モンターニュの折々の言葉 385「この世から消滅させてはいけない民族、それは日本人」 [令和5年5月5日]

「いま子どもは子どものときに、子どもをしていないですね。この間テレビで、生まれて二、三歳ぐらいの子どもの英語教育が取り上げられていて、その子の家では英語しか話さないという。この子は気の毒なことになっているなと思いましたね。一流の大学、一流の国際人をめざして親は一生懸命ですが、その子はそうはなれないでしょう。ただ英語が話せるだけにすぎません。子どもは子どもの仲間のなかで責任感と思いやりを身につけるのですが、それを抜かしたら、たとえ一流大学に入ったとしても、何の役にも立たない。人間が生きていくための、いちばん大事なものを切り捨てて教育が行われている気がします。音楽、美術、体育。時間が減っていますね。こういう時代にコドモの心を持ち続けるのは難しいですね。」

安藤忠雄「二十一世紀に生きる君たちへ」

「私は建築の専門学校も大学教育も受けずに、建築をやりたいと思った。まわりの人から「それは無理」と反対された。ならばやってやると思って必死になった。先は真っ暗でしたけれども、自分の心のなかに希望をもっていました。後に『竜馬がゆく』を読んで、やぶれかぶれでも、ひたすら走ることに共感しました。今でも仕事でやっていてうまくいかないとき、二十代はじめの希望を改めて思い出す。そのときに『竜馬がゆく』は非常に参考になる。人生、九十歳、百歳まで生きる時代です。青春は心のなかの世界ですから、目標をもって、自分が世界に何ができるか、自分に何ができるかを真剣に考えつづけると、心が輝いて、いいのではないかと思いました。」

同「混沌の時代―「竜馬がゆく」出版五十年」
(司馬遼太郎記念財団編「「司馬さん」を語る 菜の花忌シンポジウム」(文春文庫)

 今日の東京、もう夏なの?と思うような暑さで、長袖の人よりも、半袖姿の人が多いような、そして、マスク顔ではなく、素顔で歩く人が過半数になりそうな、そんな日の5月5日。私の方は、たった一日「折々の言葉」を書くのをお休みをしただけですが、体がなまってしまった、そんな気がしないでもない。  今日は、子供の日の祭日。日本の将来を占う子供のための日ですから、大人は、特に日本の国家を運営する方々は、真面目に、真剣に子供のための施策(特に教育問題)を考えないといけないのに、日本の子供のことよりも、世間体(国際的な意味合いで)として威勢のいい、でも、日本の身の丈には合っていないようなことに夢中になっているように思うのは、私だけでしょうか。

 思うに、日本の偉人と称される人は、押し並べて、老いても子供心を忘れないで、何かに夢中になった人が多いように思いますが、新聞やネットで知る限り、今の為政者は、自分の目先のことには関心はあるけれども、夢中になって、がむしゃらに使命感に燃えてやっている感じは受けませんよね。敢えて、私が言わずとも、色々なところで言われている話ではありますが。

 子供の日に、大人の政治の話は無粋ですので、子供のためになる話を多少はしないといけませんが、私的な話を少し。昨日は、南大沢にある陸上競技場で、令和5年度最初の東京マスターズ陸上競技連盟主催記録会が行われ、1500㍍と3000㍍に参加。最初のレースと次のレースの間が1時間もないという、これまでで一番ハードなスケジュールでしたが、幸い、途中棄権もなく、両方とも完走。3月末に江戸川区陸上競技場で行われた記録会でのタイムと比較すると、1500㍍は3秒、3000㍍は10秒速く、この時期にしてはまあまあかなと。それでも、マスターズ陸上競技を57歳から始め、62歳と63歳の時に出したそれぞれのベストタイムからすれば見劣りするのですが、夏と秋の選手権に向けて前向きに練習に励めそうです。

 なお、1500㍍では、前回最後の一周で私に追い越れた選手(62歳、Aさん)が、レース終了後にやってきて、今回の目標は、モンターニュさんに追い越されないようにすることでした、どうもありがとうございましたと、お礼というか、レース報告をしに来られたのですが、今回、私はちょっと失敗。最後の1週になった時点で追い越そうとして、一時追い越したのですが、その後、息切れをして、最後の100メートルの直線コースではガス欠に。それにしても、わざわざ私に挨拶にこられたAさん、前回追い越されたことが相当に悔しくて、その後血に滲むような?練習したんでしょうね。前回とは20秒近く速くなっていましたし。

