノはひとつぶずつ食べた。

 ヤマモリのまわりの草原では、鳥たちとこうもりたちが虫や草の実をついばんでいる。草むらでヘビやキツネにつかまって食べられた鳥たちもいた。
「クオじい、あんただいじょうぶ?」フークさんが顔だけふりむいた。
「年寄りあつかいするな」クオじいは長く飛べない体になっていた。
「どうしたもんかね」
「ひっこすしかないだろう」
「あんた、そのけがで?」
「わしは残る」
「あたしだって残りたいよ」

 みんな残りたいさ。

 木は三十五本。いや、三十六本。
 問題はだれが残って、だれが出ていくか。
 クオじいとフークさんは、黒こげのヤマモリを見上げた。

[2]行くか残るか

 色とりどりの鳥とこうもりたちが、ふたたび池のほとりに集まってきた。空から見おろすとまるで黒い地面に花が咲いたようだ。
「さてと」フークさんが顔をぐるりと回した。「みんな決めてきたかい」

 けがをして飛べない鳥たちは、ヤマモリに残る。
 元気な鳥たちは、行きたい方角を選んで旅立つ。
 それでいいね。

 南のさばくをこえて行くか。
 北の海辺で暮らすか。
 西の草原の向こうへ行くか。
 東の森をめざすか。

「どれかひとつ、選んどくれ」
(どうするの?)キトリはアオイノにささやいた。
「ぼくたちは今までどおり、ほら穴で暮らす。食べ物は草原にもあるから」
 アオイノには理由がもうひとつある。モリーがヤマモリに帰ってくると信じているのだ。
「キトリも残れ。ほら穴でねむればいい」
「ありがとう」キトリもヤマモリで弟を待ちたかった。

 フークさんが大声で言った。
「みんなの希望を聞いていくよー。まず南へ行きたいのはだれだい。ひと声鳴いとくれ」

 しぃん。

「南へ行きたいものはなし。じゃあ北は」

 しぃん。

「北もいないのかい。西はどうだい」

 しぃん。えっ。

「ってことは‥‥東の森?」

 しぃん。

 わはははは。クオじいが笑い出した。
「だろうと思ったよ。じゃあここに残りたい者は?」

 ぴい。があ。ちい。きゅっ。くぅ。けっ。
 くいん。ぴぴぴ。ちろ。かくー。ぽわ。
 くるっく。ちりっち。ぽぽ。ぴき。
 鳥たちがいっせいに鳴いた。

「あのねぇ」フークさんが首をふった。「それができないから話し合ってんじゃないの」
「あのぅ」スズメが前に出てきた。

 本当に無理でしょうか。きのうの夜、わたしたちは焼け残った木の枝につめ合わせてねむりましたよね。ちょっときゅうくつだけど、何とか冬を越せるかも。

 みじかい笑いが起こって、すぐにしずまった。
「ためしてみるか」ミソサザイかがつぶやいた。
「仮に冬はしのげたとして」とフークさん。「春はどうするの。みんな枝に巣づくりして卵をかえすだろ。木の数たりる?」
「フークさん」ヒバリがおずおずと出てきた。「そのせつは子どもたちがお世話になりました」
「あいさつはいいよ。何か考えがあるのかい」
「はい。けさも申しましたように、みなさんもわたしたちのように草原で暮らしてはいかがでしょう。ごぞんじのようにヒバリは草地に巣をつくって子育てをします。たしかに草原は木の上よりも危険です。でも、わたしたちは知恵を使って子どもたちを守ります」
「おいおい待ってくれ」赤いぼうしのクマゲラがしゃしゃり出た。「木のない草原で、ぼくたち何をつつけばいいんだよ」
 ムシクイも口をとがらせた。「草原にいたら雨やどりもできやしない。冬の雨ほど冷たくてみじめなものはないわ」
「雨ぐらいでさわぐな。ウェッウェッ」笑ったのはウズラだ。「冬の雨なんて雪にくらべたらちょろいもんさ。雪は何もかもカチンコチンにこおらせちまうから」

 ゆき?

 キトリとアオイノは顔を見合わせた。
 ヤマモリで生まれ育ったアオイノも、南から来たキトリも雪を知らない。

「わかった、わかった」フークさんが羽をばたばたさせた。「みんなの考えはわかったよ。でもこれじゃあ話が進まない。どうしたもんかね、クオじい」
 鳥たちがいっせいにふり返るとクオじいはゆっくりためいきをついた。それから低い声で語りはじめたのだ。

[3]北風

「みんな、あそこをごらん」
 クオじいがしめす先には、モリーの小さな木が立っている。

 モリーは、たった一本の木を植えるためにわが身をぎせいにした。わしらのような小さな生き物には大きなけものの考えることはわからん。

 ヤマモリをよみがえらせたいとあの子は言った。わしも思いは同じだ。モリーの木を守り、ヤマモリを昔のようなゆたかな森にもどしたい。

 どうだろう。わしらが花や実をついばんで、種を運んで森を少しずつ育てられないだろうか。親から子へ、子から孫へ、ひ孫へ、時間はかかるがな。

 鳥たちはクオじいの一言一言に聞きいっている。
「みんなでヤマモリに残ろう」

 知恵を出し合えば何とかなる。草原にはキツネもヘビもいるが、あいつらだっておもしろ半分で鳥をおそうわけじゃないぞ。わしらも虫を食うだろう。みんな、ただけんめいに生きている。

