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私たちは日本のスタバの素晴らしさに気づいていない

2021年8月4日、目白駅の改札を出て右の、すぐのところに念願のスタバができた!この日が来るのを目白の住人はどれだけ待ち侘びたか!!

というと「え、いまさらスタバですか?それに、スタバってイマイチじゃないですか?」という、自称「コーヒー通」の人たちからの、冷めた反応が返って来そうである。

私が言いたいのは、スタバのコーヒーが美味しいとか不味いとか、そんなササイな事ではない!(もちろん味は大事だが。)スタバには味よりもっと大切なものがあるのだ!!(スタバは美味しい。念のため。)

スタバをマネて作った、スタバの「亜流」は数知れない。しかし、店員さんが満面の笑みで「こんにちは!」と、言ってくれるのはスタバだけである。(他にもあるかもしれないが。。)思わず、ふだんはニヒルな?私も「こんにちは」と言い返してしまうではないか!

スタバの店員さんは、なぜか、みんな感じがいいのだ。聞けば、スタバのスタッフは、時給が安いにもかかわらず大学生のアルバイトの中で高い人気を誇っているという。時給は安いがスタバで働くことは大学生の「ステイタス」みたいだ。

なぜ、私はこんなにもスタバに思い入れがあるのか?

かつて、私は20年以上も前に、スタバの創業者のハワード・シュルツという人が書いた「スターバックス物語」というのを読んでイタク感動した事があるのである。

シュルツによれば、彼の家は貧しく、父親は一家のために働き過ぎて、体を壊して失業してしまった。そして社会保険の完備されていないアメリカで、人生に絶望してしまったのだそうだ。

シュルツは、若い時、当時まだアメリカに数店舗しかなかったシアトルの、スタバの前身となる店でたまたまコーヒーを飲んで感動し、苦労してその店を買い取り、あれよアレよと言う間にスタバとして全米に拡大し、そして、全世界に拡大した。

シュルツがスタバを経営するにあたって心に誓ったこと、それは、スタバで働く仲間たちには絶対に、父親と同じつらい思いをさせたくないと言うことであった。現にスタバでは、アルバイトも全員、社会保険に入る事ができる。

「自分だけが豊かになってもそれは真の成功ではない」

私は経営者の端くれとして、このシュルツの言葉を常に思い出すのである。ちなみに成増塾でも、アルバイトは全員、社会保険に入ることができる。

2018年、念願かなってNYのスタバへ行ったが・・・

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こんな風に、スタバは私にとって、深い思い入れのある会社なのだが、忘れもしない2018年、私はニューヨークに行く機会を持った。

「ああ、これでやっと、本家本元の、ニューヨークのスタバにいける!」(本家本元はシアトルだが。)

私は胸の高鳴りを抑えることが出来なかった!そして、ニューヨークに着くなり、滞在するホテルの近くにあったスタバに足を一歩踏み入れたのだ!!
ちょっと重いドアを開けると、日本のスタバの店員さん以上の満面の笑みで私は迎えられた。。

。。はずだった。
「あれ?」なんか変。。
スタバにしては、なんか店内が「汚い」のである。

店が古いということではない。そうではなくて、日本のスタバでは当たり前の光景、掃除の行き届いた店内ではないのである。フロアにはストローの袋の紙とか、紙ナプキンが落ちている。ゴミ箱もあふれかえっている。

日本のスタバではありえない光景である。しかも、肝心の店員さん達はなんだか、みんな覇気がなくて、明らかに、やる気が無さそうである。

えっ、これが本家本元のスタバ?

私は驚き、失望した。念のため、違うスタバにもいくつか行ってみたが、やはり様子は似たり寄ったりである。私は、その時、やっと気付いたのである。

「素晴らしいのは日本のスタバだった!」ということに。

NYのスタバを体験したからこそ気づいたこと

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日本のスタバこそ、創業者シュルツの理念を具体化した真のスタバなのではないか?日本のスタバこそ、世界に誇ることができる日本の文化なのではないか?

私は、ニューヨークのスタバを体験して、日本のスタバの素晴らしさに改めて気付いたのである。

「どちらが本家本元か」と問われれば、それは、アメリカだ。しかし「どちらが創業者の理念を体現しているスタバか」と問われれば、それは日本のスタバなのである。

私は、ニューヨークのスタバにガッカリしたと同時に、日本のスタバこそが「本当のスタバ」である事を改めて確信したのである。

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