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ロックダウン下のアメリカから見る日本経済②:焦点はロックダウンの是非から、超長期化後の(公平な)生活補償へ

立ちはだかる「生命」と「経済」のトレードオフ問題

日本のロックダウン以前(4月5日)、Facebookで日本政府の対応を擁護する記事を投稿した。

僕はアベノミクス賛成派でも何でも無かったのだけど、ロックダウンするかどうかの判断自体、非常に難しいものだと感じたからだ。

自分がもし総理大臣だったとしても、国民の「生命」と同時に「経済」を預かっている身ならば、この判断は容易ではなかったと直感したのだ。

そして、自分が解決できないことに対して他人を非難することはできないという理屈で、「(アメリカ政府と比較して)日本政府がバカだったわけではない」と書いた。

あの頃、「コロナウイルスの感染を抑止すること」と「日本経済が大打撃を食らうこと」という2つの論点は、国民の議論形成の中で、完全にトレードオフの関係にあったと思う。

解決のカギは「若者&持病なし」セグメント?

このトレードオフを上手くやり繰りし、経済と雇用をある程度維持しながら、一方でコロナの感染(というより実際には致死)を抑止するための一つの大きなカギは(おそらく日本政府も相当研究していたことは)、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が当初発表していた統計と指針だったように思う。

当時の発表を振り返れば、

・そもそもコロナウイルスというのは、SARS-CoV-2 virusというウイルスの別名であり、このウイルスに感染した人の中から、COVID-19という病気が発症するというメカニズムになっている。
・また、SARS-CoV-2に感染した人の全てがCOVID-19を発症するわけではない。特に子供や若い人にとって、致命的なリスクとなることは極めてまれである。
・中国CDCの統計を見れば、COVID-19を発症した若い人の中で、その人が死に至るリスクは約0.2%程度である。
・一方で、このリスクが顕著に上昇するのが、年齢が60歳を超えた場合、また大人でも子供でも心臓血管における疾患や、ガン、糖尿病、もしくは免疫不全がある場合である。
・高齢者、またこうした疾患を持っている人たちであれば、SARS-CoV-2 virusの罹患率、COVID-19の発症率、発症後の重篤化率(最悪の場合は致死率)が全体平均としてどんなに低かろうと、特段の注意を払う必要がある。

ということだ。

実際、この統計は今でも一定の信頼性があるものと思う。

科学的な見地からすると、要は若者で心臓血管における疾患や、ガン、糖尿病、もしくは免疫不全がある場合を除き、パニックに陥る必要は無いということだった。

つまり、若者は感染しても発症しない可能性が高く、また発症したとしても致死率は極めて低いことから、「20代30代40代50代&持病なし」セグメントを、その他セグメントから切り分けて考えられる限りにおいては、経済と雇用をある程度維持しながら(何しろ、経済と雇用の大半はこのセグメントにより作られ、また消費されるのだから)、コロナと上手く向き合っていくことができるという考え方だ。

すなわち、外出禁止、ロックダウンを行わなかったとしても、「老齢 and/or 持病を持っている」セグメントをきちんと判断し、隔離することができる限りにおいては、経済停滞の抑止も可能とする立場だ。

「医療崩壊」という 新たなボトルネックの出現

しかし、議論の途中段階から、「医療崩壊」という言葉が叫ばれるようになる。イタリアの医療崩壊と、混乱の事例がこれを決定付けた。

そして、どんなに若者の致死率が低かろうと何だろうと、医療機関や医療器具の供給能力には限界があるのだから、それを防ぐためにロックダウンを決行し、若かろうと、持病がなかろうと、他者との接触を避けるようにしてくれという方向に議論が進んだように思う。

とりわけ日本では国民皆保険制度があり、どんな人でも病院にすぐに行けるという事実がある。医療機関への患者ないし患者予備軍の殺到が起こってもおかしくないというわけだ。こうなると、問題全体を俯瞰した際、実際のボトルネックは「医療スタッフや医療器具の数」ということになり、また医療スタッフに免許制度を課している以上は、なかなか急場でこの数を増やせるはずもなく、あえなく上記の経済維持を目的としたセグメント議論は旗色が悪くなった。