 おいクマゲラ、きみらは木に穴をあけてえさをとったり巣を作る方法をみんなにおしえてやってくれ。おいヒバリ、あんたは草原のけものから子どもを守る方法をおしえなさい。おいスズメ、おまえ、うまいことを考えたな。おおぜいでならべば冬でも案外あたたかいかもしれん。

 ひゅうっ。さらさらさら。
 池の水面を北風がすべってゆく。
 今年は冬が早く来そうだ。

「これでやっと」フークさんが笑った。「みんなの気持ちが固まったようだね」

 このさいだから、あたしからもひとこと言わせとくれ。
 あたしらフクロウも、それからカラスも本当は小鳥が大好物なのさ。でもね、ヤマモリでは鳥は食べないの。虫や野ネズミをとって暮らしてる。なぜって、あんたたちは仲間だから。仲間を食べるほどあたしらはいかれちゃいない。助け合っていこうじゃないの。

「そのお言葉、心強いです!」スズメがぴょんぴょんはねた。
「おや、そうはいってもおまえ、うまそうだね」
 みんなどっと笑った。声を出して笑ったのは何日ぶりだろう。

 笑い声を聞きつけたかのように、銀色の空からさわがしいのが降りてきた。

[4]晴れ間

「いやいやいやいやいや。こいつぁ、ひでぇな」
 一羽のマガモが池の水面をすべり、水をがぶがぶ飲んでから岸辺によたよた上がってきた。
「丸焼けじゃねえか。うわっ、まだこげくせえや」
「おい、若いの」ウズラが言った。「おまえ、渡りの途中だろう。仲間からはぐれたか」
「そうなんすよ。北の草原でおかしな連中に出くわして、長話をしちまったもんで。ヤマモリが焼けたとなると、連中がっかりするだろうな」
 マガモが言うには鳥の大群が羽を休めていたという。
「でっけぇ鳥、ちっちぇえ鳥、合わせて二万羽ってとこかな。みんな北からにげてきて、ヤマモリに向かうんだと」

 二万羽!

「北で何かあったのかしら」キトリがつぶやいた。
「おじょうちゃん、知らねえのか。北の海辺じゃどこもかしこもまっ白け、カチンコチンのガチガチだ」

 雪だよ。大雪。

「バカをいうな」
 クオじいがマガモをにらんだ。海辺に雪だと?
「じいさん、ちかごろは何でも起こるのさ」マガモは羽づくろいを始めている。「おいら行くぜ。いっしょに来るかい。こごえ死ぬ前に」
 みんなだまって顔を見合わせた。

 二万羽の鳥たちがヤマモリに来る!
 
「もっとふえるだろうよ。北のあちこちからヤマモリへ向かってるはずだ」
 マガモはすいっと飛び立って、みるみる小さな点になった。

 池のほとりに重苦しいしずけさが残った。
 スズメが何か言いかけたけれど、首をふってだまりこんだ。クオじいも低くうなったきりうつむいている。うつむいていたので雲の晴れ間から大きなものが飛んでくるのにだれも気づかなかった。

 モリリュウだ。
 二ひきいる。
 空色の羽をきらめかせながらヤマモリへふわっと降りてきた。

 ずんっ。

 地面がゆれて思わずふりむいた鳥たちは、あわてて飛びのいた。

 ずん。ずん。ずん。ずんっ。

 先に降り立ったモリリュウが、土けむりをたてながらまっすぐモリーの木にかけ寄ってほおずりした。「これがあの子なの」

 ずんっ。

 もう一ぴきのモリリュウも地面に降り立った。「それはあの子が植えた木だ」

 あの子は、あの子はどこに。
 アオイノが進み出て、何かを言おうとしたけれど言葉にならない。

「だからみんな反対したのに」モリリュウは涙声でつぶやいた。
 もう一ぴきのモリリュウが体をかがめてアオイノにほほえんだ。
「きみがアオイノだね。むすこの友だちになってくれてありがとう。私たちはあの子の父と母です」

[5]星めぐり

 父さんリュウは言葉を続けた。
「あの子は、わたしたちの次の国王になる星めぐりで生まれてきました。わたしたちはむすこに言ったのです。森も大事かもしれないが、おまえには王国がある。王国を第一に考え、王国のために行動しなさいと。すると、あの子は目に涙をためてこう言いました」

 わたしの王国は、友だちです。

「そして夜、みながねしずまってから飛んでいってしまった」
「もし木を植えたら、わたしも‥‥」母さんリュウが言いかけてやめた。
 父さんリュウが首をふった。
「あの子に会えるか、会えないか。植えてみないとわからない」