 陸上競技のレースというのは、常に自己ベスト(タイム)を目指して自分と戦うレースなのですが、同時に、自分以外の競争者との戦い。ベストタイムを求めるか、それとも勝負で勝つ方を求めるか、今以て、その選択が出来ていない自分を見出します。基本は、他人に影響されずに、マイペースで走れたらいいのですが、マイペースでできることなどこの世にありませんよね。仕事もそうですし、娯楽、趣味もそうです。皆、外部の変化に応じて、その変化にどれだけ対応できるか次第で、自分の動きが決まります。相手がいるスポーツの場合は、特にそう。

 ゴルフは、その典型的なスポーツの一つで、それを身体が理解できるようになるには、それなりに時間が、経験が必要であることを私が悟ったのは、モントリオール時代(2007-2009)に参加していた商工会主催のコンペでした。優勝したのは1回だけ(44、47の91)でしたが、優勝した時に悟ったのではなくて、その後、3ヶ月間の優勝者だけの決定戦に出て負けた時でした。最初の3ホールは、優勝した人よりも私の方がスコアでも良かったのですが、相手の状況に敏感に反応しすぎて、自ら墓穴を掘ったのがこの試合。  いい経験をしたとは思っていますが、今でも時々、当時の悔しさを思い出します。パリ時代(1999-2002)には、自分のゴルフをしてカップ(小渕総理大臣杯)を取ったこともあるのに、その経験が定着していなかったのかもしれません。

 そういえば、キンシャサ時代の上司は、年齢とともに飛距離が落ちてきているとはいえ、ゴルフへの情熱が消えた訳ではないようで、メンバーとなっているクラブ主催の大会には出ていて、優勝はまだですが、常連的に入賞しているとか。新しく購入したドライバーを武器に、勝利に向けて意気込んでいる様子。昨日の記録会には、80歳を越えた方も参加しておりましたが、確かにタイムは遅いのですが、昨日の自分と戦うのではなくて、今の自分と戦っている姿は感動的であります。そうなんですよね。過去の輝かしかった時代の自分ではなく、あくまでも今の自分をどう活かすか、どう未来に繋げるかというのが大事な視点であって、旧態然の、悪しき轍に嵌っているかのような、社会脳に侵されている、今の日本の政治家の真似はしてはいけないということなんでしょうね。坂本龍馬的な人物の到来が待たれる、そんな時代かもしれませんね。

 さて、冒頭に引用した「菜の花シンポジウム」は、これまでに25回行われているようで、第1回が1997年で、第25回は昨年行われ、これまでにシンポジウムに参加している方は、安野光雅さん、井上ひさしさん、姜在彦さん、檀ふみさん、永井路子さん、松本健一さん、安藤忠雄さん、養老孟司さん、田辺聖子さん、藤本義一さん、出久根達郎さん、岸本葉子さん、諸田玲子さん、佐野眞一さん、中村稔さん、篠田正浩さん、関川夏央さん、黒鉄ヒロシさん、加藤陽子さん、高橋克彦さん、赤坂憲雄さん、玄侑宗久さん、芳賀徹さん、内田樹さん、真野響子さん、磯田道史さん、松本健一さん、和田竜さん、伊藤潤さん、杏さん、原田眞人さん、葉室麟さん、千田嘉博さん、浅田次郎さん、木内昇さん、安部龍太郎さん、佐藤優さん、澤田瞳子さん、黒川博行さん、小泉堯さん、星野知子さん、澤芳樹さん、村上もとかさん。

 また、本には、養老孟司さんの「日本人と自己」、福田みどり(1929-2014)さんの「少年と少女になって」、沢木耕太郎さんの「時代小説で二度目の司馬賞を」も収録されております。

 司馬遼太郎(1923-1996)さんには、沢山の作品がありますが、このシンポジウムで演壇者が取り上げられている作品では、「街道をゆく」、「坂の上の雲」、「この国のかたち」、「竜馬がゆく」、「播磨灘物語」、「城塞」、「関ケ原」、「燃えよ剣」、「新選組血風録」、「梟の城」、「燃えよ剣」、「峠」、「胡蝶の夢」。この他にも、素晴らしい作品はあるでしょう、「風塵抄」「韃靼疾風録」「世に棲む日々」「ひとびとの跫音」等が。