PCR検査の誤謬率による、ボトルネック制御の難しさ

一方で、全国各地で「医療崩壊」(医療機関への患者の殺到)が起こるタイミングと規模を推定することさえできれば、経済活動の維持を目的とした上記のセグメント議論が復活する可能性もあったと思う。

たとえばPCR検査などを広く実施することにより、実際にクラスター感染が起こり、このクラスター近辺の医療機関が崩壊する可能性を推定することができる可能性があったと思うが、PCR検査の信頼性が3割から高くて7割(つまり最低3割は間違った判定が出る)という状況もあり、正しくコロナウイルスの拡散状況を捉える手法が(今のところ)ほとんど無いというお手上げの状況になった。

結局、「医療崩壊」という一点を強調する限りにおいては、どうしても「日本国民は全員外に出てはいけない」ということになってしまったのだ。

ワクチン開発までは、常にヒット・アンド・アウェイ

アメリカの死亡者は現時点で5万5千人を超えた。日本は348人。

ある程度制御に成功しているように見えるが、完璧なワクチンが開発されるまでは、上記のような理由で、ロックダウンを解除すればいつまたクラスター感染が起こるか(理屈の上では)分からないということになる。

348人が、いつ2万人に増幅するか分からない。それは閾値を超えればいつ爆発するか分からないからだ。

結局、だましだまし経済活動を再開していく(つまり再開して、また問題が発生したら閉鎖するの繰り返しを行う)より他ないのであり、そうなってくると、街の人通りに左右される外食や小売、人との接触が不可避のサービス業に関して言えば(繰り返すが、その上に乗っているインターネット産業もだが)、本当の本当の再開はSARS-CoV-2 virusのワクチンが開発されて後ということになる。

個人の努力とは無関係な、国家・経済システム問題

ここで、以前から参照している米ウォール・ストリート・ジャーナルのGDP回復予想カーブに戻る。すなわち、2021年9月頃(今から18ヶ月後だ)までは、経済は正常軌道に戻らないという経済学者(エコノミスト)の予測だ。

日本もアメリカと同じくロックダウンに進んだ。つまり、こうした超長期戦に備える必要があるということだ。

こうなってくると、結局、国民サイドでは何もできることが無い。戦時中と同じで、時々刻々戦況が変わり、各国入り乱れる戦いになってくると、自分の人生がどっちの方向に向いていくのか、実際に正しい予想はできないということだ。

コロナとの戦況がある閾値を超えないと(ある戦いに勝つと)、「セーフ(助かった)」という結末になるし、ある閾値を超えると「アウト」となる。これは個人の努力とは全く関係無い。国家システム、経済システムの話なのだ。

国家としての解決には、新たに莫大な資金調達が必要

結局、国家として日本ができること、日本政府がやるべきことは、こういう「個人の努力とは全く関係がない」国家システム、経済システムの問題を、「国家として解決する」ということだけなのであり、またここに完全な補償を行うために(非常時であり、かつ通常の国家予算の枠組みを超えていることから)特別国債を発行してこれに対応するしかないように思う(それは前回の記事で書いた)。

その際、実際にこの国債の償還を「未来の日本人(すなわち子供、孫の世代」に押し付けるのではなく、「現在の日本人」が担当すべきであることは、倫理の観点から言うまでもない。

そして、今回のコロナ禍で生活が困窮する世帯にそれ(原資)を求めるのは筋違いなのであり、日本という国家システムの上に乗りお金を稼いできた富裕層にそれを負担してもらうのが正しいと信じる。

返済原資として有力な、相続税と資産税

前回の記事で、相続税と金融資産課税の話をした。こうした考え方がどこから来ているかというと、それは貴族制を排した初期のアメリカの平等主義的な思想だ。

いま僕はアメリカに住んでいるが、若い頃、よく『アメリカの民主政治』(アレクシス・ド・トクヴィル著)という本を読み、アメリカ社会の成り立ちを勉強した。フランスの政治学者が、アメリカに留学し、アメリカの民主政治(デモクラシー)について学んだことをまとめた書籍だが、改めて読み返してみても、その研究は色褪せない(とりわけ、「土地」という概念を「金融資産」と読み換えると良く分かる)。

もちろん今のアメリカは、昔のアメリカとは違うところも多々あるのだが、日本の未来を考えるにあたっては、こうした考え方が役に立つと思ったので、一部を引用し、紹介したい。