「だめよ!」キトリがさけんだ。「あなたがたも消えてしまいます」

 クオじいも「おやめなさい」と言いかけたけれど、声のかわりに涙があふれた。わしだってそうするよ、わが子や孫たちに会えるなら。

 しずまりかえった池のほとりで二ひきのモリリュウは向き合い、たがいをいとおしむように鼻先をまじわらせた。
「みなさん、むすこは死んでいない。わたしたちにはそう思えるのです」
 モリリュウたちは同時に天をあおぐと、土ぼこりをあげて飛び立った。空の上で緑のほのおをはき、ほのおの枝葉をくわえて、それからまっさかさまに落ちてくる。父さんリュウが母さんリュウをちらと見た。

 ずしぃんっ。

 まず、母さんリュウがモリーの木の左にまっすぐさかだちになった。

 ずしぃんっ。

 父さんリュウは、モリーの木の右にさかだちになった。

 地面のふるえがおさまり、土けむりが消えると目の前に三つの木がそびえていた。父さんリュウと母さんリュウの空色の体は消えはじめている。
「ああ、何てことを」クオじいが歩み出て木々を見上げ、くらくらとよろけた。「目がまわる」

 いや、空だ。
 空がまわっとる。

 みんないっせいに見上げた。

 雲の晴れ間の空が青いうずのようにぐるぐるまわっている。
 それは空ではなく、何千びきものモリリュウだった。

 群れのまん中にいるのは、モリーの兄さんたちだ。兄さんリュウたちが体をくねらせて緑のほのおをはきだすと、ほかのモリリュウたちもつづいた。ほのおの枝葉をくわえたモリリュウが一ぴき、また一ぴき、ヤマモリに向かってまっさかさまに落ちてくる。

 ずしぃんっ。ずしぃんっ。ずしぃんっ。

「みんな木の下へ!」アオイノがありったけの声でさけんだ。

 ずしぃんっ。ずしっ。ずしぃんっ。

 まきおこる土けむりと黒い灰の向こうに、モリリュウたちの大きな影がひっきりなしに落ちてくる。

 ずしんっ。ずしぃんっ。ずずずしぃんっ。

 こわいもの知らずのフクロウでさえ、モリーの木の下でがたがたふるえている。スズメはとうに気をうしなっていた。

 ずしぃんっ。ずしずしぃんっ。ずずずしぃんっ。

 地面をゆさぶるおそろしい音は、いつになったら終わるのか。

 ずしっ。

 音がやんだ。
 あたりは夜のようにまっ暗だ。
「行こう」
 アオイノはキトリといっしょにまいあがった。

[6]白くて小さいもの

 ぶあついけむりのむこうに、数えきれないほどの影がならんでいる。百本、千本、いやもっと。けむりをつきぬけてまいあがったアオイノとキトリは、空から見おろして目を見ひらいた。

 ヤマモリをすっぽり包んだ土けむりが、草原へ広がりながら色をうすめてゆく。見えてきたのはさかさまのモリリュウたちのしっぽと足。空色の体はすけて今にも消えそうだ。みんなモリーの時のようにねむそうな顔をしている。モリリュウたちが植えた木々も見えてきた。土ぼこりがすっかりおさまると、黒こげのヤマモリのすみからすみまで若木がきれいにならんでいた。

 ヤマモリに新しい森ができたのだ。

 フクロウもヒバリも、ヤマバトもクマゲラもひゅるひゅるとのぼってきた。みんなヤマモリを見おろしたまま声も出ない。
 キトリがくちばしで北の空を指した。「見て」

 空色のひとかたまりがゆっくり北へ動いてゆく。ヤマモリにぎっしり木を植えた後、残ったモリリュウたちが北の国へ帰っていくのだ。
 王を失った国を建て直さなければ。
 きょう見たことを未来へ語りつがなければ。
 涙をきらきらこぼしながらモリリュウたちが遠ざかってゆく。

 空色の群れが小さな点になると、今度は真上の空から何かがゆっくり降りてきた。草のわた毛のように小さく、雲のように白い。アオイノの頭にふわっと乗ったのでキトリたちがのぞきこむと、しゅんっと消えた。ひゃっ、冷たい。

 雪だ。冬がはじまったのだ。

 雪は毎日ふりつづけ、草原は見渡すかぎりまっ白になった。黒こげだったヤマモリの地面も白くおおわれ、緑の若木が数えきれないほどつき出している。

 鳥たちはどこへ行ったのだろう。一羽のすがたも見えな‥‥あっ、あそこの木から今、小鳥が顔を出した。
「さむいね」
 もさもさした枝のあいだから、ほかの小鳥たちも顔だけ出してきた。
「きれいだね」
 きらめく雪の森をみんなでぼんやりながめている。

 木の奥からだれかの声がしたようだ。小鳥たちはいっせいにふり返り、「はーい」と返事するとふたたび枝の奥へもぐっていった。

 そして、今度こそヤマモリには、一羽の鳥のすがたも見えなくなった。

(第5章『新しい旅』へつづく)






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