 司馬遼太郎さんという人は「人たらし」というくらいに、相手を褒めるのが上手だった方のようで、また、彼の大阪弁は優美であったとか。人当たりの柔らかい言葉遣いのようですが、大阪弁は私にとっては、外国語のようなものですので、言葉のニュアンスはわかりませんが、大阪の人は、日本人としては、かなりユニークであるとは思います。そのユニークさは、自然環境や文化的影響からのものでしょうし、なんといっても、言語感覚のユニークさが際立っています。東京とは違う、こうした文化的言葉(方言)は失くしてはいけませんよね。

 シンポジウムの演壇者はみな錚々たる方々ばかりですが、私が一番好きというか、共感しているというか、注目している人は安藤忠雄さんですね。学歴=出世とは真逆の生き方を自ら求めて、そして現実に為し得た人ですが、彼のような人が真の国際人と言えるのでしょうね。日本的ではないということですが。この場合の日本的というのは、社会脳的な人間という意味ですが。

 今日のまとめです。今から100年前に、「この世から消滅することがあってはならない民族がいる、それは日本人である。彼らは貧しいが、高貴である」と述べたのは、ご案内のポール・クローデル駐日フランス大使でしたが、彼の言葉を借りずとも、日本人のお陰で、世界がどれだけ幸せを感じているかは計り知れないでしょう。今のインバウンドはそれを物語っています。日本人について、日本人自身が、あるいは世界の人が持っている、常識というものを私は実は疑っております。日本人は、団体行動において規律正しく、チームスポーツに長けているといった常識を。

 こうした組織人としての日本人の行動は、半ば強制的に強いられたもので、弥生時代からの稲作が大きく、そして、国土の割には、人口が多く、食料供給において規制を強いられ、言わば社会的要請(社会脳の要請)が前面に出て、日本人の本性とは違うけれども、致し方なく身につけた、社会が生きるための行動であって、結果、自分よりも第三者(人あるいは組織を)を優先するような社会の仕組みが至るところに出来た社会が日本ということだと、私は思っています。

 思い起こせば、日本という国は、国としてはろくなことをしていない。ある意味では、迷惑をかけ通し。しかしながら、日本人は、個としては世界に誇れる程に素晴らしいことをしているでしょう。日本人の本当に優れているところは、集団とか組織の人としての能力ではないのです。個人としての資質の高さなんです。米国野球で活躍している日本人選手を見てもそうでしょうし、アカデミックな学究的な分野、あるいは、ファッション、建築、医学、そして広く芸術の分野もしかり。こうした個の才能、能力を発揮できている分野での日本人の活躍というのは、国の要請する社会的な人間となるための学校教育からは生まれないでしょうし、日本人の良さをむしろ削ぐものでもあり、下手すれば自殺行為にほかならないのではないのかなと。

 クローデルが日本にいて感心したことに一つに、子供達の目が輝いていたことがあります。貧しさの中にあっても、日本の子供はいかにも子供らしく、目を輝かせていたという。今の令和の子供は、スマホのやりすぎか、目がドローンとしていて、腐っているようでもありますが、魚の鮮度を見るには、目とエラの具合を見ると分かるといいますが、日本の子供の身体能力の衰えは、危機感を抱かせます。昭和の時代は、子供が子供らしく生きることが出来た最後の時代かもしれませんね。それは取りも直さず、日本人が日本人の良さを生かして生きた時代ということでもあります。

 未来を見据えた子供、そんな子供は気持ちが悪い。変わらない自分がいて、それを個性だと思っている子供も怖い。モンターニュ的には、所謂勉強の出来る要領の良い子供は始末におえない、と思っていて、この令和の時代が何年続くかわかりませんが、かつて皇后陛下(現上皇妃)が日本の女性に望んでいた、「逞しい人になって欲しい」という願いというのは、女の子に限らず、男の子にも当てはまることなんではないかなと。逞しさは、脳からは生まれません、身体の逞しさが最初の一歩であります。

 陽気な気候の五月、昔子供だった高齢者の方々、本など読んでいないで、外に出て遊びましょう。どうも失礼しました。

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