アメリカ人の社会状態は著しく民主的である。この社会状態は諸植民地の生まれたときから、民主的特性をもっている。けれども、そこでは今日この民主的特性がなお一層強まっている。ニュー・イングランドの岸辺に定着するようになった移出民たちの間には、きわめて大きな平等が支配していたことを、わたくしはすでに前章で述べた。・・平等への道で最後の決定力を持ったのは、相続法であった。驚いたことには、昔のそしてまた近代の公法学者たちも、人間的事象の発展に相続法が比較的に大きな貢献を果たしたとは認めていないのである。実を言えば、相続法は民事的領域に属している。けれども、相続法というものは、すべての政治的諸制度の首位におかれねばならないものである。なぜかというと、相続法は諸民族の社会状態に驚くばかりの影響を持っていて、政治的諸法律はこの相続法の単なる反映にすぎないからである。
・・相続法が平等な分配を確立するとき、この相続法は、家族精神と土地保有との間に存在している密接なつながりをうちこわしてしまう。土地は家族を代表することをやめる。なぜかというと、土地は一世代の末または二世代の末には分配されるに決まっているので、絶えず細分化されて、ついには全く消滅してしまうことは明らかだからである。・・初代は過ぎて、土地は分割され始めた。時の経過のうちに、この運動はますます速度をはやめた。ほとんど60年が経過した今日では、社会はすでに見違えるばかりに変貌している。・・大土地所有者たちの諸家族は、ほとんどすべて平民大衆のうちに飲み込まれてしまっている。・・そしてその富者たちの大多数の子供は、どうなってしまったか分からなくなってしまったほどに、大衆の最も暗い闇の中に姿を没してしまっている。世襲的な身分と栄誉との最後の痕跡までも消えて亡くなってしまっている。相続法はいたるところで人々を同一水準に平準化してしまっている。

何が問題の本質を見えにくくしたのか?①:失業を決して外出自粛を訴えることの構造的難しさ

冒頭に挙げたFacebook投稿で、僕が強調したことがある。

きちんと統計を取れば分かることだと思うのだが、これまでSNSその他のウェブなどで「緊急事態宣言を今すぐに出してください!」「Stay Home!」と切実に訴えかけていた日本人たちの多くは、まず、緊急事態宣言、すなわち政府による強制的な外出規制で「仕事が無くならない」ということが(薄々)分かっていた人たちだということだ。

彼らが「道徳的に高邁」であったわけでは、サラサラ無いということを書いた。「明日にでも仕事が無くなる」という恐怖に怯えながら、「今すぐ緊急事態宣言を!」「Stay Home!」と高らかに叫ぶことは、想像するよりもよほど難しいのだから。

何が問題の本質を見えにくくしたのか?②:ポジショントークに明け暮れる有名人に信憑性は無い

貧しさを経験したことが無い人間は、極端にこういうところの勘が鈍いので、注意が必要なのだ。

通常の人は、自分が置かれた社会的な状況を客観的に観察することができず、それを「スタンダード(当たり前)」だと仮定した上で、付和雷同の発言を繰り返す(その人が東京に生まれ、中高一貫校に通い、高額の塾に通って、さらに有名大学に行けたのは、「その人が努力したから」では決してない)。

さらにタチが悪いのは、オンライン店舗型のビジネス(Eコマース)をやっていて、場合によってはコロナでユーザー数が伸びることを想定している有名人などが、ポジショントークも混ぜながら(それとなく自身に有利に物事が運ぶように言論を展開しながら)、一方では自国の国民を心配しているように見せたことだとも書いた。

ポジション(己の利益)が混ざった人間の発言に、信憑性は無いのだ。

国家の将来を見渡し、本当にフェアな解決策を求めて

仕事が無くならない人からきちんと税金を取るという下地を確保した上で、その人たちに「Stay Home!」と叫んでもらうのが、ポジショントーク無しの、本当の「フェアネス」(公平さ)というものだと思う。

それ(公平さ)を国全体として実現するのが政治の仕事なのだ。

(記事終わり)

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連続起業家。1社目を米国Googleに売却。2社目のフラクタを栗田工業に売却(現在も同社CEO)。カリフォルニア州メンローパーク在住。Newsweek誌『世界が尊敬する日本人100』に選出。渋谷のカフェオーナー@menloparkcoffee